第38話 敏捷

 フィーネス大迷宮30階層。

 Cランク中位から上位までの魔物が多く生息する。

 ここでもまだ、ルナリアを中心に魔物との戦闘が行われていた。


「ウガァァアアア!」


 いま目の前にいるのは巨大な爪で相手を切り裂く熊の魔物・《クローベア》――Cランク上位指定。この階層では最も強力な魔物の一種だった。


「ボーバー、おねがい!」


「ぴー!」


 ルナリアの指示に従い、ボーバーがクローベアの周囲で華麗に舞う。

 しかしクローベアは自分を傷付けるだけの力を持たないボーバーを無視し、顔をルナリアに向ける。

 そこで、ボーバーはその虹色の身を変色させ赤色の割合を多くしてみせた。

 途端にクローベアは視線をボーバーに向ける。


 相手の興味のある、または嫌いな色に自在に変色することによって視線を引き付ける。それがレインボーバードの能力と特徴だ。

 クローベアの視線がルナリアから離れた瞬間を狙い、彼女は叫んだ。


「シュア、がんばれ!」


「グォー!」


 その叫びに応えるように、シュアは雄叫びをあげながら背を向けるクローベアに向けて突っ込む。

 クローベアもその攻撃に気付くがもう遅い。

 シュアの巨大な牙が、その巨体を貫いた。


「――ッ、ガァ!」


 しかしそこで予想外なことが起きた。

 クローベアは自分に刺さる牙を無理やり引き抜くと、乱心したかのように両腕を振り回す。

 近くにいるボーバーとシュアはその攻撃に巻き込まれかけ――


「ホーリーボール!」


 ――ルナリアにより放たれた光球がクローベアを貫き、トドメの一撃となった。

 クローベアの巨体は地面に倒れ、もう動くことはない。

 ルナリア、シュア、ボーバーの完全勝利だった。


「やったね、みんな!」


 無事にクローベアを倒したルナリア達は一ヵ所に集うと、嬉しそうにわいわいと賑わう。

 ルナリアがシュアの背中やボーバーの頭を撫でると、シュアたちも嬉しそうに鳴いていた。

 ずいぶんと仲が良くなったようだった。


「いい連携が出来るようになってきたな」


 トモヤの横で、リーネが小さくそう零した。

 二人はもしもの時を想定し、ルナリアの後ろでその戦闘を見届けていたのだ。

 危なげなく勝利したことに満足気な表情だった。


 トモヤもリーネと同様のことを考えていた。

 ボーバーが囮となり、シュアが攻撃し、二体をルナリアが援護する。

 そんな見事な連携によって、この階層までほとんど苦戦することなく進んでくることができた。

 結構な数の魔物を相手したにも関わらずだ。


「そろそろルナのレベルが上がってる頃合いかもな」


 倒してきた魔物の数から、それは十分にあり得るだろう。

 そんな考えを抱いたトモヤは、それを実行に移すことにした。


「ルナ、ステータス見ていいか?」


「どうぞー!」


 そんなやり取りの後、トモヤはルナリアに鑑定を使用した。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 ルナリア 12歳 女 レベル:39

 職業:白神子

 攻撃:1150

 防御:1400

 敏捷:1300

 魔力:4700

 魔攻:3360

 魔防:3640

 スキル:治癒魔法Lv3・召喚魔法Lv3・神聖魔法Lv2・隠蔽Lv1・神格召喚


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「レベルは38から39に、スキルは召喚魔法と神聖魔法がそれぞれ1つレベルアップか」


