第50話 付き添い
◇◆◇
終焉樹暴走事件から数日後。
青髪の二つおさげが特徴的な可愛らしい少女アンリは、食堂でお客さん達に朝食を運びながらでいろんなことを考え込んでいた。
その中心にいるのは数日前からこの宿に滞在している一人の男性――トモヤだ。
別に一目見た時から特別な感情を抱いたわけではなかった。
けれどあの日、夕方になってもお父さんが帰ってこなくて、不安になって終焉樹の元まで駆け出して。そこにいたトモヤの姿を見た時、他にも顔見知りの人がいる中で真っ先に縋ってしまった。
他の冒険者の方々と比べて年齢が近かったからだろうか。理由をどれだけ考えても答えは出ないが、トモヤなら信じられると思った事だけは確かだった。
その後、トモヤは見事アンリの要望に応えて、颯爽とズーヘン達を助けてみせた。まるで創作物の中のヒーローみたいだった。
それからアンリはトモヤのことが気になって仕方なくなった。自分の作った料理を食べて美味しいと言ってもらえると、それだけで嬉しくなった。
こんな感情は初めてで、だけど不思議と悪い気分ではないとアンリは思う。
とどのつまり――アンリは、トモヤに初恋をしているのだった。
「あっ、おはようございますトモヤさん! リーネさんや、ルナちゃんも!」
「ああ、おはようアンリ」
「うん、おはよう。今日はいい朝だな」
「おはよ、アンリ!」
二階から降りてきたトモヤ達を見つけるやいなや、アンリはささっと三人に寄っていき元気に挨拶する。
返事をもらえるとそれだけで不思議と嬉しくなり表情が緩んでいく。
そのまま三人をテーブルに案内し、ズーヘンから受け取った朝食のトレーを渡しにいく。
「どうぞ! 朝ご飯です!」
「ありがとう」
獣族であれば耳や尻尾が動きそうなほど嬉しそうに応対するアンリだが、トモヤがその様子に気付く様子はない。リーネやルナリアも同様だ。
そんな中、食堂内でアンリの行動に注目する存在が一人いた。
(うーん、あれだけ剥き出しの好意なのにどうして気付かないのかしら。これは私の助けが必要ね!)
そう、アンリの母親であるレイラである。
彼女だけは、本人すらまだ自覚していなさそうな娘の初恋を把握しており、応援しようと心に強く決めていた。
「そういえばアンリ、ミリエナさんのところの仕立屋にお願いしていた服が出来上がったって昨日言ってたわよ。昼はお店で働かなくていいから、取りに行って来たら?」
「ほんと⁉︎ お母さん!? うん、行ってくる!」
レイラの話を聞いたアンリは目を輝かせて飛び跳ねた。
フィーネス国はフィーネス大迷宮を中心に成立した国家なため、冒険者用の店は充実しているが、アンリのような少女向けの商品を置いている店は少ないのだ。それ故、アンリの来ている服は仕立屋に直接注文し作ってもらっている。
貰いに行くときは、いつもワクワクするものだ。
「け〜ど」
一人盛り上がっているアンリに水を差すように、レイラが重々しい声を出す。
「アンリをそこまで一人に行かせるのは不安ね。ねえ、トモヤさん?」
「……ん? あ、俺か。はい、そうですね」
「実は先日も、この国で盗賊団が出たという話もあるようですしね。その方々は既に捕まったらしいですけど、まだまだ治安がいいとは言い難いんです! そう思いませんか!?」
「……思います」
食事の手を止め、トモヤはどんどんとレイラの主張に押されていっていた。
「ちょっと、お母さん! トモヤさんが困ってるでしょ!」
「それでも私はアンリのことが心配だから仕方ないの……トモヤさん、よかったら今日一日、アンリのお出かけに付き合ってくれませんか? 報酬は今日の宿代を無料にするということでどうか!」
「ええっ!? トモヤさんが一緒に!?」
「俺が、付き添いですか?」
大声をあげるアンリをよそに、トモヤが視線を横に向けると話を聞いていたリーネ達が頷く。
「いいんじゃないか。今日はこれといった予定はない。一緒に行ってやるといい」
「そうか? なら、うん。分かりました、俺が付き添います。ただ、別に宿代を無料にするとかはしなくても大丈夫ですから」
「あら~、本当ですか? ならせめてお昼ご飯代だけでも! アンリに持たせておくので、一緒に食べて帰ってきて下さい! ぜひぜひ!」
「まあ、それくらいなら」
(な、何だか話がどんどん進んでる……!)
