第三章 北大陸編

第49話 コスプレ



 ◇◆◇



 真っ白な空間。そこに椅子が一つ、そしてその椅子に足を組んで座る一人の少女――エルトラがいた。

 純白の長髪、漆黒の瞳。見た者全てが目を見張るような美貌を持っている。

 エルトラは目の前で土下座する、綺麗な茶髪をツインテールにした少女――ノームを見下ろしていた。


「それでノーム、何かボクに言わなければならないことはないかな?」


「この体勢ならエルトラさんのパンツちょー見える!」


「…………」


 エルトラはゆっくりと組んでいた足を下ろし、身に纏う純白の法衣の裾を整えた後、両手を膝の上に乗せる。淑女のような振舞いだ。

 空間も含めて全てが真っ白ななか、エルトラの頬だけが少しだけ赤く染まっていた。


「――って、そうじゃないよ。全然違うよ。ボクはそんなことを言いたいわけじゃないからね。まったく君は、少しは目上の者を敬うという心はないのかい?」


「え~、でもエルトラさんがどうしてもって言ったから、ちゃんとさん付けしてるよ~?」


「それよりもっと大切なことが――いや、うん、分かった。ボクもう諦めた」


 言いながら、エルトラはバッと立ち上がる。


「よし、難しい話は後に回そう! とりあえずはノーム!」


「な、なに? 何をされちゃうのかな~?」


 一歩ずつ歩み寄ってくるエルトラから逃げるように、ノームは後ずさる。

 その表情にはエルトラに対する恐れが浮かび上がり。


「もちろん、コスプレさ!」


「知ってた!」


 エルトラの叫びに対し、諦めたようにそう返すのだった。




「で、今日のこれはなに~?」


 ノームは身に纏った服装を眺めながらそう呟いた。ピンク色を基調としたフリルのついたワンピース。幼い子供が好んで来たがりそうな格好であり、なぜか手には先端がハートの形の杖を持たされていた。

 ちなみにツインテールに関してはそのままで! と太鼓判を押されたため髪型は変えていない。


 そんなノームを眺めながら、エルトラはうんうんと何度も頷く。


「うん、眼福眼福。それは魔法少女のコスプレだよ」


「えっ、魔法少女!? 私の知ってる魔法使いはそんな格好してないんだけど!」


「それは当然さ。だって今ボクの言った魔法少女は、この世界じゃなく異世界にいる存在のことなんだからね」


「なるほどなるほど! 全く訳わかんないけど分かったよ!」


 その後、ノームはエルトラの指示のもと様々なポーズをとる。

 悲しい双丘の下で腕を組む魅惑(笑)のポーズ。

 軽やかなステップと共にステッキを振り回す素敵(すてっき)な舞い。

 ノームは息を切らしながら、テンションも低めで最後までつき合っていた。


 そんな時間を過ごすこと数十分。

 エルトラは満足したのかゆっくりと椅子に腰を落とした。


「よーし、これで君が仕事をサボった件に関しては許そう。それで、これからそのサボりによって生じた影響の話に移るんだけど……」


「ひえぇ~、私からしたらこれからの方が居たたまれないよ~」


「きちんと聞きなさい」


「はーい、お母さん」


「お母さんじゃない」


 そう返した後、エルトラが右手をふっと虚空に翳すと大きなモニターが現れる。

 例によって映像は二つに分かれており、九重優を含む四人と夢前智也が別々に映し出されていた。


「あっ、トモヤくんだ~」


「その通り、ボクが最大級の権能を与えた青年さ」


 その映像に映るトモヤの姿を見てノームがわーっと騒ぐ。

 もともと、ノームはトモヤの存在のことをエルトラから聞いていた。とは言っても、それは外見ではなく与えられた能力に関してだけだ。だから、ルナリアに呼び出され初めて彼と顔を合わせた時点では誰だか分からなかった。


