第70話 襲撃
トモヤに胸や体を押し付けるようにして眠るリーネに、トモヤの背中に体全体を密着させて幸せそうに寝息を立てるルナリア。
こんな時間がずっと続けばいい。
そんなトモヤの願いは、次の瞬間に打ち切られることになった。
「――――ッ、これは!?」
鈍重な破砕音――脳の髄まで浸透してくるかのような、何かが脆くも壊れゆく音が響く。
その音に付随するように帆船は激しい揺れを見せ、周囲の海が大きく波打つ。
船が
となると一大事だ――何が一大事かというと、その船の揺れによって一層強くリーネの胸がトモヤに押し付けられたことである。
胸の柔らかな感覚がトモヤを襲う。
(死ぬ、死ぬ、死ぬ! なんかこう、いろんな意味で死ぬ!)
咄嗟にトモヤは心の中でそんな風に叫ぶ。
「マズイ! これはッ、リヴァイアサンが襲ってきたよ!」
――そんな彼のもとに、誰かの焦ったような声が届く。
いや、誰かではない、ヴェールだ。
この船を護衛しているAランクパーティ《水辺の灼熱者》のリーダーの。
甲板の中央に視線を向けると、そこにはビキニアーマーの様な服装をした四人の女性がいた。
四人共に別の方を向き、何かに備えるようにそれぞれの武器を構えている。
いったい何を――そう思った瞬間、“それ”は現れた。
「なん……だ、あれ……?」
思わずトモヤは目を疑った。
船の外の海面から伸びるように姿を現したのは、陽光に照らされ輝く青色の鱗を持つ、丸い面に、縦に鋭く伸びる筒状の何か。
そう、それはまるで蛇の胴のような形をしていた。
ただしその大きさが異常だった。
面は直径が4メートル程はある。先端にかけて少しずつ細くなり、尖っていく。長さに関しては一部しか海の外に出ていないため正確には測ることが出来ない。だが、海面からその先端までの長さだけで7メートルは軽くあった。
蛇の胴というよりはむしろ、龍の体から尾にかけての部分――龍尾(りゅうび)とでも評した方が正しいのかもしれない。
「喰らいな! ファイアブラスト!」
そんな龍尾に目掛けて、ヴェールは両手を伸ばし魔法を放つ。
巨大な爆裂音と共に放たれる炎の塊は、猛烈な勢いで怪物に迫っていき――接触する直前、その龍尾は凄まじい反応を見せ炎の塊を躱した。
その際に龍尾の一部が力強く海面に叩き付けられ、盛大に水しぶきが上がる。粒の大きな水滴が、甲板全体に降り注ぐ。
「チッ、まさかこんなところで、この怪物に出くわすとはね」
自分の攻撃が躱された光景を眺めながら、ヴェールは悔しそうに舌打ちする。
その後、周りにいる他のパーティメンバーと顔を合わせ、覚悟を決めたかのように頷いた。
(……あの表情は)
彼女達のその覚悟を決めた表情を見て、トモヤはどこか嫌な予感がした。
自分を抱きしめたまま眠り続けるリーネとルナリアを、惜しみ深くも体から引き離し、ヴェールたちのもとへ向かう――
「……私も行く」
「リーネ?」
立ち上がったトモヤと同時に、まるでタイミングを見計らったかのように――いや、リーネともあろう者があれだけの爆音を聞いて目覚めないとは思えない。
恐らくは本当にトモヤの行動に合わせて、リーネはそう告げた。緊急事態であることだけは把握している様子だ。
……その割には、不思議と顔が赤く染まっているが。
「……トモヤ、添い寝の件はまた後で話す、話します。今は、この危機をどうにかするのが優先だと思う、思います」
「……了解。そんじゃ、行くか」
トモヤとリーネは気まずい空気を感じながらも、いったん問題を保留にしヴェールのもとに駆け出した。
リーネの不思議な口調にツッコまなかったトモヤの判断は英断と言えるだろう。
念のため、いまだ眠り続けているルナリアにはスキル防壁をかけておく。
「どうかしたんですか?」
「アンタ達は……」
「知っての通り俺達も冒険者です、戦えます。事情を聞かせてください」
「あ、ああ、そうだね。ならすまないが協力してもらおうか……といっても見た通りさ、リヴァイアサンが出たんだ。一旦は撃退したが、たぶんすぐにでもまた襲ってくるだろうね」
リヴァイアサン――先程トモヤが見た龍尾(りゅうび)を持つ本体のことだろう。
全容を見ることはできなかったが、今もまだこの船の近くにいるらしい。
「アンタ達、さっきの爆音は聞いたかい? アレでこの船の一部が破損したみたいなんだよ。多分底の部分だね。今はまだなんとか進めてるけど、もう一発喰らえば間違いなく沈没するね」
「なら、今すぐ倒さないといけないですね」
「はぁ? 何を言ってるんだい。リヴァイアサンはSランク魔物だよ。私達で倒すだなんてふかの――」
「グルルゥゥゥァァアアアアア!!!」
「ッ!? きたね!」
瞬間、獣の咆哮が辺り一帯を木霊する。
誰もが同時に、その音がした船の外に視線を向ける。
すると、そこには先程と同じく青色の鱗を纏う胴体と――その先に、今回に限っては巨大な頭が存在していた。
これまた青色の鱗で包まれたゴツゴツとしたフィルムに、鋭い金色の眼を持つ頭。ついさっきトモヤはその怪物の一部を見て龍の尾のようだと思ったが、その顔に関してもまさに龍の頭というべき様相だった。
鑑定自動発動。
《リヴァイアサン》――Sランク上位指定。
ランクが測定不能であったフィーネスを除いて、トモヤがこの世界に来てから出会った中で一番強いといってもよい魔物だった。
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