第39話 異変
それからさらに迷宮を降りていくこと一時間。
トモヤ達はフィーネス迷宮の50階層に到着した。
ここまで来ると、他の冒険者の存在は稀というレベルではなく完全にいなくなると言っていい。
そもそも迷宮全体の広さが尋常ではなく別ルートもあるためそれは当然だった。
「……ひとまずここらで休憩か」
襲い来るBランク上位指定の魔物を全て倒し終えてから、トモヤはそう呟いた。
結構な時間が経っている。リーネはまだ大丈夫そうだが、ルナリアからは少し疲労の色が見える。
小休憩は途中で何度も挟んでいたが、この辺りで数時間程度の本格的な長時間休憩をしておいた方がよさそうだった。
地図に関してもこの50階層までのものしかないため、今後の動向を話し合う必要もあった。
トモヤ達は少し拓かれた空間のある場所にまで移動しゆっくりと腰を下ろした。
異空庫から水筒を3つ取り出した。昼食自体は少し前の休憩で取っている。
トモヤ、リーネ、ルナリアの三人は水筒から直接ごくごくと。
シュアとボーバーには皿に水を入れてやると美味しそうに飲んでいた。
「ぷはー! うまい! もういっぱい!」
「ルナ、それは水筒で一気飲みして言うセリフじゃない」
風呂上りにトモヤがよく言っているセリフを真似するルナリア。
トモヤはとりあえず冷静にツッコんでおいた。
「それでトモヤ、これからはどうするつもりなんだ? ここで暫く休憩してさらに進むのか、それとも地上に戻るのか」
「そうだな……一応、今日は様子見って気分で来てみたんだけど、想像以上に順調に進めたから悩みどころだな。行けるところまで行ってみたい気もするし、油断は禁物っていう考えもある。リーネはどう思ってるんだ?」
「私か? ……うん、私としては今日のところは一旦戻ってもいいと考えている。どの道、クレアという方からの返事が来るまでこの国には滞在するんだ。無理に急いで攻略する必要はないんじゃないか?」
リーネの発言を聞き、トモヤも意思が地上に戻る方に偏った。
そうだ。焦る必要はないのだ。
「ここまで来ておきながらなんだけど、ルナもそれでいいか?」
「うん。トモヤやみんなと来れて、たのしかった!」
「楽しかったのか……」
結構なペースで進んでいたつもりだったが、思ったよりルナリアはタフらしい。
とはいえ了承は得た。この休憩を終えた後、地上に戻ろう。
そう考えながら、トモヤは再び水筒を傾け水分を補給し――
その異変は訪れた。
世界が振動を開始する。
「なっ、これは……!」
「地面が……いや、終焉樹全体が揺れている……!?」
リーネの言う通り、迷宮全体を揺るがすような激震が発生していた。
反射的に立ち上がったトモヤ達ですらバランスを取るのが難しいほどに。
その揺れに共鳴する様に、周囲の地面や壁、天井が脈動を開始していた。
まるで異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚をトモヤは感じる。
いや、そもそもここは異世界だった――
「助けてくれぇぇえええええええ!」
「――ッ」
――つまらないことを考えるトモヤの耳に飛び込んできたのは男性の声だった。
緊迫感に満ち、ただならぬ状況が窺える必死さだった。
トモヤは索敵を使用――同階層内に5名ほどの人間がいるのが分かる。
その周りには大量の魔物もいる。
距離は遠くない。
「リーネ、助けに行くぞ!」
「了解した!」
事態は一刻を争う。
そう判断したトモヤは迷わず助けに向かうことにした。
念のためルナリアに防壁をかけなおし、ぐっと膝を曲げる。
「ルナ、俺をしっかり掴んでいてくれ!」
「わかった!」
「シュア、ボーバー、お前達は悪いが一旦戻っておいてくれ! ここから先は危険かもしれない!」
「ごめんね、また今度よぶから!」
「グァー」
「ぴー」
トモヤ達の様子から危機的状況を悟ったらしいシュア達は素直にトモヤとルナリアの指示を聞き、眩い光に包まれたかと思うと次の瞬間には消えていた。
元の生息地に帰還したのだ。また今度呼び出して、今日の労いをしてやらなければならないとトモヤは思った。
「――なんて考えている余裕はないか。行くぞ!」
そしてトモヤは常人離れした速度で駆けだした。
リーネはなんとか後方を付いて来れている。
駆けること数十秒。先ほどまでトモヤ達が休んでいたのと似た拓かれた空間に、5人の重装の冒険者と大量のBランク魔物がいた。
「大丈夫ですか!?」
「ッ、アンタらは……助けに来てくれたのか!? 助かる!」