 しかし大量の魔物相手に無双する姿を見て、ようやく察しがついた。

 だからこそ自分の仕事を全部押し付けたのだ。

 そして結果的に、常にトモヤを監視しているエルトラに居場所がバレ連れ戻されたのである。


 悲しくも美しい過去を思い出し涙するノームの前で、エルトラが口を開く。


「うん、ユウくんの方は順調だね。王都近くの迷宮に封印されていた聖剣エクスカリバーを魔王配下の精鋭との激闘の末、無事手に入れたみたいで、今はさらなるレベルアップを目指して頑張ってるよ。問題はトモヤくんに関してだけど……」


 トモヤ側の映像が巨大化し、モニター全体を占める。


「……ノームの提案によって終焉樹を攻略しちゃったんだよね。しかも核の問題すら自分達で解決してしまった。ノーム、これは本来なら君の仕事だよ。何年も前から準備して実行すべきものだね……神格を持つボク達は様々な制限のもとじゃないと下界に干渉できないんだからさ」


「うっ……いや分かってたんだよ? けどちょっと面倒くさくて。トレントちゃんならなんとかしてくれるかなって!」


「そっか、ならいいや」


「いいの!?」


 まさかの返答に、ノームの方が盛大に驚く。


「まあ、うん。結果的に被害はほとんど出てないし、最悪トモヤくんたちがいなくてもボクがどうにか出来た程度の危機だったからね。今、ボクが問題視しているところはそこじゃない。リーネだけじゃなくトモヤくんの中にも、北大陸を目指すための理由が出来てしまったことさ」


「あー……そういえば、エルトラさんの筋書きではトモヤくんはこのあと南大陸を目指すんだったっけ?」


「その通り、ルナリアが奴隷商に保護された場所にまで向かい、その後中央大陸に行ってもらう予定だった。けど、これからだともう修正は不可能だね。ここからは完全にボク達が敷いたレールを外れることになる。どうしたものだか……」


「大丈夫、どうにかなるよ! 考えてもどうしようもないことはもう放っておこう、うん!」


「……この状況になったのが君のせいだって自覚はあるのかな? ノーム」


「ぐえっ!」


 責任を追及するようなエルトラの視線に、ノームはぐっと首を縮める。

 その姿を見てエルトラは、はぁ~とため息をついた。


「まあ、あながちノームの言ったことも間違ってはいないのかもしれないね。ボクたちが出来るのは精々がサポートくらいだ。ここから彼らの行く末をゆっくりと見届けさせてもらおう」


「エルトラさん……」


 エルトラの言葉を聞いたノームは、ぽぉ~と感心したかのような表情を浮かべて――言った。


「なんかその言い方みたいだと、ストーカーみたいだね!」


「正座」


「ええっ!?」


 心外な言葉に対し、エルトラはそう命令を下す。

 泣く泣く従うノームを横目に、深い思考に入る。


 トモヤは今回の騒動で、終焉樹の核を手に入れてしまった。

 本来のエルトラは“アレ”をトモヤの手に渡らせるつもりはなかった。

 核の交換を終えた後、処分するつもりだったのだ。


 終焉樹の核は、下界に現存する素材の中では最高質の物であると言ってもいい。

 無論、トモヤが全力で殴れば破壊される程度の硬度だが……アレの最も恐ろしい点はそこではないのだ。

 純粋な力や魔力とは違う。

 “――”を、つまりステータス∞の存在であろうと殺し得る。


「イレギュラーな要素は出来る限り排除したかったんだけどね」


「ん? いま何か言った~?」


「いいや何でもないさ。ところでノーム、パンツを覗こうとしないでくれないかな」


「ちぇ~」


 今回の出来事がトモヤにとって益となすか、害となすか――それが分かるのは、もう少し先の話だ。



―――――――――――――――


今回より『第三章 北大陸編』開幕となります!

どうぞよろしくお願いいたします!

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