第42話 残火

「はぁぁあああ!」


 力強い掛け声と共に、リーネは手に持つ剣を振るう。

 類稀な高ステータスと熟練の剣技によって放たれる斬撃(空斬)は、縦横無尽に空間を斬り刻む。


「おせぇおせぇおせぇ! ンなもん当たるわけねぇだろうがぁ!」


 彼我ひがの距離は5メートル。

 リーネにとって普段ならば攻撃を外すことなど有り得ないほどの至近距離で、トレントは全ての斬撃を巧みに躱していた。

 躱すだけでなく、反撃にも転じる。


「咲け! 襲え! ――終焉咲乱しゅうえんさくらん!」


「――――!」


 トレントの叫びに応じるかのように、部屋全体が振動を開始する。

 地面、壁、天井から蔦や根が生える。

 これまではあくまで冒険者を拘束するためにしか使用されなかったそれらが、確実に攻撃の意思を持ってリーネに迫る。


 だからといって動じはしない。

 対応は可能だ。

 攻撃のために振るう剣を防御に利用。

 近付く蔦などを片っ端から切り落としていく。


「そっちに気を取られ過ぎだァ!」


 リーネが最後の蔦を斬るために剣を大きく振るい切った瞬間、その隙をつくようにトレントが突っ込んでくる。

 距離を保っていたこれまでとは一転、まさにリーネが予想のしようもない攻撃だった。


「油断しているのは貴方の方だ」


 しかしリーネは冷静さを失うことはなかった。

 右上から左下に剣を振るった勢いを利用し、その場で右足を軸にし一回転。

 トレントのこめかみに、左足の踵で回し蹴りを喰らわせる。


「なっ、ぐほっ!」


 なぜか防御もせず、まともに回し蹴りを浴びたトレントの体が吹き飛んでいく。

 数歩たたらを踏んだ後、なんとかその場に立ち直す。

 だが顔面の一部が弾け飛んでいた。


「……はっ、やるじゃねぇか。けど、そんな攻撃痛くも痒くもねぇぞ!」


 驚くことに、それは虚勢ではなさそうだった。

 瞬く間に地面から生えた蔦が、トレントの顔面に出来た傷を修復していく。

 後遺症を負っている様子すらない。


 しかし、リーネとしてもこの状況は想定内だった。

 トモヤの攻撃で全身がバラバラになってもなお、蘇ることのできる存在だ。

 この程度の怪我で死ぬとは思えない。


(さて――第2フェーズだ)


 故に、リーネは次の作戦を実行することにした。


「ファイアスプレッド」


 手を前に伸ばし火魔法を使用。

 赤色の猛火が凄まじい勢いで放射状に放たれていく。

 それを視認したトレントの反応は早かった。


「防げ! 遮樹終焉しゃじゅしゅうえん!」


 蔦が、根が、トレントを包み込み繭のように巨大な鎧と化す。

 炎に対して木製の鎧――そんな相性の悪さにもかかわらず、なんとその鎧は炎の猛攻を防ぎ切った。

 炎が部屋から消え去ると、鎧も解け中から無傷なトレントが現れる。


「言っただろうが、お前のステータス如きじゃあ俺様に勝つのは不可能だって。今のがその証拠だ!」


 トレントの宣言は一見正しいもののように思えた。

 物理攻撃を浴びせても傷一つ与えられず、魔法に関してはトレントに当たる前に防がれる。

 リーネがトレントに致命傷を与えることは出来ず、やがてジリ貧となり敗北に至ることは誰の目に見ても明らか――


「――――うん。なるほどな、よく分かった」


 ――しかし、リーネは諦めることはなかった。

 それどころか自信に満ちた表情を浮かべる。

 そして、威風堂々と告げた。


「宣言しよう。既に、私の勝利は確定した」



 ◇◆◇



「勝利は確定した、だぁ?」


 その宣言を聞き、トレントはこの戦いにおいて初めて動揺に似た感情を持った。

 自分の攻撃の全てが無駄に終わり、どうして目の前にいる女は自信満々にそんなことを言えるのかと。

 与太話と一蹴するには、リーネの表情は真剣なものだった。


「種明かしといこうか」


 そんなトレントの疑問を晴らすかのように、リーネは告げる。


「まず、貴方が体を破損してもすぐに蘇ることが出来る理由、それはその体が貴方の本体ではないからだ」


「ッ!?」


 驚きに目を見開くトレントに対し、リーネは説明を紡ぐ。


「とはいえそれは不自然なことではない。本来、精霊というものはただの魔力の集結体。稀に意思を持つ者はいても体を持つ者はいない。あるとするならば、自分の魔力と相性のいい何かを依り代とすることだ。貴方の場合、それがこの終焉樹だったのだろう。木の精霊、とも言っていたことだしな」


「……よく知ってるじゃねぇか」


 リーネの説明は正しかった。

 だが、それだけなら決してリーネ側に勝算が生まれるような情報では――


「――結論を言ってしまおうか。貴方を倒すために必要なのは物理攻撃ではなく魔法攻撃だ」


「……なんでそう思いやがる?」


「簡単なことだ。貴方はトモヤの攻撃や私の蹴りを躱しはしなかった。だが、空間魔法を応用して放った斬撃は躱し、火魔法についても全力で防衛していた。そこから分かることは2つ。1つは、ただ依り代を破壊されようと問題はないこと。もう1つは――魔力に直接干渉される攻撃を、貴方が恐れていることだ」


