第56話 リベンジ

「おはようございます! これ、トモヤさん宛に届いていた手紙です!」


「俺に?」


 フィーネス国に滞在すること約二十日。

 その日トモヤが一階の食堂に降りると、アンリから一封の封筒を渡された。

 誰から来たのだろうと裏返し、そこに書かれてある名前を見てトモヤはすぐに顔を綻ばせて、隣にいる少女に手紙を見せた。


「ルナ。これ、クレアさんからの手紙だ」


「ほんとっ!?」


 ぱあっと、ルナリアが満面の笑みになる。

 ルナリアは、自分がクレアが経営する孤児院に身寄りのない子供達を任せるという提案をしたことを、ずっと気にしていたのだ。

 その答えがこの中に書かれている。


 トモヤ、ルナリア、リーネの三人はテーブルにつき、料理が運ばれてくるまでの間にその手紙を読んだ。


 簡単な挨拶から始まり、続いて感謝の言葉。

 どうやら子供達は孤児院で元気にやっているそうで、その様子を見てクレア自身も幸せなのだとか。聖金貨100枚を経営費として渡してくるのはさすがに多すぎるというツッコミもあった。


 さらに、盗賊団灰霧と関わりのある貴族が誰かも明らかになったらしい。その貴族の罪状を明らかにして捕まえるのに、シンシアのいるエルニアーチ家が中心になったのだとか。

 その後、孤児院の事情(トモヤ達が協力してくれたこと)などを聞いたエルニアーチ家が、これからの経営に協力してくれることを約束してくれたらしい。

 最後にもう一度深い感謝の言葉が。そしてそれを、どうかルナリアに伝えてほしいと書かれてあった。


 そこまでを読んだ後、無言なままのルナリアの頭にぽんっと手を乗せる。


「……だってさ、ルナ。クレアさんも子供達も、皆ルナのおかげで幸せになったってさ」


「……うん」


「良かったな」


「うん! よかった! えへへっ」


「「…………」」


「ん? どうしたの、トモヤ? リーネも?」


 無言でルナリアの頭を撫でる二人。最初は疑問に思ったらしいルナリアも、すぐに気持ちよさそうに声と笑みを零す。

 心から嬉しそうに笑うルナリアを姿を見て、癒されるトモヤとリーネだった。


「さて、と」


 それから料理が運ばれるまで頭を撫で続けた後、トモヤは真剣な表情に変わる。


「クレアさんの手紙も来たことだし、この国に来た大体の目標は達成できたってところか。リーネ、例の北大陸に行くための海はいつごろ渡れるようになるんだ?」


「そうだな。今から馬車でノースポートに向かえば、ちょうど荒れが収まり船が出られるようになる頃合いだろうか」


「そうか。なら、そろそろ出発することになるな」


 このフィーネス国に訪れた元々の目的は達成することができた。

 ルナリアはレベルが馬鹿げたほど上昇し、トモヤは剣の素材を手に入れた。

 故に、トモヤの発言通りそろそろ出発してもいい頃合いだった。


 その後のトモヤ達はさらに話し合い、二日後の朝にノースポートに向け出発することなった。



 ◇◆◇



 翌日の昼下がり。トモヤは真剣な面持ちで宿の食堂にいた。

 厨房にはルナリアとアンリがいる。ルナリアが調理をし、アンリがそれを見守っているのだ。


「……できた!」


 その瞬間、ルナリアの元気な声が食堂いっぱいに響き渡る。

 三角巾と子供用のエプロンを身に着けたルナリアが、お盆を持ってトモヤのもとに駆け寄ってくる。


「できたよ、トモヤ! どうぞー!」


「ああ、ありがとうルナ」


 お盆の上に乗っていたのはオムレツだった。

 先日、アンリと共にオムレツを作った際、トモヤは美味しいと心から思いそう告げたものの、ルナリア本人はアンリのオムレツとの違いを理解していたんだとか。


 そこでこの日、こうしてリベンジが行われようとしていた。

 ここ数日トモヤやリーネが外に出ている間、宿に泊まることが多いと思っていたら、作り方をアンリやレイラから伝授してもらっていたらしい。


「……見た目は完璧だな」


 目の前に置かれたオムレツはふんわりと仕上がっており、焦げ目など一切ない。

 食欲をそそるような香りも立っており、お世辞なしに売り物にも負けていないと思った。

 そう考えている間にも、ルナリアはトモヤの隣の椅子にちょこんと座る。


「味はどうかな?」


「今から食べるよ、いただきます」


 緊張した表情のルナリアに向け笑いながらそう返し、ナイフを入れる。オムレツはスッと切れ、とろりとした中身が見える。半熟だ。さらになかには一口サイズにカットされた肉も入っていた。期待感が高まる。


