第54話 修練
あれから数十分後。
ようやく我を取り戻したリーネは改めてモルドと会話を再開していた。
「あ、兄上達の意向は理解できました。きちんと確かめなかった私も悪いとは思います。ですが、それでもやはり、もっとちゃんと数々の不可解な行動の理由は説明してほしかった!」
「そ、それは本当に申し訳ないと思っている。すまなかった」
「うっ、そう謝られてしまえば私の方からこれ以上文句は言えませんが……うん、勝手に勘違いして家を飛び出したことについては謝ります。ごめんなさい」
「っ、なら――」
「ですが、やはり家に戻ることはできません」
先程までとは一転、毅然とした態度でリーネは告げる。
「私にはトモヤやルナといった大切な仲間が出来ました。今は彼らとの旅が心から楽しいと感じています。これからもずっと続けていきたいと思っています。ですから……家に、戻ることはできません」
「……そうか。なるほど、その眼は本気だな。よし、相分かった。その旨を私の方からお父様や弟達に伝えておこう」
「感謝します」
頭を下げるリーネを優しい目で眺めた後、モルドは次にトモヤに視線を向ける。
「トモヤくん、見ての通りリーネは色々と抜けたところのある子だ。これからもどうか、彼女を支えてやってほしい」
「なっ、兄上、なぜトモヤにそのようなことを――」
「知ってます、任せてください」
「なぁっ!?」
兄とトモヤの会話を聞き、リーネは面白い反応を見せる。
そんな彼女たちのいるテーブルに小さな影が飛び出す。
「私もいるよ! 私にも、リーネのこと、任せてね!」
「君はたしかルナリアさんだったかい? そうだね、君にもリーネのことをよろしく頼もうかな」
「うん! がんばる!」
それは、天真爛漫な笑みを浮かべるルナリアだった。
その元気な姿を見てちょー可愛いとトモヤは思った。
(――はっ! まさかこれが、モルドさん達がリーネに対して抱いていた思い!?)
トモヤはモルド達を理解することができた。
今なら盃だって交わせそうだ。
「それでは、私はこの辺りで失礼しよう」
「そうですか……家に戻らないとは言いましたが、いずれ顔を出すくらいはしようと思います。父上等にもそうお伝えください」
「了解だ。お父様達もとても喜ぶだろう。たぶんリーネが帰ってきた時用に城が1つ建つ」
「そんなに!?」
まさしく規模が違う喜びようだった。
「それで、時にトモヤくん」
「はい、なんですか?」
続いて、モルドの視線はトモヤに向けられた。
「リーネとは、どこまで進んだのかな?」
「――――ッ」
「なぁっ!?」
「……?」
「きゃっ!」
その言葉にトモヤ、リーネ、ルナリア、アンリがそれぞれの反応を見せる。
トモヤは無言で目を見開き、リーネは赤面し、ルナリアはきょとんと首を傾げ(天使)、アンリは両手で頬を押さえていた。
「この、バカ兄上!」
「ごふっ!」
最終的に、モルドはリーネの拳にやられた。
いい奴だったよ……
◇◆◇
「ふー」
宿屋の前でモルドを見送った後、リーネは小さく深呼吸をした。
この一時間における彼女の心を揺れ動かす様々な出来事が終わり、ようやく落ち着きを取り戻したのだろう。
そして、リーネはゆっくりと隣にいるトモヤの方を向く。
「それにしても本当に驚いたぞ。色々とな」
「お疲れ様。今日はもう休むか?」
労いの言葉をかけてから、トモヤは宿の中を指差しそう尋ねる。
だが、リーネは首を横に振った。
「いや、それなんだがな……トモヤ」
「ん?」
彼女は翡翠の双眸を真っ直ぐトモヤに向けて言った。
「付き合ってくれないか?」
「――――ッ!?」
「修練に」
「…………」
「待ってくれトモヤ、どうして無言で宿に戻ろうとするんだ」
宿の扉を開けるトモヤの腕の裾を、リーネが焦った様子で掴む。
振り向くと、そこには上目遣いでトモヤを見つめるリーネの姿があった。
……何だかなぁ。と思いつつ、トモヤは身体の向きを再びリーネに向けた。
「俺は悪くない。全部リーネが悪い」
「な、なんでそんな急に冷たい態度をとるんだ? トモヤ? トモヤさん?」
「……冗談だ。気にしないでくれ。それで、何で修練なんだ?」
「むぅっ」
人差し指で軽くリーネの額を押し、トモヤはそう尋ねた。
リーネは右手で額を押さえ「何なんだ君は……」と頬を膨らましつつも答える。
「兄上と話していて思い出したんだ、自分より強い者を相手に鍛えていた時のことをな。空間斬火に目覚めてからは、正直戦闘時にそれほど困ることはなかった……久々に、昔のような鍛え方をしてもいいとは思わないか?」
「その相手として俺を選んだと?」
「うむ、そうだ。ぜひトモヤに付き合ってもらいたい」
「…………」
「あいたっ。な、なんでまたデコピンするんだ!?」
「……なんでだろうな」
リーネに顔色を見られないように顔を逸らしトモヤはそう答える。
横目で見るとリーネが不思議なものを見るような表情をしていた。
そんな表情を見てしまえば、もう断ることなど出来ない。
「まあ、うん。分かった。付き合うよ」
「そうか、ありがとうトモヤ!」
「………はぁ」
「なぜそこで溜め息!?」
そして、リーネとトモヤは場所を第二区画に移し修練を行うこととなった。
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