第53話 アホ共


「リーネ! ずっと会いたかったぞ!」


「なに!? モルド兄上!? 失せろ!」


「ぐほっ!」


 リーネの蹴りを受け、モルドは散った。



 ◇◆◇



 モルドとの決闘の後、トモヤ達は宿に帰還した。

 昼過ぎのこの時間帯は一番お客さんの数が少なく閑散としている。

 そんな中1つのテーブルで向かい合う2人の男女の間には剣呑なムードが漂っていた。


「トモヤ、あの人だれ?」


「リーネの兄らしい。そう悪そうな人に見えなかったから連れてきたんだけど……まさかこんなことになるとは思ってなかった」


「す、少し怖いですね」


 その2人――リーネとモルドを、ルナリア、トモヤ、アンリの3人は少し離れたテーブルに座りながら眺めていた。

 ただの野次馬である。


「――それで、どうしてモルド兄上がここに? そもそも、どうしてトモヤと知り合ったのですか?」


「決闘を申し込んで負けて、その流れでリーネがここにいると聞いたんだ。そんなことより昔のようにお兄ちゃんと呼んでくれ」


「ちょっと何を言ってるのか分からない。いや本当に、全く事情が呑み込めない」


 キッと、リーネが遠くからトモヤに鋭い視線を送ってくる。

 トモヤは頷き口を開いた。


「考えるな、感じろ」


「理解した」


「ええっ」


 そのやり取りに、モルドが驚いた反応をする。

 改めて2人は向き直る。


「では改めて。貴方がここにくるまでの過程は理解しました。重ねて問います、何の目的で来たのですか」


「ほ、本当に理解したのか……? こほん、まあそれはいい。決まっているだろう。お前を家に連れ戻すためだ」


「……貴方という人は。私に利用価値があると知った途端にその態度。自分で言ってて恥ずかしくないのですか?」


「利用価値を知った途端……? リーネ、お前は何を言ってるんだ?」


「ん?」


「え?」


 よく分からないタイミングで二人の主張が止まる。

 ちょっとした違和感を感じたトモヤは会話に参入することにした。


「どうしたんだ、なんか様子が変だけど」


「トモヤ……そうだな、君には話してもいいかもしれない」


 そう言って、リーネは自分の過去をトモヤ達に語る。

 自分が無力であるときには興味を持たなかったにも関わらず、ミューテーションスキルに目覚めてからは媚び始めたという話を。


「ミューテーションスキルは生まれつきのものじゃないんだな……と、今はその話じゃないか。リーネにそんな過去があったんだな。それなら今の態度にも納得がいくけど――」


「――違う! 勘違いだ!」


 ドンッと、力強くテーブルを叩き立ち上がるモルド。


「……うちの物に傷つけないでくださいね」


「申し訳ありません!」


 注意するレイラに全力で謝って、すぐに座り直す。


「……何が勘違いだというのですか?」


「全てがだ。私達はそんなつもりでお前に対し冷たい態度をとったわけでも、家にいて欲しいと頼んだわけでもない」


「っ、白々し――」


「……うーん、傍から聞く限りじゃすれ違いがあるように思うんだけど。リーネ、ひとまずモルドさんの話も聞いてみたらどうだ?」


「と、トモヤがそう言うなら仕方ない……許可しましょう」


「“あの”リーネを一瞬で説得しただと……? さすがは私が認めただけの男だ」


 そこまでで一旦会話は途切れる。

 暫しの後、話は再開された。

 リーネとモルドの両者が当時の出来事を思い返し、辻褄を合わせていった――――



 ◇◆◇



 18年前。

 エレガンテ家の当主モントにはモルドを含めて3人の息子がいた。

 息子たちを可愛がる一方、娘も欲しいと強く願っていた。


 そんな時、モントの妻・リーズが女の子を出産する。

 その少女はリーネと名付けられ、モントは心底可愛がった。

 3人の兄たちも、たった一人の妹を大切に思っていた。


 長兄であるモルド以下3兄弟は年子。

 彼らが11歳、10歳、9の時、リーネは5歳だった。


 兄たちが修練する様を見て憧れを抱いたリーネは、幼いながらにして自分も参加することにした。

 その際、なんと剣術、火魔法、空間魔法という優れたスキルを3つ持っていたことが発覚し、リーネは親バカとシスコン達から大きく期待された。

 というか単純に頑張る姿がちょー可愛かった。

 三日に一回、モントと息子三人で『リーネちょー可愛くない?総会議』が行われる程だった。

 それを見て母リーズはバカだなぁと思っていた。

 エレガンテ家と関わりのある貴族達も、そんなリーネのことを高く評価していた。


 だが残念なことに、リーネはどれだけ修練を重ねようと標準を超えて成長することはなかった。

 リーネは様々な分野に対してある程度の適正はあるものの、その代わり一つの事柄を極めるのが苦手だったのだ。

 だからと言ってモント達からの愛情が失われることはなかったのだが――リーネが14歳になるころ、一つの大事件が起こる。


 リーネが、技術を高めるのではなく本格的に身体を鍛え始めた。

 つまり、筋肉をつけ始めたのだ!