 フォークで卵と肉を刺し、そのまま口の中に放り込む。

 オムレツの舌に当てただけでとろけるような食感と、肉のしっかりとした歯ごたえが見事に調和していた。味に関しても、肉の濃い旨味を、優しい卵の甘みが渾然一体となり絶妙な味わいとなっている。

 美味い。うん、旨い。今まで食べてきたオムレツの中で一番おいしいと、そう力強く宣言できる一品だった。


「うまい」


 その感想をたった一言で伝えると、だからこそトモヤの思いが強く伝わったのか、ルナリアは満面の笑みを浮かべた。


「えへへ、ありがと、トモヤ!」


「頑張った成果が出たな」


「うん! ……私も、すこし食べてみたいな」


「ん? 自分の分は作ってないのか?」


「作ったのはトモヤのぶんだけだよ? その、えっとね、夢中になっちゃったから……」


「なるほど」


 それほど真剣に自分のために作ってくれたと聞くと、一際目の前にあるオムレツの価値が高まるような気がする。

 とはいえ当然それを独り占めしようとするつもりはなく、ルナリアにも一口あげようと、ナイフとフォークを渡そうとしたのだが……


「あ~ん」


「……ルナさん?」


「はやくっ、トモヤっ。あ~ん」


 ルナリアは小さな口を大きく開き、ねだるようにあ~んをご所望だった。

 最初はうっと行動を止めたトモヤだが、ルナリアが相手なら何も問題はないかと思い直す。


「よし、ルナ、あーん」


「あ~ん。もぐもぐ……うん、おいしい! じょうずにできてるね! じゃあ次は私から! それかしてっ」


「ん? ああ」


 もっと自分で食べたくなったのだろうか。そう思い、トモヤはナイフとフォークをルナリアに渡した。


「はい、トモヤっ、あ~んだよ、あ~ん」


「なん…だ…と……?」


 まさかの逆あ~んだった。

 トモヤからルナリアに対してならともかく、逆は少なくない羞恥を感じる。少し前ならほとんど抵抗なく受け入れていたのに、不思議なものだ。

 だが、期待の籠ったルナリアのきらきらと輝く碧眼を見てしまえば、もう断ることなど出来ない。


「あ、あーん」


「うん、どうぞ!」


 ルナリアが持つフォークから直接ぱくり。

 これまでのやりとりから少し冷えているはずが、不思議と食べた時の満足度――もとい幸福感に関しては増しているような気がした。

 もぐもぐとオムレツを味わうトモヤを見て、ルナリアも嬉しそうに頬を緩めていた。


「次は、私が食べるほう! で、その次はトモヤだよ!」


「ま、まだ続けるのか……」


 地獄のような、もしくは天国のような楽園のような理想郷のような時間が過ぎ去っていく。

 恥ずかしさはあるものの、トモヤやルナリアにとって幸せな時間であるということだけは間違いなかった。



 ◇◆◇



 翌日早朝。

 フィーネス国、第三区画。ノースポートのあるユミリアンテ公国行きの乗合馬車の停留所にトモヤ達は来ていた。

 三人の見送りとしてアンリが、そしてその付き添いとしてレイナもいる。


「皆さん、どうかお元気で! よかったらまた遊びに来てくださいね!」


「ああ、ありがとうアンリ。また来るよ」


「またね、アンリ!」


 三人の中から代表してトモヤがそう返事し、続いてルナリアが横から別れの言葉と共に手を振っていた。ここに来て改めてお別れすることを実感したのか、アンリの目が少し潤んでいる。その様子を見てトモヤは、自分の発言をこの場凌ぎの言葉にはしないでおこうと強く思った。


「それじゃあお客様、出発しますよ~」


「はい、お願いします」


 御者の声に頷くと、馬が大きく鳴き声をあげ馬車が動き出した。

 こうして、トモヤ達はフィーネス国を出発した。

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