驚いている間に、アンリとトモヤが一緒に出掛けることは決定していた。
あわわわわと動揺していると、ふとトモヤがじっとアンリを見つめる。
「朝ご飯食べ終わったら少し準備してくるから、悪いけど待っててくれるか」
「は、ははは、はい!」
顔を真っ赤にしながら必死に返事に努めるアンリ。
いや、これだけではいけない。もっときちんとしたお願いをしなくては――
混乱した頭でそう思ったアンリは、頭を下げて言った。
「ふ、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
場の空気が、凍った。
「あらあら~」
一人(レイラ)を除いて。
◇◆◇
(~~~!?!? 恥ずかしすぎる失敗しちゃったよ~!)
あれから数十分後。
宿屋の外でトモヤを待ちながら、アンリは自分の失言を思い出し顔を赤く染めていた。
もちろん、言い間違えということでその場は無事収めることができたのだが、あの瞬間のトモヤのぽかーんとした表情を思い出してしまえば、アンリにとって間違えで済ますことの出来る問題ではなかった。
(トモヤさん、私のこと変な子だと思ってないかな?)
その点だけが、とてつもなく不安だった。
他の誰かならともかく、不思議とトモヤにだけはそんな風に思われたくなかったのだ。
「ごめん、待たせた、アンリ」
「いえ、そんな――ッ。トモヤさん、その服装!」
そんなことをうんうんと唸るようにして悩んでいると、ずっとアンリが待っていた人の声がした。
反射的に振り返り、アンリは言葉を失った。
そこに立っていたのは、この辺りでは珍しい黒髪黒目の男性だ。
普段は冒険者らしく、その身を動きやすそうな服装に包んでいるのだが、今日は少しだけ違った。
大国で暮らす裕福な人がお出かけに着そうな程きっちりとした、黒色を基調とした服装だったのだ。
(きょ、今日のトモヤさんかっこいい! いやいや何を考えてるの! トモヤさんはいつでもかっこ……~~!!)
トモヤを見ながら内心で一人呟き自爆するアンリ。
そんなアンリの様子を前に、トモヤは自分の服装を見ながら言った。
「ああ、いつも通りの格好で行こうと思ったんだけど、なぜかリーネに以前買ったこっちで行けって言われてな。今から行く場に適さないんなら着替えてくるけど」
「い、いえ! ぜんぜん大丈夫だと思います!」
勘違いされてしまった様なので、アンリは必死になってそう訴えた。
それから数語の言葉を交わし、いざ出発となった時――宿の扉が開かれレイナが顔を覗かせ。
「トモヤさん、はぐれるといけないので、アンリと手を繋いであげてくださいね」
「なっ――――!」
そんな言葉だけを言い残し、扉を閉めた。
(おおお、お母さんのバカ! なに言ってるの!?)
赤面し、心の中で文句を言うも、もちろんレイラのもとに届く訳がない。
そう考えていると、トモヤがそっと手を差し伸べてきた。
「じゃあ、行くか」
「は、はい! し、失礼します!」
差し出されてしまっては仕方ない。
アンリは恐る恐るトモヤの手を握りしめた。
(うぅぅ~~恥ずかしいよ~! でも、うれし……いやいやなに考えてるの私!? トモヤさんは善意で手を繋いでくれてるだけなんだから!)
そんなこんなで。
アンリとトモヤのお出かけが始まった。
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