第62話 彼女の覚悟を、二人は信じた

「それで、どうすれば倒せるんだ? 触手を斬ってもすぐ生えてきたけど……」


「何を言っているんだ、敵はスライム種だ。コアを壊さないことには何度倒そうとも復活する……頭の部分に銀色の球体があるだろう、アレが核だ!」


 言われて視線を向けると、赤色の目の奥に確かにサッカーボールサイズの銀色の球体があった。

 アレを壊さなければならないということはトモヤにも分かったのだが……さらなる問題があった。


「くそっ、取り込まれた人たちが壁になって、遠距離攻撃ができない!」


 そう、核を遠距離から直接狙おうとしても、他の人々を巻き込まずに攻撃を当てられる自信がトモヤにはなかった。

 これまで困ったときは常に力技で解決していたことの弊害だ。


(直接飛び跳ねて核に接近するか……? いや、それも結局、飛んでいった先に人が現れたらぶつかってしまう。そうか、だからクラーケンスライムは、核を守るために取り込んだ人を核の周りに運んでいるのか)


 一つの疑問は解消できたものの、根本的な解決にはならない。

 トモヤがこの場所からクラーケンスライムに攻撃することはできない。

 中に取り込まれている女性が直接核を攻撃してくれればいいのに……そう考えて、トモヤははっと閃いた。


「そうだ! 俺がアイツにわざと取り込まれて、それで核を破壊しにいけば!」


 それなら、他の人を攻撃に巻き込む心配はなくなる。

 そう思ったトモヤだったが、いいやとリーネが首を横に振った。


「それは不可能だ、言っただろう、クラーケンスライムが取り込むのは女性だけだ。男性は触手で弾かれるだけ……トモヤならばそうそう吹き飛ばされはしないだろうが、それでも吸収されないことには相違ない」


「ッ、ならどうすれば……」


「簡単な話だ。君ではなく――女性である私がいけばいい」


「――――ッ!」


 リーネの真意に気付き、トモヤは大きく目を見開いた。


「そんな……けど、それは! もしお前がクラーケンスライムに取り込まれたら他の皆のように……」


「それ以上は、言わなくてもいいんだ、トモヤ」


 そっとこちらを向いたリーネの翡翠の瞳が、じっとトモヤを射抜く。

 そこに込められていたのは確かな決意。

 そして、優しい笑みだった。


 既に砂浜に残された意識ある人々はトモヤ達だけだった。

 女性は例外なくクラーケンスライムに取り込まれ、男性陣はなんか気絶してる。

 クラーケンスライムがさらなる獲物を求めて伸ばす触手の数々をトモヤが片手間で空斬を放ち防ぐ中――二人はお互いの思いを汲み取っていた。


「……いくのか?」


「うん。それが、私だけに出来ることなのだから」


「覚悟は、出来ているんだな?」


「ああ」


 その作戦を実行した先に待っている地獄、当然リーネがそれを理解していないはずはない。

 それでも迷わず頷く彼女を見て、トモヤは思った。

 リーネを、信じたいと。自分には起こせなかった奇跡を、きっと成し遂げてくれるはずだと。


「分かった、なら俺はせめて、俺の思いをお前に託すよ」


「これは……」


 トモヤは右手に持つ剣をそっと差し出した。

 リーネの剣は宿屋に置いたままで、今はこの場にない。

 たったいま創造で生み出しただけの剣だけど、きっとリーネの力になってくれると信じて。


「ありがとう、トモヤ。君の思い、確かに受け取った」


 そう言ってリーネは剣を受け取った。

 そしてクラーケンスライムに向かい合う。

 遥か彼方まで広がる大海に、立ちはだかる巨大な魔物。

 それを前にして剣を構えるリーネの後ろ姿を見て、トモヤの瞳は少しずつ潤んでいく。


「リーネ、俺は信じてるから! お前なら出来るって! 成し遂げられるって!」


「ああ――任せろ」


 リーネは空いた左手を横に伸ばし、ぐっと親指を立てる。

 そしてとうとう、砂浜を力強く蹴り駆け出した。

 勇敢なその様から目を離すことは決して許されない。


「……私も、みるよ」


「ルナ?」


 小さくて、けれども強い意志の籠った声が聞こえた。

 次いでトモヤの左手をルナリアの小さな両手がぎゅっと掴み、ゆっくりと自分の顔から引き離していく。

 そして潤った碧眼でトモヤを見上げる。


「私も、リーネのがんばるとこ、みるから。みなくちゃいけないからっ!」


「ルナ……ああ、そうだな。一緒に、見届けよう」


 ルナリアの覚悟は本物だ。

 トモヤが差し出した右手に、ルナリアの左手が重なる。

 二人は手を繋ぎながらリーネの努力に視線を移す。


「はぁぁぁあああ!」


 リーネは赤色の長髪を靡かせながら、身体にまとわりついてくる触手をその剣にて断ち切り、その断裁面に自分から突っ込んでいった。

 一瞬息が詰まったかのように表情をしかめるが、必死に耐えながらクラーケンスライムの中を核まで移動していく。

 その途中に彼女が纏う黒色の水着が溶けていき、白く滑らかな肌が惜しみなく露出されていく。それでも止まることなく、リーネは真っ直ぐ突き進む!


「いけ」


「いけっ」


 トモヤたちの声援に応えるように、とうとうリーネは核のそばにまで辿り着く。

 リーネはそのまま力強く、手に持つ剣を振るった!



「「いっけぇぇええ! リーネぇぇぇえええ!」」



 それを見た瞬間、二人の声援はさらに熱を増す。

 二人の叫びは重なり、そして。



 リーネの剣が核を斬った瞬間、世界は眩い光に包まれていった――――

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