第40話 相棒

 父親がまだ帰ってきていない。

 アンリは焦燥の眼差しでそう告げた。

 それを聞いたトモヤの中に様々な疑問が生じるが、ひとまずアンリを落ち着かせるべきだと思った。


「落ち着けアンリ、大丈夫だ。焦らなくていい。ゆっくりともう一度、何があったのか教えてくれ」


「っ、はい……」


 トモヤが静かなトーンでそう言葉を投げかけると、アンリは少しずつ平常を取り戻していく。

 そうして語られた話を簡潔にまとめると以下のようなものだった。


 アンリの父親ズーヘンは、宿屋の仕事の傍ら迷宮攻略も行っている。

 通常は晩の料理の仕込みをするために昼過ぎには帰ってくるのだが、今日に限ってはその気配はなかった。

 アンリは少し心配になり終焉樹近くまで来てみると、冒険者達から今日は迷宮内の様子が異常だという話を聞いて、不安が何倍にも倍増したらしい。

 そんな状態で顔見知りのトモヤの姿を見つけたため、慌てて駆けつけてきたという訳だ。


「分かった、少しだけ待っていてくれ」


「え? はい、分かりました……」


 そこまでの話を聞いたトモヤは一度アンリから離れ、リーネと視線を合わせ小さく頷く。

 そして迷宮の入り口付近まで移動し、索敵スキルを使用した。


 1階層、2階層、3階層……30階層、50階層と、どんどん下にその範囲を拡大していく。

 レッドドラゴンにも匹敵、いや超える程の強力な魔物の気配を幾つも感じながら――とうとう、トモヤはそこに辿り着いた。


「――見つけた。最下層に、200人近くの人がいる」


「本当かトモヤ?」


 リーネの言葉にトモヤは頷いた。

 最下層にはどうやら直径200メートル程の巨大な円状の空間があるようで、そこに200人程の気配を捉えた。


 ――千里眼使用。

 動揺した様子の冒険者たちの姿が見える。その中にはズーヘンもいた。


「よし、ズーヘンさんもその中にいるみたいだ」


「っ、本当ですか!?」


 それを聞いたアンリが嬉しそうに声をあげる。

 しかし、トモヤ達はそんな反応を見せることはできなかった。


「けど、何でズーヘンさん達は最下層にいるんだ? 千里眼で様子も見たけど、攻略したって空気じゃなかったぞ」


「……ふむ」


 トモヤの言葉に、リーネもまた頭を悩ませる。

 そんな中、次に声を上げたのは、周りにいるトモヤ達の話を聞く冒険者達の一人だった。


「……今の話と繋がってるか分かんねぇけど、俺見たぜ。迷宮内の壁や地面から黒色の蔦みたいなのが生えてきて……何かを呑み込んで、下に落ちていったの。もしかしたらアレ、人だったかもしれねぇ!」


「――――! それは本当か?」


「あっ、ああ! 俺達もいきなりだったから焦って逃げてきちまってちゃんと確認できてねぇけど……思い出したら、間違いねぇよ!」


「ということは、まさか……」


 終焉樹そのものが冒険者達を呑み込み、最下層まで引きずり落としたという想像が現実味を帯びてくる。

 しかし何のために? そう考えるトモヤは次の瞬間、驚愕に目を見開いた。


「――なんだ、これ」


 身震いが起きる。

 異質な何かを索敵スキルが捉えた。

 “それ”は突如として、ズーヘンたちがいる空間に現れた。

 何の前触れもなくだ。



 千里眼を発動。

 そしてトモヤは“それ”を視認した。

 視界に移る巨大な空間は地面、壁、天井に至るまで漆黒の樹木で造られている。

 空間の中心には地面から何かが盛り上がっているが、今それは関係なさそうだ。

 問題はそれ以外の地面、壁、天井。

 全てが同一周期で脈動のように蠢き――巨大な蔦が、根が、枝が異様な速度で生えていく。

 それらは徐々に一つの体を成していく。 

 それはまるでレッドドラゴン数万体を凝縮したかのような。

 そんな絶望的な魔力を内包していることを、トモヤは悟った。



 思考する間にも“それ”はどんどんと拡大していく。

 そして終わりを迎えることはない。

 このままだと空間全体を、そしてズーヘン達をも覆いつくすことは火を見るより明らかだった。

 その空間にはどうやら逃げ道すらない。

 死が彼らに迫る。


 助けにいかなければ。

 トモヤは瞬時にそう判断した。

 たった一人でも、今すぐあの場所に行かなければならない。

 全力で地面をぶち抜いて一直線に向かうか?

 いや、それは難しい。力配分が高難度すぎる。

 下手をすると、地面に穴を開けるだけでなく終焉樹そのものを崩壊させてしまうかもしれない。


 ならば、どうすれば。

 自分は彼らを救えるのか――――


「――――トモヤ!」


 思考の渦に呑まれそうになるトモヤの耳に、凛とした声が飛び込んできた。

 同時にトモヤの右手を誰かの柔らかな両手が包み込み、トモヤの意識はその持ち主に向けられた。


「……リーネ」


 ぎゅっと手を握りしめるリーネは、心配そうな表情でトモヤを見つめていた。

 その表情を見たことがある気がするが、それがいつだったかは思い出せない。


「大丈夫なのか? 顔色が悪いぞ。君がいま何を見て、何を思っているのか私には分からない。けれどこれだけは言わせてくれ……君が一人で全てを背負う必要はない。何か私たちに手伝えることはないか?」


 その言葉を聞いて、トモヤははっと目を見開いた。

 そうだ、自分は何を考えていたのだ。

 自分なら一人でも何でも出来ると思っていたのか。

 それは、傲慢以外の何物でもない。


 そう考えることができると、逆にトモヤは落ち着きを取り戻した。

 他にも方法はあるはずだ。そう、例えば敏捷ステータスを底上げし迷宮内を駆け抜けていくなど。

 しかし速度の調整が難しいことは、先程のロックパンサー戦で身に染みた。

 この緊急事態で実行するには些か問題が――


「……いや、これならもしかすれば」


 ――不意に、一つの可能性を思いつく。

 トモヤはリーネを真っ直ぐ見つめた。


「……ん? どうしたんだトモヤ、そんなに私を見つめて……す、少し恥ずかしいのだが」


「リーネ」


「っ!? トモヤ!?」


 次の瞬間、自分の手を強く握り返されたリーネが顔を真っ赤に染め焦った様な声を出す。

 そんな彼女に向け、トモヤは迷わず告げた。


「頼む、ズーヘンさん達を助けるのを手伝ってくれ」


 その言葉にリーネは少しだけきょとんとした表情を浮かべたあと――


「ああ、もちろんだ」


 ――全ての説明を受けるまでもなく、不遜に笑ってみせた。




 それはトモヤ本人や、特別大切に思うリーネやルナリアに直接振りかかった危機ではない。

 しかしトモヤが自分の目の届く範囲で人が死ぬことを避けたいと願う以上、それはトモヤが命を賭けて解決しなければならない問題に他ならない。


 こうして、終焉樹最下層にいる200余名の救出作戦が始まった。

 人員はトモヤ、リーネのたった2名。

 “それ”がズーヘン達を覆いつくすまでのタイムリミットは――5分。

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