「…………」


 まさかそこまでを見抜かれているとは。

 トレントは心の中でリーネの観察眼を称賛する。

 けれど、やはり問題はない。


 何故ならリーネが弱点を看破しようが、肝心の魔法攻撃はトレントには届かない――


 不意に、トレントの視線がリーネの持つ赤色の剣に吸い寄せられる。

 それを意識的に見ることによってトレントは気付いた。


「……テメェ、まだミューテーションスキルを使ってねぇな」


「…………」


 トレントの問いに対し、リーネは小さく微笑むのみ。

 だがトレントの中には既に確信があった。

 ここ数分内で、終焉樹内部で起きた出来事を思い出す。


「九分九厘、テメェのミューテーションスキルはその剣で切り裂いた箇所を同時に燃やすことだな。傷を負った患部を内部から燃やし尽くすことによって敵を絶命に至らせる……人や魔物相手に使うときはこんな感じか。はっ、残酷非道! 嫌いじゃねぇけどな!」


 リーネの作戦を推測することのできたトレントは、だからこそ問題ないと両手を大きく広げて自信満々に叫ぶ。


「けど、その作戦を実行するならもっと早めにしておくべきだったなぁ! 魔法を併用せずただの剣撃として俺様にダメージを与えようってんなら、油断して喰らってたかもなぁ!? ああっ!?」


 トレントの周囲から蔦や根が生えていく。

 その半分がトレントを纏い頑丈な鎧と化す。

 残りの半分は少しずつ集い姿を変え――数千の矢から数百の槍と化した。

 数は減ったが、威力は先程までと全く次元が違う。


「こうなった以上テメェの攻撃は俺様には届かねぇ。俺様の攻撃をテメェが防ぐことも出来ねぇ……まさに無為無能! テメェの敗北は、確定してんだよぉ!」


 意趣返しのセリフを吐いた後、最後にトレントは告げた。


「舞え! 潰せ! ――終焉演舞しゅうえんえんぶ!」


 全く同時に、その数百の槍を放つ。

 槍は猛烈な速度で空を駆けリーネに迫る。

 しかし彼女は身動き一つ取る気配はなかった。

 とうとう諦めたのだろうか――


「無駄だ」


 瞬間、数百の槍が全て“燃えた”。

 そして、リーネに届くよりも早く完全に消滅する。


「……あぁっ?」


 トレントには何が起きたのか全く理解することができなかった。

 リーネは未だに一歩も動いていない。剣も振るっていない。

 なのに何故、いきなり槍が燃え落ちる?


「貴方は一つ勘違いしている」


 驚愕に目を見開くトレントに向け、リーネは静かに告げる。


「貴方は先程、私の力を“その剣で切り裂いた箇所を同時に燃やすこと”と言った。それは少し違う――正確には、“切り裂いた空間を直接燃やし尽くす”だ」


「……何が違うってんだ?」


「全く違う。私のミューテーションスキルに、“切り裂いた瞬間と同時に燃やす”などという制限はない」


「――――ッ!」


 そこにきて、ようやくトレントは理解した。

 リーネの余裕の正体を。


「まさか、テメェ……」


「うん、きっといま貴方が考えていることが正解だ。切り裂いた空間という説明が指し示すは過去。そう、つまり私は現在ではなく、過去に切り裂いた空間を選択し燃やしているんだ。さらに付け加えるのなら、それを実行できる期間は切り裂いてから数秒後や数分後程度ではない――――」


 リーネの眼が、真っ直ぐとトレントに向けられる。

 強い意志が込められた眼差しと共に、リーネは言った。



「――――だ」



 瞬間、トレントは自分の右腕に違和感を感じた――熱い。

 視線を落とすと、そこには炎が燃え盛っていた。

 依り代と同時に、トレントの本体である魔力すらも消滅していく。

 思えば、その燃え盛る箇所は先程リーネが剣を振るった場所と合致する。

 はっと、トレントはリーネに敵意を込めた視線を向ける。


「まさか、テメェ! 俺が全て躱そうがこりもせず剣を振るいまくってたのは!」


「もちろん、この瞬間のための布石だ」


「――――」


 となると、マズイ。

 この室内でリーネの斬撃が行き届いていない箇所など、既に一区画として存在しないと言っていい。

 逃げなければ。今すぐ、この空間の外に――――


「空間斬火、第二の太刀」


 その考えを実行に移すよりも早く、その声は凛然と響いた。




「――――永久残火とこしえざんか




 瞬間、空間全域に炎が咲き乱れた。

 例え斬撃を放った場所に物質が、人が、精霊があろうと関係ない。

 数百の過去の斬撃が炎を纏い、そこにあるものを巻き込み燃え盛る。


「ックソがァァァ!」


 頑丈な蔦の鎧すら意味はなさない。

 鎧の内部――依り代である体に備わる魔力にすら直接働きかける攻撃。

 抗う術はなく、トレントという存在そのものが焼け落ちていく。


「説明が長くなったが、結局のところこの炎が魔力の攻撃であることには相違ない――威力に関して言えば通常の魔法とは次元が違うが、防ぐ手段がないわけではない。うん、そうだな――」


 溶けゆく意識のなか、トレントが最期に聞いたのは――


「――魔防ステータス・∞にでも鍛え上げてから、出直してくるといい」


 そんな、どう考えても不可能な言葉だった。



 こうして、この戦いはリーネの勝利に終わるのだった。

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