その5人を取り囲む魔物達を次々と蹴り飛ばしながらトモヤがそう叫ぶと、冒険者たちは安堵したかのような表情を浮かべる。
男性が3名、女性が2名、平均年齢が20半ば程の若いパーティだった。
もっとも、全員10代のトモヤ達の方がよっぽど若いと言えるが。
「リーネは左翼! 俺は右翼から蹴散らしていく! 貴方たちは塊になって自分の身を守ってください! 魔物は俺達が倒します!」
「了解だ、トモヤ!」
「あ、ああ! 分かった、頼む! ……ところで、なんでその女の子を抱えたまま戦ってるんだ?」
「守秘義務です!」
自分でもツッコミたくなるような答えで問いを一蹴した後、トモヤは魔物討伐に集中し始めた。
獣型、鳥型などの魔物が溢れかえっているが、ランクは高くともB止まり。
トモヤやリーネの敵ではなく、問題なく討伐することができる。
――そう安堵した瞬間を狙ったかのように、更なる異変が生じる。
「なっ、なんだこれ!?」
「足元から何かが出てくる――きゃっ!」
それは、既に安全が保障されているはずの冒険者たちの声だった、
魔物は全てトモヤ達が相手しているはず。
そう考えながら視線を向け、トモヤは大きく目を見開いた。
冒険者たち全員が、黒色の巨大な蔦に巻き付かれていたのだ。
「黒色の蔦!? けどそんなもんどこから――っ、まさか地面からか!?」
トモヤの推測は正しかった。
彼らを襲うのは魔物ではなく、この迷宮そのものだった。
終焉樹は脈動するだけに留まらず、数十の蔦に分裂し冒険者たちに攻撃を仕掛けていたのだ。
「いま助け――」
そこでトモヤは動きを止めた。
どう助ければいいか躊躇したのだ。
蔦を殴り吹き飛ばそうにも、彼らがその攻撃に巻き込まれる可能性もある。
「任せろ!」
そんなトモヤの思考を知ってか知らぬか、リーネが剣を振るい、見事に蔦だけを断裁してしまう。
冒険者たちに自由が出来ればこっちのものだ。
トモヤは次々と襲ってくる蔦を殴り飛ばしながら、今すべきことを考える。
「ひとまず地上だ! 地上に戻るぞ! 迷宮内は危険だ!」
トモヤの指示を批判する者は誰一人いなかった。
この場から逃げ出す必要があると全員が理解していたのだ。
「先頭は索敵スキルを使える俺がいく! リーネは最後尾で魔物たちから皆を守ってくれ!」
「分かった!」
「ルナは俺を応援してくれ!」
「わかった!」
二人に重大な役目を与え、今度こそトモヤ達は地上に向け出発した。
出てくる魔物、襲い来る蔦はことごとくトモヤの手によって葬られる。
上階層では、先程と似た状況で襲われている冒険者も数多くおり、トモヤ達はその全員を助けていった。
それから約30分後。
地上に辿り着いた時、集団はなんと3桁の数にも達していた。
あれだけの出来事が過ぎてなお、まだ日が沈み切るような時間ではなかった。
少しだけ熱量の衰えた陽光を浴びながら、無事迷宮からの脱出を終えた冒険者たちは全員その場に座り喜びを露わにしていた。
「ふー、死ぬかと思ったぜ!」
「トモヤさんが来なければ私達どうなってたか……」
「助けていただき、本当にありがとうございます!」
「いえ、無事に済んでよかったです」
トモヤ達に助けてもらった者達が次々とお礼を言いに来る。
気恥ずかしさを感じながらも丁寧に受け答えをするトモヤ。
それと同時に、トモヤは先程の事態について考えていた。
魔物の大発生ももちろんだが、何よりなぜ迷宮そのものが攻撃する意思を持ったかのように動き始めたのだろうか。
皆の反応から察するに、このようなことはこれまでなかったのだろう。
……何か、良くないものが迷宮内で蠢いている気がする。
「……っ! トモヤさん!」
場に似合わない幼い少女の声が響いたのはその時だった。
終焉樹周辺の大広場にいるのは冒険者か露天商ばかりだ。
そんな中、エプロンをつけた青髪の少女の姿は異様と評する他なかった。
そしてトモヤは、その少女に心覚えがあった。
「確か、アンリだったよな?」
「っ、はぁ、はぁ……はい、その通りです」
少女はトモヤ達が滞在する宿屋で働く少女、アンリだった。
彼女はトモヤの前にまで辿り着くて、膝を曲げ肩で息をしていた。
何をそんなに焦っているのだろうか。
すると次の瞬間、アンリはトモヤの胴を勢いよく掴み――必死の形相で見上げながら言った。
「朝、迷宮に出かけたお父さんがっ、いつもだったらもう家にいるはずなのに……っ、まだ、帰ってきていないんです!」
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