第57話 ユミリアンテ公国
ユミリアンテ公国。
東大陸から北大陸への船が出る港・ノースポートのある国家。
北大陸から運ばれてくる樹木・果実・鉱石などの貿易や、近海での漁業などが盛んである。
アトラレル海の荒れが収まる時期には、貿易船だけでなく大陸間を行き来したい人を乗せる渡航船が出るため、多くの人々が集まり賑わう。
そしてその頃には年に一度の、人族や亜人族が入り混じっての武闘大会が執り行われる。その大会の優勝者には多大な名誉と賞金が与えられるため参加者も多い。
その武闘大会が執り行われる三日前。
つまり、フィーネス国を出発して約30日後。
道中で、古代魔導兵器との熱戦を繰り広げたり、小国崩壊の危機を救ったり、前人未到のダンジョンを3つほど攻略したりした後、トモヤ達はユミリアンテ公国に辿り着くのだった。
なお、それらの様子が語られることはない。
◇◆◇
「着いたー!」
「ついたー!」
「仲良しだな」
馬車を降り、両手を上にあげ叫ぶトモヤとルナリアを見て、小さく笑いながらリーネがそう呟いた。
トモヤはさっと辺りに視線を向ける。
見渡す限り木製の建物がずらりと並んでいる。
海辺ということで煉瓦造りの建物が多いと思われがちだが、北大陸から運ばれてくる樹木は非常に強固で、加工を行っても潮風程度でどうこうなるものではない。
来る途中でそんな話をリーネから聞いて、トモヤはほーと驚いたものだ。
建物だけでなく人にも注意を向けると、耳の長い女性、背が低いのに顔はダンディな男性、頭から猫耳が生えている少女などが多くいる。
エルフ、ドワーフなどの亜人族、さらには獣族などだ。割合としては獣族よりも亜人族の方が多い。
これまでの旅の途中でも異種族の姿を見ることはあったが、この国での多さには少し目を見張るものがある。全体で4割ほどだろうか。
改めて、自分が異世界に来ていることをトモヤは実感していた。
「さて、観光もいいがまずは船の予約に行こう。遅れればしばらく乗ることが出来ないかもしれない」
「……そうだな」
リーネの提案にトモヤは頷く。
ここに来るまでの様々なイレギュラーによって、到着が少し遅れたのだ。
もともとの予定を早めに片付けておいた方がいい。
「よし、行くか。ルナ、遊ぶのはもう少し後な」
「うん! わかった!」
元気に返事をするルナリアの頭をフード越しに撫でる。
ルナリアは今、白色ぶかぶかのローブを身に纏っている。特殊な術式が編み込まれており、気温が高くても涼しさを感じることのできる。
そんなローブを着る理由は彼女の角を隠すためだ。
運よく、というも関わりのある人々の優しさのおかげで、ルガールやフィーネス国ではルナリアが魔族ということで嫌な風に絡んでくる者はいなかった。
しかし、ここ30日の間では少しだけ奇異の目で見られてしまうこともあった。
大した騒動になることはなかったが、面倒を避けるためにこのような方針を取り入れたのだ。
大きめなせいで、ルナリアの小さな手が完全に服の外に出ていないところがチャームポイントである。
他にもフードのついたジャケットやワンピースなどの服を三着ほど購入し、毎日順番に着ているのだ。
もっとも、ルナリアやリーネは知らないだけでトモヤの異空庫の中には似た服が二ケタ以上あったりするのだが。
(いや、いつ服が破れたりするか分からないからな。保険だ保険)
そんなことを誰に向けてか、心の中で言い訳しながらトモヤはリーネ達と船乗り場まで出かけて行った。
「まさかここまで予約が埋まっているとは。いや、とれたことはとれたけど……」
船の予約自体はとれたものの、トモヤは少しだけ落胆したようにそう零した。
予約の日時は三日後の早朝。武闘大会が執り行われるのが昼頃からなので、その直前となった。
逆にそれ以降の日程だと、20日ほどの期間を開けなければ予約することができなかった。
「まあ、冷静になって考えてみれば当然のことだったな。今ここにいる者達の多くが武闘大会を観戦しに来ている。それより前に北大陸に行く者は少ないが、終わってしまえばここに残る理由もなくなって一気に渡り始めるものだ」
「リーネの言う通りだけど……個人的にはこういったイベントごとには参加してみたかった」
「トモヤが参加してしまったら、他の参加者に勝ち目がないと思うのだが……」
「いや、そこは普通に観客として参加するとかでもいいんだけど……こうイベントの雰囲気だけでも味わえたらさ。ルナはどう思う?」
「う~んとね、他の人より、トモヤがかつやくするところが見たいなっ」
「ちょっと参加登録してくる」
「トモヤ!?」
迷いなく進み始めたトモヤの腕を、リーネが必死に掴み止める。
「止めないでくれ、リーネ。男には、全てを投げ出してでも成し遂げなければならないことがあるんだ」
「いや何を言ってるんだ君は。目が本気だぞ。落ち着こう、な?」
それから暫く問答が続いたものの、結局は他の参加者のことを考慮しトモヤは諦めることにした。
ルナリアの期待に応えたいとはいえ、さすがに自分に与えられた力を振るい他者の努力を無駄にするほどの動機にはなら――
「私、トモヤのたたかってるところ見るのすきだよ。かっこいいもん!」
「――他人よりルナの方が大切に決まってるな、うん。やっぱり参加登録に……」
「こらトモヤ!」
再び二人は茶番を繰り広げた後、宿屋に場所を移すことにした。
その後トモヤ達は宿屋を探すも、基本的にほとんどのところが満室だった。
これも武闘大会の影響だったりするのだろう。部屋が空いているのは高級宿だけだったため、仕方なくそこに一部屋借りて泊まることにした。
フィーネス国に滞在中、暇潰しにトモヤとリーネは100階層までの往復かけっこをし、その途中に出てきたSランク、Aランク魔物を倒しては売っていたため、金だけは余るほどあるのだ。
ハンデとしてトモヤがルナリアを肩車した際にはいい勝負になったし、ルナリアも楽しんでいたため全員が幸せになる素晴らしい企画だった。
ちなみに後処理を任されたトレントは凄く疲れた顔をしていた。
「さて、これからどうするか」
宿を出て空を見上げるも、まだ昼下がり。太陽が力強く熱と光を放っている。
まだまだ観光などを行う時間はありそうだった。
「ノースポートに来たんだ。することと言えば決まっているだろう」
「ん? なんだ?」
自信満々に告げるリーネにトモヤがそう問いかけると、彼女は笑って言った。
「無論、海水浴だ!」
「……海水浴、だと?」
「うみでおよぐんだよ!」
「いやそれは知ってる」
状況を把握していない、いや違った。どんな時でも相手の成長を願い新たな知識を教えようとしてくれる素晴らしくも愛らしき大天使・ルナリアエルに軽く返事をしたトモヤは、改めてリーネの言葉を心の中で繰り返す。
海水浴といえば、年頃の男子の頭に浮かぶのはもちろん……
(なるほど、水着イベントか!)
ということだった。
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