第55話 自覚

 黒く乾燥した大地。少し冷やりとする風。

 そんな環境の中で、一組の男女が激しく木剣をぶつけ合っていた。


「はぁっ!」

「――――」


 リーネが地に切っ先が触れるような構えから力強く振り上げた剣を、トモヤは驚異的な反射速度で横に跳び躱す。


 しかしそれだけではリーネの猛攻は終わらない。

 二撃目、三撃目と剣撃が迫り、躱しきれない幾つかの攻撃は手に持つ木剣を翳し、カンッと高く鳴り響く音と共に防ぐ。

 十数回続く連撃のうち、少しの隙を見つけたトモヤは、しかし攻撃するほどの隙ではないと判断し後方に跳び距離を置く。


「空斬!」


「そういう作戦かッ」


 しかし、どうやらリーネはその対応すら読んでいたようで、離れた箇所から斬撃を飛ばす。

 普段なら防御ステータスに頼って防ぐが、今回の目的とは反するためその方法はとれない。トモヤはリーネと同じ構えをとり空斬を放った。


 二つの斬撃が接触し、旋風が吹き荒れる。

 風はトモヤの目にも飛び込んでくる。

 怪我を負うものではないと理解していながらも、長年の経験から反射的に目を瞑ってしまった。再び目を開けた時、既に決着はついていた。


「私の勝ちだな」


「……参った」


 喉元に添えられた木剣の切っ先を見て、トモヤは素直に自分の負けを認める。

 攻撃・魔攻・敏捷ステータスを50000にして、つまり先の戦いで平均ステータスが35000になったリーネよりずいぶんと強く調整したはずなのに、結果としては全く敵わなかった。


「やはり、トモヤ程の実力者が相手ともなると緊張感が全く違うな」


 リーネは木剣をトモヤから離し、そう言った。


「いや、俺の攻撃なんて一つもリーネに当たらなかったんだけど」


「それでもだ。君の攻撃を一撃だけでも浴びれば敗北する。それだけで恐ろしいことなんだ。強力な魔物を相手にする時と似た感じだな」


「そういうもんか……で、この修練はちゃんとリーネのためにはなったのか?」


「もちろんだ。相手になってくれてありがとう、トモヤ」


 そう言って、リーネはその場で地べたに座る。そんな彼女を眺めていると、ふとトモヤは気付く。

 修練によってかいた汗によって、リーネの着ている布地の服が彼女に張り付き、身体のラインをしっかりと主張している。靡く燃えるような赤色の髪も相まって、艶やかな雰囲気を醸し出していた。


 無意識のうちに、トモヤは固唾を呑み込んでしまう。

 そんな中、リーネは自分の横の地面をぽんぽんと叩きトモヤに告げる。


「どうしたんだ? トモヤも一緒に休もう」


「あ、ああ。じゃあ失礼して……」


 激しく鼓動する心臓を自覚しながら、ゆっくりとリーネの横に腰を下ろす。


「…………」


「…………」


 しかし座ったはいいものの、新たな会話が生まれることはなかった。

 気まずいような、もしくはむず痒いような、そんな不思議な空気が流れていく。

 そんな中でふと少し前のことをトモヤは思い出した。


「ありがとな」


「ん? 何がだ?」


 突然の感謝の言葉の理由がリーネにはよく分からなかったらしい。


「いや、さっきリーネがモルドさんに言ってくれたことだよ。俺やルナと一緒にいると楽しいって言ってただろ?」


「なんだ、そんなことか。構わない、心から思っただけのことだ」


「だからこそだよ。本気でそう思ってくれているからこそ、俺も嬉しく思えたんだ。だって俺も、リーネと一緒にいれて、すごく楽しいからさ」


「……そ、そうか、うん、そうか。トモヤも私と同じなのか。そうかそうか、うん!」


「そうかって今4回言ったぞ」


「か、数えなくていい!」


 茶化すようなツッコミに顔を赤くするリーネ。

 そんな彼女の姿を見ていると、心の中に湧き上がってくる不思議な感情があった。


「トモヤ」


 その感情が何かを理解するよりも早く、リーネの声が耳に届く。

 視線をそちらに向け――トモヤはぐっと言葉を呑み込んだ。呼吸すらも忘れた。


 リーネは微笑んでいた。普段は少しだけ鋭い翡翠の瞳からは優しい意志を感じ、すっと通った鼻梁や、桜色の唇、きめ細やかな白い肌――今までも見てきたはずのそれらがトモヤの心を揺さぶる。そしてリーネはその微笑みのまま口を開いた。


「こちらこそ、ありがとう。どうかこれからも、ずっと私と一緒にいてほしい」


 それがトドメとなった。

 その時初めて、トモヤは自分が抱いている感情の名前を知った。


「ああ、もちろん」


 だからこそ、トモヤは心からそう応えた。

 好きな人と一緒にいたいと願うこと。それは当然なことのはずだから。


「そろそろ戻ろうか、リーネ」


「ああ……ん?」


 先に立ち上がり、トモヤはリーネに向かって右手を差し伸べる。

 それを見たリーネは少しだけ不思議そうな表情を浮かべた後、頬を朱に染め左手を伸ばす。

 2人の手は静かに繋がり、ぐっと引っ張るとリーネの華奢な身体が起き上がる。


 トモヤとリーネは微笑み合い、何気ない言葉を交わしながら歩いていった。

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