第65話 激闘の予感
ルナリアとのデートを終え、翌日の夜。
つまりは出発を明日早朝に控えた中で、トモヤ達三人は宿の外の飲食店にでかけていた。
外観から中の机や椅子まで木製の物で装飾されている。
メニューは海鮮料理のコースだ。三人ともが舌鼓をうちながら食べていた。
「んっ、これは美味しいな」
魚のムニエルをフォークで口に運び、そう言ったのはリーネだ。
昨日、ルナリアとのデートの後に二人でプレゼントを贈り、改めて謝罪した結果、無事仲直りに成功した。
これでもう、この町でやり残したことはないと言ってもよかった。
カランカラン
そう考えていると、店の入り口にかけられた鈴が鳴る音が飛び込んでくる。
通常ならばトモヤは新たな来客に意識を向けなかっただろうが、今回は少し事情が違った。一番前にいる金髪かつ、金色の軽装鎧を身に包む爽やか系のイケメンがちょっとインパクトが強すぎたのだ。
そしてその男性の後ろから三人の女性が中に入ってくる。トモヤにとって、とあるクラスメイトを彷彿とさせる光景だった。
「あ、あれってまさか、Aランクパーティ《金聖の殲滅団》じゃねぇか?」
「ってことは、あの前にいるのが金聖のエルト!? きゃ~、私初めて見たわ!」
「ふんっ、明日の武闘大会の優勝候補筆頭様が、一体こんなところに何しに来たんだか」
そして、彼らの登場に賑わいだす店内の人々。否定的な意見もあるが、割合的には好意的なものが多い。
それも、まるで憧れの有名人に出会えたかのような反応だった。Aランクパーティ、武闘大会の優勝候補筆頭という言葉にもある通り、実力者として名を轟かせている存在だと推測することは簡単だった。
「失礼、四名なんだけど、席は空いているかな?」
「あっ、は、はい……こちらにどうぞ!」
エルトという名らしい金髪の青年とその一団が、店員に案内されるまま店内を歩いて行く。
どうやら彼らが案内されるのはトモヤ達の座るテーブルの後ろらしく、途中でトモヤ達の隣を素通り――することはなかった。
「――――ッ」
エルトはトモヤ達のテーブルに視線を向けた瞬間、はっと目を見開き立ち止まった。
つい、トモヤ達の食事の手も止まってしまう。
何か用か? そうトモヤが問いかけるよりも早く、エルトは口を開いた。
「……美しい」
それを聞き、トモヤはこう思った。
(海でのナンパに引き続き……リーネ、人気だなぁ)
しかしその予想は違ったと、すぐに思い知ることとなった。
「夜空に瞬く月のように美しい白銀の髪に、蒼玉のような輝きを秘めた瞳……お名前を、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「……ふえっ? わたし?」
何故ならエルトは、リーネではなくムニエルを口いっぱいに頬張るルナリアの前に首を垂れると、続けてそう告げたからだ。
(ろ、ロリコンだ!)
店内に不思議な空気が蔓延していた。
エルトに対して憧れの視線を向けていた人もドン引きし、パーティメンバーの女性たちは呆れたようにはぁと溜め息をついていた。
まるで常習犯かのような反応だった。
「いや待て待て待て、いきなり現れて何言ってるんだお前」
冷静さを取り戻したトモヤは、二人の間に腕をかざす。
「おっとこれは失礼。君はこちらの可憐な少女の兄か何かだろうか? それとももしや、君たち夫婦の娘だったりするのかな?」
「いや、そのどちらでもない――」
「ふ、夫婦だと!? ばかなことを言うな!」
「よしリーネ、とりあえず落ち着いて深呼吸だ」
本題ではない単語に顔を赤く染め、オーバーリアクションをとるリーネに一言入れてから、トモヤは改めてエルトとの会話を再開させる。
「兄でも親でもないよ」
「ほう。ところで一つ、君たちは旅中の冒険者のように見受けられるが、正しいかな?」
「ああ」
「なるほど。ということはつまり、君は家族でもない、か弱い少女を、冒険者の厳しい旅に連れて行っているということだね」
「……あ?」
明らかにトモヤに向けて敵対的な意思が含まれる言葉に、思わず目を細め低い声を漏らしてしまう。今の言葉は、トモヤとルナリアの関係性を否定するものだ。トモヤの琴線に触れるには十分すぎた。
「お前な、初対面の相手に対してその発言はないだろ。俺達の関係も知らないくせに、知った風な口をきくなよ」
「ほう、面白いことを言うね。ならば教えてもらおうか、君たちが一体どういう関係か――」
「どれいだよ?」
「ん?」
「え?」
トモヤとエルトは口論の途中、割り込んできたルナリアの声に反応し視線をそちらに向ける。
