第51話 限定
アンリ達が歩くのは住居や宿屋、飲食店などが立ち並ぶ第三区画だ。
冒険者や住民が半々の割合で道を歩いている。
その中で、男女が手を繋いでいる組み合わせはほとんどない。
それ故か、アンリとトモヤに周りから向けられる視線の数は多かった。
それに気づいているアンリは恥ずかしさのあまり顔を赤くする。
(も、もしかして、私とトモヤさんがカップルだって思われちゃってたりしてるのかな!? そうならうれ……じゃなくて! トモヤさんの迷惑になっちゃうからそうじゃないよって言った方が! でも、言いたくないような……)
周りの人々は、アンリ達を見て“仲のいい兄妹だな~”と思っているだけだったのだが、それを勘違いしたアンリは脳内で一人寸劇を繰り返す。
「大丈夫か、アンリ? なんか顔赤いけど……熱でもあるんじゃないか?」
「えっ、あ、これはそういうのじゃなくてえぇぇ!?」
アンリのおかしな様子に気付いたトモヤは、熱を測るようにアンリの額に手を置いた。瞬間、プシューとさらに頭に熱が上る。
「結構熱いな。宿に戻った方がいいんじゃないか?」
「いいい、いえ! 大丈夫ですから!」
「そうか? まあ、本当にしんどくなったらいつでも言ってくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
そう答えると、トモヤはゆっくりとアンリの額から手を離す。
それに少しだけ物足りなさを感じながらも、アンリ達は歩みを進めるのだった。
「どうですか、トモヤさん? 早速着てみました!」
気を取り直して仕立屋に来たアンリは、試着室を借り受け取った服を着てみた。
白色を基調としたワンピース風。水玉のような青色の模様がポイント。
子供らしい純粋さと、それでいて活発さをアピールできるような服装に仕上がっており、アンリも大変気に入ったためトモヤの意見が聞きたくなったのだ。
「ああ、似合ってるよ」
「っ! ありがとうございます!」
トモヤに無事褒めてもらうことのできたアンリは、嬉しそうに笑いながら感謝の言葉を告げた。
ここの店主であり、アンリとも仲のいいミリエナはそんな二人の様子を眺めながら微笑んでいた。
「よかったわね、アンリちゃん」
「……はい!」
元気な返事を返し、最後に挨拶を残してから二人は仕立屋を出た。
それから、アンリとトモヤはせっかくということでフィーネス国を散歩することにした。
フィーネス国の国土面積は非常に小さいため、その気になれば一日でだいたいを回ることは可能だ。
今回は、その一部分の露店街を楽しむことにした。
冒険者向けに売り出されている肉の串焼きを買ってかぶりついてみたり。
ちょっとした演劇がやっているので観覧してみたり。
装飾品が売っている店があったので、自分に合うネックレスなんかはないかと探してみたり。
普段、家族と出かける時とはまた違った楽しみを謳歌した後、アンリ達は大衆向けの料理店に入った。いくらか買い食いしたとは言え、昼食分を賄える量ではなかった。
木造の店内は落ち着きのある雰囲気で、二人はテーブルの前に座った。
「トモヤさん、ここのバケットサンドが絶品なんです! 種類も豊富で!」
「じゃあ俺もそれを食べようかな。問題はどれにするかだが……」
渡されたメニュー表には10種類近くの具材が書かれている。
ここに初めて来た人は、どれを選ぶか悩むのが常なのだ。トモヤの反応はアンリの予想通りだった。
とはいえ、アンリもここに来たらいつもフィンフィッシュのフライサンドか、レッドボアの肉が中に入れられてあるオムレツサンドのどちらかで悩んでしまう。
メニューの中から二つを見比べうんうんと唸る。一人で二つ食べる程の胃袋もないから、泣く泣く一つしか選ぶことができないのだ。
「アンリはどれを頼むんだ?」
「えっ? わ、私はこのどちらかにしようかと……」
「そうか……よし。すみません」
メニュー表からいま悩んでる二つの文字を見せると、トモヤはすぐに店員を呼んだ。
「わ、私まだどちらにするか決めて――」
「フィッシュフライのサンドと、オムレツサンドを一つずつお願いします」
「かしこまりました」
「……え?」
メニューをテーブルの定位置に戻しながら、トモヤはアンリに向けにっと笑う。
「二人で分ければ、どっちも食べれるだろ?」
「――はい! そうですね!」
トモヤの意図を理解し、アンリはパァッと表情を輝かせた。
確かにそれなら問題は解決する。
一つのバケットサンドをお互いに食べていけば、多くの味を楽しむことができ――
(――ひ、ひとつ!? それってまさか、間接キスってことになるんじゃ……)
――新たな問題が発生した。
緊急事態だ。
過去に類を見ない大事件を前にアンリが必死に頭を回していると、店員が皿をアンリとトモヤの前に置いた。
それぞれの皿の上には二つのバケットサンドが乗っており、その中身はちが……
「……え? なんで、私とトモヤさんのお皿の両方に、フィッシュサンドとオムレツサンドが?」
そう尋ねると、透き通るような青髪の、若く可愛らしい女性の店員は胸を張り堂々と答えた。
「いえ、先程の話は聞かせていただきましたので。わたくし、食べやすいように事前に半分にカットして提供させていただきました!」
「え、ええっ!?」
まさかの展開に、アンリは驚いた。
安心したようなショックのような、そんな複雑な感情が生じる。
そんなことを考えていると、さらに店員さんはドンと何かをテーブルの上に置いた。
一つの巨大なカップにクリームや様々な果実が入れられた、要するにパフェ。
アンリがびっくりしたのは、そのパフェを頼んでいないにもかかわらず来たことではなく、そのパフェが特別な物だということにあった。
(こ、これはもしかして! サイズや形から察するに!)
「そしてこれはサービスのカップル限定巨大パフェです! お二人に食べていただきたいと存じ上げ――」
「さっきから見てたら、またアンタは何をしてんだい! さっさと仕事に戻りな!」
「えっ、ちょっ、わたくしには彼らを見届ける義務がぁぁああ!」
厨房から出ていた店長らしき女性が、店員の長く尖った耳を掴んで引っ張っていった。
その光景をトモヤ達は呆然と眺めるしかできず。
「な、なんだったんだあの人……」
「さ、さぁ?」
トモヤの呟きに、アンリもそう返すことしかできない。
少なくとも、ちょっと前にここに来た時には見かけなかった店員だ。
というよりも、アンリにとっての問題はそこではない。
(か、カップル限定パフェだって! こ、こまっちゃうな~! やっぱり私たちカップルに見えちゃうんだ! えへ、えへへ……)
「…………?」
いきなり顔を緩め始めたアンリを見て、トモヤは首を傾げていた。
考えても仕方ないかと思い、手を合わせる。
「いただきます」
両手を頬に当てにやけるアンリを眺めながら、もぐもぐとバケットサンドを食べていく。
「うん、美味い美味い。衣がサクッとしてて魚の旨みも伝わってくるな。こっちは……うん、優しい卵の甘みとレッドボアの濃い味がぴったりだ。うんうん」
トモヤが食べ終わる前に、アンリが現実に戻ってくることはなかった。
ついでに言うと、パフェは完全に溶けた。
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