第41話 任せた

 落ちる、落ちる、落ちる。

 地面が目の前に迫る――焼き切る。

 水魔法で消火する。

 さらに、落ちる。


「トモヤ、君は本当に――」


 剣を小さく構え、猛烈な速度で落下しながら、トモヤの隣にいるリーネは呆れたように笑っていた。


「――常識外れなことを思いつくんだな」


 そして、続けて――49階層から50階層に至る地面を見つめ、叫んだ。


「空間斬火!」


 一瞬遅れてトモヤも。

 

「スプラッシュ!」


 燃え盛り焼き切られた箇所に、トモヤが水しぶきと言うには勢いの良すぎる水魔法を放射し、その炎を掻き消す。

 そうして生まれた穴に、リーネとトモヤは迷わず入っていく。


 作戦を開始してから今までで、100秒――1分40秒が経過していた。



 ◇◆◇



 作戦の全容は以下の様なものだった。

 トモヤはこの世にある全てを破壊することの出来る力を持っている。

 だが力配分に関しては素人だ。

 終焉樹の地面に穴を開けようとして放った一撃が、終焉樹全体を破壊し尽くしてしまう可能性もある。

 そうなってしまえば最下層にいるズーヘン達の命が助からない。


 そこで、その辺りの悩みは全てリーネに任せることにした。

 彼女のミューテーションスキル――空間斬火で地面を焼き切ってもらい、そこに飛び込むのだ。無論、水魔法で消火することも忘れない。


 完全な力技。

 脳筋プレイ。

 しかしこの作戦は大きな効果があり、1階層にかかる攻略時間を2秒にまで縮めてくれた。

 この調子でいけば200秒で100階層に至る。タイムリミットの5分には十分だ。

 そう思いながらトモヤ達が90階層にまで到達した瞬間――その魔物は現れた。


「グルゥゥゥゥァアアアアアアア!!!」


 ギロリと、獲物を四つの眼で睨む恐ろしい双頭。鋭い歯を携えた二つの口から、獰猛な叫び声があげられる。

 黒々とした岩石が隆起しているかのような頑丈な体に毛並みが立つ。

 《オルトロス》――Sランク中位指定。

 大国が戦力を総出して相手取るような強力な魔物。

 紛れもなく、トモヤがこれまで出会った中で最強の魔物だった。


 オルトロスは、上の階層から飛び降りてきた、空中で無防備な姿を見せるトモヤ達を狙い、口を大きく開けながら飛びついてきた。

 その時点でリーネは91階層に至る地面を切り裂くための構えを取っていたが、それを一旦オルトロスに向け――


「邪魔だ。お前に構ってる暇はない」


 ――ることなかった。

 トモヤの両手がオルトロスの双頭を一瞬で握りつぶすのを視認したからだ。

 オルトロスの体は爆散するも、その血が振りかかるよりも早く、トモヤ達は下の階層に降りていく。


 その後、各層で現れるSランク魔物全てをトモヤが一瞬で討伐し突き進む。

 結果として作戦開始より210秒後――トモヤ達は100階層に辿り着いた。


「ズーヘンさん達がいるのは向こうだ!」


「了解した!」


 トモヤ達が降り立ったのは、ズーヘン達がいる空間から少し離れた通路だった。

 ここから目的地までは直線距離で150メートルほど。駆ければ十分間に合う。


 一秒でも早く辿り着きたい。

 そう強く思い、トモヤは力強く地を蹴る。


 ――30メートル程進むと、大教室程度に拓かれた空間があった。

 しかし目的地はここではない。

 空間の向こう側にはまた新しい通路が生み出されている。

 あの先に、ズーヘン達がいる。


 残り85秒。

 あと少し――




「――まさかここまで来る奴がいるたぁな! 青天霹靂せいてんへきれき! 驚天動地きょうてんどうち! だが無駄だぁ! 俺様が立ちはだかってやる――ぐほぉ!?」




 ――部屋の中心に突如として茶髪の男が現れて、猛スピードで駆けるトモヤにぶつかって弾け飛んだ。

 木っ端みじんに。


「はあっ!?」


 その出来事に最も驚いたのはトモヤだった。

 当然だ。トモヤは先ほどから索敵スキルを使用し続けているが、この場所に人の気配はなかった。

 なのに突然一人の男が現れて、しかもトモヤにぶつかって爆発したのだ。

 思わず、トモヤとリーネは立ち止まった。


「トモヤ、何が起きたんだ!?」


「俺にも分からない。ただこれは……」


 地面に散らばる男だった何かの破片を見ながらトモヤは息を呑み込んでいた。

 これが何者だったのかは分からない。ただ一つ分かるのは、経緯がどうであれトモヤは一人の人間を殺したということ……


「いや、おかしいぞ」


 そこで気付いた。

 バラバラになった男の死体から血は出ていない――


「――はっ、やるじゃねぇか。開口一番こんな一撃を喰らわされるたぁ思ってなかったぜ!」


 ――トモヤ達のものではない声が響く。

 顔を上げ視線を前方に向けると、そこには何と先程の男が無傷の状態で立ち尽くしていた。

 驚き、再び視線を下ろすと、そこにあった破片は姿を消していた。

 いったい何が……?


