第68話 添い寝①

 リーネとルナリアによる膝枕と頭なでなでは、それからもしばらくの間続いた。

 最初はぎこちなかったリーネも、途中からは慣れたように(感覚がマヒしている可能性もある)トモヤの頭を太ももで受け止め、しっかりと撫でてくれた。


 そんなこんなで、数十分おきに膝枕を交代するリーネとルナリアの優しさを受けるうち、気が付いた時にはトモヤは深い眠りに落ちているのだった。

 他の乗客たちのほとんどが船の中で休んでいるため、奇異な視線が飛んでこなかったことだけが唯一の救いだった。



 ◇◆◇



「……どうやら、眠ってしまったようだな」


 自分の太ももを枕にして静かに眠る黒髪の青年を見下ろしながら、リーネはそう呟いた。

 彼の頭を撫でていた手を止める代わりに、そっと前髪を上にあげる。そこには普段の精悍な顔立ちとは違い、トモヤの子供みたいな寝顔が広がっていた。

 それを見ると、リーネの中に不思議な感覚が湧き上がってくる。


「トモヤ、ねちゃった?」


「ああ、そうみたいだ」


 その感覚が何か分かるよりも早く、トモヤの身体を挟んで奥にいて、リーネとは違い今も彼の頭を撫でるルナリアの問いに頷く。

 するとルナリアはトモヤの寝顔を覗くと、顔を綻ばせて言った。


「トモヤの寝顔、かわいいね!」


「……そうだな」


 その言葉に頷くには、少しだけ時間を要した。

 別にルナリアの言葉に否定的な気持ちを抱いたわけではない。むしろそれこそが、たった今リーネが抱いていた感情だった。

 つまりリーネは単純に、自分がトモヤの寝顔を見て可愛いと感じたことが信じられなかっただけだ。


 だって、そうだ。

 リーネ達はフィーネス国以来、宿で泊まるときは一室のみを借りて全員が同室で眠っている。

 トレーニングの関係上トモヤより早く目覚めるリーネは、その度にトモヤの寝顔を見ている。

 その時にこのような感情を抱いたことはない――


「――待て。そういえば私達はなぜ、異性同士なのにこれまで同じ部屋で泊まっていたのだろう」


 ――リーネは根本的な問題に気が付いた。


「? アンリのところでは、一部屋しかあいてなかったよ?」


「う、うむ、それは確かにそうなんだが……ノースポートでは別にそういうわけでもなかっただろう」


 ノースポートでは多くの宿が満室だったため、リーネ達は仕方なく高級宿に一室借りて泊まった。

 しかし思い返してみれば、その宿では普通に空室が他にも何室もあった。なのにリーネ達は自然な流れで一室のみを借りたのだ。

 冷静になって考えてみると、色々とおかしい。


 ――その実、ファーネス国で部屋を借りた時点では、リーネはトモヤのことを多少なりとも意識はしているものの、同室で休むことに対して恥ずかしさや、それに付随する感情を抱くほどではなかった。

 しかし、それから様々な出来事が過ぎ去る中で、徐々にリーネからトモヤへの好意が膨らんでいった。


 にも関わらず同室に泊まることのみが慣習として残り続けていることによって、少しずつその差異による違和感が顕在化していき、今日のこのタイミングでようやくリーネはその行為のおかしさに気付いたのだ。


 ……などなどの事情があるのだが、自分がトモヤに抱く感情をまだ完全には理解していないリーネには、当然その疑問の答えに辿り着くことはできなかった。

 そんなリーネに向けて、ルナリアが言った。


「う~ん、理由はね、よくわかんないけど。わたしはみんな一緒でうれしいなっ」


「……ふむ、なら、いいか」


 ルナリアの純粋な笑顔を見て、リーネは考えるのを止めた。

 というか多分、リーネの疑問の答えはルナリアだ。

 というのも、二部屋借りることになったら、間違いなくトモヤとリーネのどちらがルナリアと一緒の部屋に泊まるかで喧嘩になる。

 それはもはや戦争だ。辺り一面が火の海だ。


「うん、そうだ。そういうことにしておこう」


「……? へんなリーネ」


 一人で納得した様にうんうんと頷くリーネ。

 そんな彼女を見て、ルナリアが不思議なものを見る目を浮かべるのだった。




「ふあぁ。なんだか、ねむくなってきちゃった……」


 それから少しの時間が過ぎたころ、おもむろにルナリアが小さな口を大きく開けて可愛らしくあくびをする。ぽかぽかとする陽気などにやられてしまったらしい。思えば、リーネ自身も少し眠気を感じていた。耐えられない程ではないが。


「ルナも眠るといい。まだ旅は長いんだ、疲れは溜めない方が良いだろう」


「うん、わかった!」


 元気に返事をした後、ルナリアはその場で横になりトモヤの腕を抱きしめる。普段通りの定位置だ。なのだが、どことなくルナリアが寝にくそうにしている。

 その様子を見てリーネは気付いた。


「そうか。膝枕をした状態だと添い寝がしづらいのだな」


「ううん、へいきだよ?」


「いや、やはりそのままではよくない……ふむ」


 考えた末、リーネはゆっくりと上着を脱ぐ。薄着一枚にはなるが、周りの目は今のところほとんどなく、気温的にはむしろ暑いくらいなため問題はない。

 脱いだ服を丸めて、リーネはそっとトモヤの下に敷く。

 これで枕がわりになるだろう。


 頭の位置が低くなり寝返りをうちやすくなったためか、トモヤはん~と唸りながら体を横に向ける。

 その胸に飛び込むように、ルナリアは改めて体を縮めてから言った。


「ありがと、リーネ!」


「ああ」


 嬉しそうな感謝の言葉に、リーネは一つ頷く。

 ルナリアが喜んでくれるのなら、上着の一枚や二枚どうなろうと構わない。

 微笑みながら、リーネは二人を見下ろしていた。


(……ふむ)


 トモヤの腕と胸の中にルナリアがすっぽりと納まるように眠る。そんな光景を見ながら、リーネはちょっとした疑問を抱いていた。

 トモヤの腕の中で眠るルナリアはどういった気持ちなのだろうか――と。


 ルナリアの小さな体を抱きしめながら眠ること。

 その素晴らしさはリーネにも理解できる。実のところ、数日に一度はルナリアとリーネは同じベッドで眠っているのだ。

 彼女の小さくて柔らかな体がぎゅーっと自分にしがみついてくる事象には、言葉では形容しがたいほどの幸福が含まれている。


 しかし当然ながら、これまでリーネがトモヤと同じベッドで横になることも、彼の腕の中で眠ることもなかった。

 だからこそつい、このタイミングでそんな疑問を抱いてしまった。

 そんなことが現実には起こりえないことを理解しながら――


「……リーネも、トモヤとそいねしたいの?」


「うなっ!?」


 ――瞬間、目を閉じ眠っていたはずのルナリアから、まるでリーネの思考を読み取ったかのような発言が聞こえてきた。

 突然のことに、リーネは思わず目を見開き驚きを露わにしてしまうのだった。

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