第66話 ひざまくら、なでなで、よしよし①

 ノースポートを出発して、早くも二日が過ぎた。

 道程としてはおよそ半分ほど過ぎたといっていい。


 ノースポートから北大陸にかけてアトラレル海を渡る船は、木造の帆船だった。

 この世界にも魔力内燃機関マジックエンジンと呼ばれるものはあるらしいが、風魔法というものが存在し、素材が安価なことからも船は木造が主流らしい。

 サイズとしては結構な大きさだが、それでも問題なく目的地にたどり着けるという話を聞いてトモヤは驚いたものだ。


 ――などなどの説明は、今のトモヤにとってはどうでもよく。


「よしよし、だいじょうぶ、トモヤ?」


「ああ……ありがとう、ルナ」


 現在の最懸念事項は、船の甲板においてルナリアに膝枕をしてもらっているというこの状況だ。

 小さな太ももだが、それでもトモヤを優しく受け入れるだけの柔らかさを兼ね備えている。ワンピースの生地越しとはいえ、その太ももに頭を置くだけでまさに至福の一時と言える。


 さらにそれに加え、ルナリアが心配そうに小さな手でトモヤの頭を何度も繰り返し撫でるのだ。至福を超えた何かがそこにはあった。

 普段とは逆の立場。自分よりも五つも幼い少女に膝枕され、さらに頭を撫でられているという状況に、トモヤは言い知れぬほどの恥ずかしさを感じていた。


 なぜ、こんなことになっているのか。

 それは簡単な話だ。


 トモヤは隣に座るリーネに視線を送る。


「リーネさんリーネさん」


「ん、なんだ?」


「海の荒れ、収まってるんじゃなかったのか?」


「いや、十分に船が渡れる程度には収まっているだろう」


「……ソウデスネ」


 つまりはそういうことだ。

 確かに船は渡れるものの、小さく揺れる程度の波は普通にあった。

 トモヤが過去に船に乗った際にも酔いはしたが、今回は大丈夫だと考えていた。

 何故なら、今のトモヤには防御ステータスがあるからだ。

 しかしその予想は大きく外れ、このような状況になっている。


 治癒魔法を自分にかけたらすぐに体調は良くなるのだが、ほとんど間を置かずまた気持ち悪くなる。それを繰り返すことで初日は上手くやり過ごせたのだが、その翌日にはルナリアに気分が悪いことがバレて膝枕をされたのだ。

 不思議なことに、それはトモヤにとって治癒魔法以上の効果があった。


「ったく、だらしないねぇ。珍しく武闘大会前にこの船に乗る冒険者がいるかと思えば、そんな幼い子に介抱される程度だなんて」


 すると、頭上から聞き慣れない声がした。

 視線を向けると、そこには褐色の肌と赤みがかった茶髪を持つ、水に濡れても動きやすい素材で出来ているらしい文字通りのビキニアーマーを着た女性がいた。


 Aランクパーティ《水辺の灼熱者》のリーダーであるヴェールだ。

 武闘大会に興味がない点に関してはトモヤ達と同じだが、彼女達のパーティ四名は客ではなく、護衛として船に乗っているらしい。


「ほれ水だ。飲んだら楽になるよ。しっかりしなさんな、男ならさ」


「ああ、どうも」


 特にいま水分を求めていたわけではないが、せっかくだということで差し出された水筒を受け取る口に運ぶ。ごくごくと飲むと、たしかに喉が潤い、胸の奥にじんわりとした優しさが広がる気がした。

 その様子を見てヴェールはふっと笑う。まだ出会って数日だが、彼女が口は少しだけ悪くとも、心優しい人だということは分かっていた。


「まっ、あと二日くらいだ、がんばんな」


 そう言い残し、彼女は仲間のもとに戻っていく。

 トモヤは視線を真上にあるルナリアに向け直した。


「ん? どうしたの?」


「いや、何でもない。それより、足が痺れたりはしてないか?」


「だいじょうぶ! まだまだ平気だよ! トモヤがよろこんでくれるなら、いつまでもするからねっ! よしよし」


 元気に微笑みながら、頭を撫でる速度をあげるルナリア。

 そのぎこちなさがまた心地よい。


(これが癒し……か。いや待て待て、さすがにこの扉を開いたら取り返しのつかないことに――)


「……羨ましい」


「えっと、リーネ?」


「っ!? ななな何だ!?」


「いや、いま羨ましいって……」


「い、言ってない! トモヤの聞き間違いじゃないのか!?」


 いつの間にか羨ましそうにトモヤとルナリアのやりとりを眺めていたリーネにそう投げかけるが、彼女は必死にごまかそうとする。

 ルナリアに膝枕をしてもらいたいという人間ならば誰しもが持つ当然の願いをそう必死になって隠す必要はあるのだろうか?

 そう考えるトモヤの上の方で、ルナリアは言った。


「? リーネも、トモヤにひざまくらしてあげたいの?」


「――――!」


 それはトモヤの予想とは違った内容の発言だった。しかし肝心のリーネと言えば、その言葉によって的を射ぬかれたかのように目を丸くする。


「えっ、そっち?」


 ルナリアに膝枕をしてもらいたいのだろうとばかり考えていたトモヤにとって、それは驚くに値する光景だった。

 だって、そもそもトモヤを膝枕することにどのような価値があるのか全く分からない。やはり、そのルナリアの予想は間違い――


「る、ルナ、どうして分かったんだ!?」


「……マジか」


 ――ではなかった。



―――――――――――――――


本作をお読みいただきありがとうございます!

続きが気になるという方はぜひ、


本作をフォローするとともに、

下の『☆で称える』の+ボタンを3回押して応援していただけると嬉しいです!


それから↓の大切なお願いについても、どうぞよろしくお願いいたします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る