 レベルが1つ上がってはいるものの、思っていたほどの伸びはない。

 レベルは高ければ高いほど、上昇させるために倒さなければならない魔物のランクと数が跳ね上がる。

 Cランクをどれだけ倒しても、これ以上ルナリアのレベルをあげるのは難しそうだった。


 いや、1つや2つ上げるだけなら可能かもしれないが、トモヤが想定していたのは10~20単位でドンッと上がることだったのだ。

 ルナリアはレベルに対する平均ステータスが低いため、その分レベルを上げなければならない。


「次の階層からは俺達が戦おう、リーネ」


「うん、そうすべきだろうな」


 31階層からはBランク魔物も姿を現す。

 さすがにルナリア達だけでは荷が重くなるだろう。

 そう考えたトモヤはルナリア、シュア、ボーバーに防壁のスキルを使用し自分が前に出た。


「ルナ、これからは俺やリーネの戦いを見ててくれ」


「うん、わかった。がんばってね!」


「おう」


 ハイタッチを交わし、トモヤ・リーネとルナリアは前衛後衛を交代した。

 その間もトモヤは索敵のスキルを使用しルナリアたちに危険が及ばないようにする注意を怠らない。


「隣は任せた、リーネ」


「うん、任されたぞトモヤ」


 入念な準備を終え、いざ、本格的な迷宮攻略に向け足を踏み出していった。




「やけに魔物が少なくなってきたな」


 ――のだが。

 35階層に辿り着くと、トモヤは小さくそう零した。

 これだけ深い階層になると他の冒険者と出くわすのは稀だが、魔物とすら出会わないのは常軌を逸していた。


「もしかすると、下の階層から魔物がここまで来ているのかもしれない」


「どういうことだリーネ?」


「簡単なことだ。ここ終焉樹は下の階層ほど高ランクの魔物が多い。が、時に縄張り争いで負けた魔物が上の階層まで逃げてくることがある。その時、その魔物は同階層にいる他の低ランク魔物を滅ぼしてしまうんだ……すると、現在の様な状況になる」


「なるほどな」


 つまり、通常ならばこの階層にいないような強力な魔物がいる可能性があるということだろう。

 少し慎重に進む必要がありそうだった。


「ルナ、愉快な助っ人たち、周りに気を付けろよ」


「わかった!」


「グォー!」


「ぴー!」


 トモヤの指示にルナリア達は元気に応える。

 シュア達の鳴き声がどこか反抗的だったが、トモヤは気にしないことにした。

 少しだけ和やかな空気も流れる。


 ――――その魔物は、そんな一瞬の油断をつくように現れた。


「グルルゥゥゥゥウウ!」


 トモヤ達のすぐ前にある十字路の右側から姿を現した魔物。

 体長3メートル強。頑丈な岩石によって全身を包み、ネコ科のフォルムだった。

 《ロックパンサー》――Aランク下位指定。岩石の間から覗く、二つの赤く鋭い眼光がトモヤ達を捉えていた。


「リーネ!」


「ああ!」


 レッドドラゴン以来となるAランク魔物。

 トモヤは拳を、リーネは赤色の剣を構える。


「ロックパンサー……通常ならば60階層付近にいる魔物だな。それがこんなところに現れるとは」


「珍しいのか?」


「ああ、かなり」


 ということは、それだけ今この迷宮内は異常な状態であったりするのだろうか。

 そう考えるトモヤだが、それ以上の猶予を目の前の魔物は与えてくれなかった。


「グルァ!」


 耳をつんざくような咆哮と共に、ロックパンサーは行動を開始する。

 咄嗟に反撃しようとするトモヤだが、ロックパンサーは想定外の動きをする。


「なっ、天井を!?」


 そう、トモヤに向けて一直線に襲い掛かってくるのではない。

 地を蹴り高く飛び上がったかと思えば、なんと身体を反転させそのまま5メートル程の高さがある天井を駆け始めた。

 物理学的にどのような理屈なのか気になるところだが、それ以上にその速度が異常なほど速いのが問題だった。


「ハアァッ!」


 そんなロックパンサーに対し、リーネは剣を振るい空斬を放った。

 しかしその斬撃は堅牢な岩石の表面に弾かれ致命傷を与えるには及ばない。

 ロックパンサーはそのまま天井を強く蹴り――リーネではなく、背後にいるルナリアを狙って跳んだ。


「――――」


 ルナリアは防壁で守られている。

 ロックパンサーに襲われようが怪我をする可能性はない。

 ――が、精神的な傷は別だ。

 あれほどの巨体で風貌の悪い魔物が自身に襲い掛かってきたこと、それだけでトラウマになるかもしれない!


 守らなければ。

 トモヤは力強くそう決心しステータスを改変した。

 ――敏捷ステータス・1億。

 攻撃よりもまず、ルナリアが襲われるまでに間に合うのが第一優先だ。

 そう思い全力で地を蹴り飛ばし、ロックパンサーに向かう!


「うぉぉ――ッ!?」


 そこで一つの誤算があった。

 そう、あまりにも敏捷ステータスを上げたせいで――止まれなかった。

 音すら遥か後方に置いていくかのような馬鹿げた速度のまま、トモヤは顔面から勢いよくロックパンサーの横腹に突っ込んだ。


「ぐほぉ!?」


「グァァァアアアアア」


 結果、トモヤは突然の衝突による驚きの悲鳴を。

 ロックパンサーは胴体を中心に木っ端みじんに破裂した。

 超音速の砲弾がぶつかったかのような結果だった。


「…………ふぇ?」


 そんな光景が目の前で繰り広げられるのを見たルナリアはぽかーんとしながら可愛らしくそう呟いた。

 結果的に、より残酷な光景を見せることになったかもしれない。

 そこでトモヤは、ルナリアがあぜんとしている間に清浄魔法で汚れを落とし、異空庫にロックパンサーの死体を放り込んでから、誤魔化すように言った。


「これが俺の努力の成果だ」


 それを聞いたリーネは「やっぱり君はアホなんじゃないか?」と、呆れたように呟くのだった。

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