「お前は何者だ」


 そこまでの思考を終えたトモヤは真っ直ぐその茶髪の、気味の悪い笑みを浮かべる男に問いかける。

 リーネもトモヤの横で剣を握りしめながら警戒の色を見せていた。


「はっ、そんなもんも気付いてなかったのかよ! 愚門愚答! ――だが答えてやる。大サービスだ!」


 そう叫び終えるのとタイミングを見計らったかのように、地面から漆黒の蔦が生え男を包み込む。

 しかしそれは先刻見た、冒険者達が襲われているような光景ではない。

 むしろ、男が蔦を操っているかのような――


「俺様はこの終焉樹を統べる木精霊・トレント。テメェらをこの先には進ませねぇよ!」


「……木精霊だと?」


 精霊――そう聞いてトモヤが真っ先に思い出すのは、自ら地の精霊を名乗ったノームだ。

 目の前にいるのは、彼女と似たような存在なのだろうか。

 終焉樹を統べるというセリフが正しいのなら、現在の異常事態を引き起こしているのもこいつだということになる。


(時間がない、考えろ)


 このトレントと名乗る男が敵であることは間違いないだろう。

 ならば倒すか? けどどうやって?

 ただ殴り飛ばしても、先程のように蘇るかもしれない。

 だからと言って無視して突き進むにも、途中で邪魔をしてくる可能性が――


「トモヤ」


 数秒の間に思考を巡らせるトモヤに対し、リーネはその名を呼んだ。

 トモヤの横にまで歩いてくると、彼女は微笑む。


「これは私が相手する。君は先に進め」


「――リーネ」


 力強い言葉。

 それだけで、トモヤの心の中の不安は消えた。


「ここは任せた」


「ああ、確かに任された」


 それは数時間前に行われたものと似たような会話。

 けれど、そこに込められる思いの強さは段違いだった。


 それ以上の言葉はいらない。

 トモヤとリーネは最後に軽く手のひらをパンっと合わせる。

 タイムリミットまで残り30秒――急ぎ、トモヤは再び駆け出す。


「行かせるか――」


「邪魔」


「ぶふぉっ!?」


 立ちはだかるトレントを一撃で沈め、トモヤはそのまま姿を消していく。

 後ろはリーネを信じて任せ、自分がすべきことだけを考えて。

 


 ◇◆◇



 トモヤが去ってから数秒後。

 予想通りと言うべきか、辺りの散らばったトレントの破片が動き一ヵ所に集う。

 そして再び男の形を作り上げていく。


「ったく、さすがに吃驚仰天きっきょうぎょうてんだなぁ。一度とならず二度までも俺様の身体を吹き飛ばすとは。アイツのステータスはどうなってんだか……」


 身体を取り戻したトレントは不満げにそう呟いた後、リーネを見据える。


「で、残ったのがこっちの嬢ちゃんか。軽慮浅謀けいりょせんぼう! 本気で俺様を足止めできるってか!? あぁっ!?」


 リーネを馬鹿にするような言動。

 それを静かに聞き届けるリーネに対し、トレントは続ける。


「おおよそ察するに、嬢ちゃんの平均ステータスは30000ってところか。そりゃ人間の中では優れた方かもな。けど、その程度俺様の敵じゃねぇよ」


「……どうして私のステータスを知っている?」


「簡単な話だろうが。俺はこの終焉樹を統べる精霊、故にこの中で発生した出来事は当然把握している。そこから推測できるだけの話だ。そして当然! 嬢ちゃんが見たこともねぇ力を持っているのも知っているぜ――ミューテーションスキル持ちだな、テメェ」


「ッ」


 そんなことまで知られているとは。

 その事実を聞かされ、リーネは少しだけ気を引き締め直す。

 目の前にいるこの存在は間違いなく強敵。その上、自分の実力を“ある程度”知られている。


 さらに疑問なのが、トレントが見せる余裕だ。

 終焉樹内で起きた出来事を把握しているのなら、Sランク魔物を一撃で倒していくトモヤの実力も十分知っているはずだろう。

 なのに、そんなトモヤが先に進んでいったことに対する動揺がない。


 この先にいったい何が待ち受けているのか。

 自分も早くいかなければトモヤが危機に晒されるかもしれない。

 そこまで考えて――ふっと、リーネは自分自身に笑った。


(いいや、トモヤなら大丈夫だ。信じよう。私が今するべきことはただ一つ――目の前にいるこの男を倒すことのみ!)


 心の中で意気込み、剣を構える。

 これ以上、与太話は必要ないという意思表示だった。

 応えるように、トレントもぐっと身を縮めて戦闘の準備を整える。



 戦闘開始の合図は、両者が同時に地を蹴る音だった。

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