そんな中で、ルナリアは言った。
「わたしは、トモヤのどれいだから! 関係、あるもん!」
空気が、再びお亡くなりになった。
奴隷。日本においてその言葉を聞けば、誰もが可哀想だとか、いけないものだとか、そんな負の感想を抱くだろう。
それに比べて、この世界、特に東大陸ではそこまで悪いイメージは持たれていない。奴隷と所有者の間にはしっかりとした契約紋が刻まれ、奴隷の人権をあまりにも損なうような命令はできないからだ。
むしろ、身寄りもお金もない子供などが生きていくための職の一つとして、好意的に受け入れられることもある。
とは言え、何事にも例外というものは存在するもので、この世界にも奴隷制度を嫌う人は数多くいる。
特に無駄な正義感に満ちた者こそがその顕著な例であり――どうやら、エルトはその中の一人のようだった。
「ど、奴隷だと……!? 信じられない! こんな幼く可愛らしい少女を自分の思うがまま利用しようとしているだなんて、恥を知れ!」
「トモヤ、わたしを利用してるの?」
「いやどうだろう。俺が幸せになるために一緒にいてもらったりもしてるし、そういう意味では利用してると言えるのかも」
「うーん、でも、わたしもうれしくて一緒にいるんだよ? なら、わたしもトモヤを利用してるね!」
「おっとこれは一本取られた。ははは」
「話を聞けぇぇええええ!」
無視されたエルトが、ビシッっと人差し指をトモヤに向ける。
「決闘だ! 俺と戦え! そして俺に負けたら、その少女を解放しろ!」
「断る。ってリーネ、まだ顔赤いままだな」
「ば、ばか。バレないように会話に入っていなかったのに、こちらを見るな!」
「わぁあ、真っ赤なリーネ、かわいいね!」
「ああ、可愛いな」
「っ、こ、この、ルナにトモヤ! 君たちは何を言って!」
「……あの、ちょっと話を聞いてもらってもいいでしょうか? うちのリーダー、ちょっと涙目になってるんで」
エルトのパーティメンバーらしい、栗色の髪をした女性にそう言われてしまったため、トモヤは仕方なくエルトの方を向く。
たしかに何度も無視をされ、悲しそうな表情を浮かべていた。
「で、なに?」
「……さっきも言った通りだ。俺と決闘して、負けたらその少女を奴隷の身から解放しろ」
「いや、だからそれはさっき断った通り――」
「ふん、そうだな。せっかくだ、決着は明日の武闘大会でつけよう」
「は? 武闘大会?」
「そうだ。今この町にいる冒険者ということは当然君も参加するのだろう? そこで戦おう」
「……いや、俺はそれに参加するつもりは――」
「逃げるなよ! 絶対にだ! では、さらばだ」
「全然話聞かないんだけどこの人……」
言いたいことだけを全て言い残し、エルトは店の外にへと向かっていく。
料理食わないまま出ていくのかよ。武闘大会で直接あたる前にどちらかが負けたらどうするんだよ。そもそも武闘大会の前に船に乗るから参加しないんだけど。などなどのツッコミを入れる余裕はなかった。
「いや、その、なんかうちのリーダーがお騒がせしてすみません。あまり気にしなくていいですからね?」
「あ、ああ。お気遣いどうも。なんというか大変ですね、あんなのと一緒だと」
「ええ、本当に。普段は悪い人ではないんですけどね」
栗色の髪の女性はトモヤとそんな会話をした後、会釈して他のパーティメンバーと一緒にエルトの後を追っていった。なんだか苦労してそうな人だった。
「……それで、どうするんだトモヤ?」
エルト達が立ち去った後、リーネがおもむろにそう尋ねる。
「どうする、とは?」
「武闘大会のことだ。出場するのか? あそこまで言われたんだ、私としてはもう止めるつもりはない。船についても、20日程度出発が遅れようと構わない」
「……ふむ」
確かにあれだけ言われて、ただ引き下がるのも癪だった。
他の参加者たちの努力を踏みにじることになってでも、真正面からエルトを蹴散らしてやろうと思えるほどに。
滞在期間についても、ノースポートで観光する日程が増えるだけだと考えれば普通に許容できる範囲だ。
「……? どうしたの、トモヤ?」
そっとトモヤはルナリアに視線をずらした。その無垢な表情を見て、トモヤは決断した。
「よし――決めた」
決意に満ちた瞳。他のテーブル席にいる者も含めてこの場にいる誰もが、明日の武闘大会での激闘を予感するのだった。
◇◆◇
翌日早朝。
トモヤ達は予定通りの船に乗り、ノースポートを出発した。
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