 第675回緊急会議が発生した。


『大事件だ! リーネがとうとう身体を鍛え始めたぞ!』


『これまでは技術を高めることが重要だと説明し、一日の修練時間に制限を加えていたが……これではリーネがムキムキになってしまう!』


『失礼、お父様、お兄様、さらなる問題が。関わりのあるフラントス伯爵家から、リーネに対してパーティのお誘いが。恐らく、あの家の嫡男のもとにリーネを嫁がせるのが目的かと』


『何だと! よし、私が上手く断っておく! それより今は筋肉の話だ』


『それに関してなのですが……閃きました(眼鏡クイッ)』


『申してみよ!』


 その夜のこと。


『父上、兄上……なんだか私の夕食だけ物寂しい気がするのですが』


『き、気のせいだリーネ!』


 夕食の場。リーネの前に置かれている料理の中に肉類がほとんどなく、国中から集めた高級野菜が大量に置かれていた。そう、筋肉をつけさせないために栄養を管理しようとした結果なのである。

 食材代としてはモント達の数倍である。

 しかし食べ盛りであるリーネにとって、それは不満を抱くに値するものだった。

 さらに――


『モルド兄上、今日の修練なのですが』


『す、すまない! 今日は用事があって付き合えん! たまにはゆっくり休むのもいいと思うぞ! で、では!』


『あ、また……』


 ――兄達はリーネの修練に付き合わず、休養を勧めるようになった。

 加えて、この頃より次第に関わりのある貴族達からリーネへの手紙の数も減っていた。

 これらのことからリーネは、自分の家庭内での扱いが悪くなり、貴族達から距離を取られるようになっていると勘違いしていた。

 唯一の味方は全てを理解しているリーズだけで、常に笑いながらリーネの相談に乗ってくれていた。肉もいっぱい食べさせてくれていた。


 当時、リーネは一人でいる時にこう呟いていた。


『私にもっと力があれば、この国を出て冒険者にでもなるのだが……』


 実はこの呟きはモルドたちの耳にも入っていたが、リーネの実力から考えてもそれが現実になるだろうとは、その時点で誰も予想することなど出来なかった。



 そんな日々の中、リーネ達が暮らす街にAランク上位魔物が現れた。


『私達が倒しに行く! リーネは屋敷の中にいろ!』


『絶対に来るなよ! 危険だからな!』


『お前が死んだら俺達が生きる理由がなくなるんだからな!』


『今回出現した魔物に適した作戦を立てました。成功確率は99パーセント以上です(眼鏡クイッ)』


『は、はあ……』


 威勢よく飛び出していったモント達。


 しかし数十分後、四人がかりでも劣勢であるという知らせがリーネとリーズのもとに届く。

 そこでリーネはリーズの制止を振り切って助けに向かい、結果としてミューテーションスキルに目覚め魔物討伐に成功した。

 リーネは一躍国の英雄となり、それからはモント達が断れないほどの縁談の申し込みが届くのだった。


 第729回緊急会議が発生した。


『まずい、まずいぞ! 今まで無理やり隠し通してきたリーネの可愛さが国中にバレた! 今日もまた5通も縁談の手紙が!』


『それ以上の問題もあります! どうやらリーネは実力を得たため、本格的に家を出ることを考え始めているようです! これは止めなければ!』


『けど、どうすれば……!?』


『閃きました(眼鏡クイッ)』


『えっ、またお前が? ま、まあいい、言ってみよ!』


『簡単な事です。リーネをこの国に留まらせたいと思わせればいい……つまり、リーネほどの実力があればこの国で素晴らしい役職につき爵位まで頂けること、さらには純粋に私達がリーネと共にいたいということを伝えればよいのです!』


『『『それだ!!!』』』


 それを実行に移した結果、リーネは家族がなんか媚びてきてると思い、全員を剣で倒して家を出た。



『『『『どうして!?!?』』』』



 全てを理解しているリーズだけは、リーネに対して『数年に一度くらいは帰って来てね~。その頃までにはあの人たちも冷静になってると思うわ』と言って送り出すのだった。



 ◇◆◇



「――――と、全部まとめるとこんなところか」


 二人の話を聞いたトモヤはそれをまとめて、再度確かめるようにして語った。

 それを聞いているリーネは両手で真っ赤になった顔を押さえ、モルドは責任から逃れるように明後日の方向に視線を向けていた。


「うん、なんて言うかだな、こんなこと本当は言いたくないんだけど」


 そんな二人に向け、トモヤは言った。


「お前ら、アホだろ」


「ああぁ! そんなはっきり言わないでくれぇ!」


 バンッと、リーネは勢いよくテーブルに頭突きしてレイナに怒られるのだった。

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