第35話 親愛
トモヤ達はレケンスと共に、第三区画から第二区画に移動していた。
乾燥した黒色の大地が広がる中、ベンチに座り話し込む。
ルナリアを中心とした子供たちは少し離れたところで楽しそうに遊んでいた。
「なるほど、そんなことが……」
トモヤとリーネから大体の事情を聴いたレケンスは、興味深そうにそう相槌を打っていた。
「灰霧盗賊団というと、近頃うわさになってる集団ですね。犯罪行為の規模に対して不自然に行方を捕らえることのできない集団として有名な。一部では、裏で権力者が糸を引いてるだなんて話もありますが」
「そんな集団だったんですか」
だとするならこの場で壊滅させることが出来てよかったと、トモヤは安堵の息を吐いた。
裏に何者かが隠れているというならその人物も捕まればいいと思うが、そこは衛兵隊の領分だ。
ひとまずの疑問が晴れたところで、目の前の問題に取り掛かることにする。
「それで、あそこにいる子供たちが誘拐されかけていた孤児なんだけど……」
ルナリアと共に遊ぶのは10人ほどの幼い子供達。
比較的少女が多いが、中には少年もいる。
彼らの処遇をどうするか決めなければならなかった。
うーん、と。
答えが出ないまま頭を悩ませるトモヤ、リーネ、レケンスの三人。
そんな中、ふとトモヤは自分の膝をちょんちょんと叩く少女に気付く。
というかルナリアだった。
「どうしたんだルナ?」
「えっとね、トモヤ……」
ルナリアは何かを言いたいのに言い出せないような、そんな複雑な表情をしていた。
ゆっくりでも大丈夫だという思いを込め、その頭を撫でてあげる。
トモヤの手が何度かルナリアの頭を撫で終えると、彼女はぐっと決意したかのように、真っ直ぐな碧眼でトモヤを見つめて言った。
「はなし、きいてたよ。こういうのは、どうかな?」
そしてルナリアは、何かに遠慮しているかのように。
だけど力強い意志で、その考えを述べた。
そのルナリアの提案――時間にするとほんの数十秒の話を聞き終えた時、トモヤとレケンスは目を見開きながら顔を合わせた。
妙案だとばかりに顔を綻ばせる。
そのすぐ後、いやとトモヤは顔を横に振る。
「けど、これだとあまりにも一方的にこちらの事情を押し付ける形になるんじゃ……」
ルナリアの考えを実行するには、ここにはいない人の協力が必要になる。
だからこそトモヤはその方に迷惑になるのではないかと心配したのだが、レケンスは違った。
「いえ、僕に任せてください。必ず成し遂げてみせます」
ルナリアの提案を絶対に現実のものにしてみせると、そう力強く宣言した。
◇◆◇
――時系列としては、その会話から10日ほど後となる。
フレアロード王国、冒険者の町ルガール、居住区である西区にある建物の中に一人の女性がいた。
場所は孤児院・《ディアー・ハウス》、女性はその家の主であるクレアだ。
しかし今ではもう、その家に孤児院としての機能はなかった。
孤児院で暮らしていた子供たちが一人もいなくなったからだ。
全員が無事、幸せな未来に向け旅立った。
喜ばしいこと。望んでいたこと。
クレアも心からそれを祝福した。
しかしそうは言ってもやはり、一人残されたクレアにとって寂しさに似たものはあった。
部屋に散乱する玩具の類に目がいき、懐かしい日々が思い出される。
片付けるべきだろうとは分かっているが、どうしてもその考えを実行に移すことはできなかった。
子供達と過ごす日常はとても楽しかったのだ。
チリン!
「……あら、誰かしら?」
ふとクレアの耳に、孤児院の入り口に置かれているベルが鳴らされる音が飛び込んでくる。
今日、客人が来るなどと言う話は聞いていなかった。
疑問に思いながらもクレアは入り口まで歩いて行くと、その扉を開けた。
「わぁ! すごい!」
「こんなところに住めるの!?」
「……え?」
すると、扉の外にいたのは幼い子供達だった。
一斉に中に入ってくる。
何がどうしたのやら、理解が追い付かない。
「クレアさん、こんにちは」
「……レケンス?」
そんなクレアに声をかけたのは、20日ほど前にルガールを出発したはずのレケンスだった。
「どうして、貴方がここに?」
「話せば長くなるんですが……これを読んでもらってもいいですか?」
そう言って手渡されたのは一通の封筒だった。
中身を見てみると、一枚の手紙が入っている。
差出人はトモヤ――少し前にこの孤児院を訪れた青年だった。
そこに書かれていたのは以下のような内容だった。
この子供たちはフィーネス国で出会った身寄りのない孤児であること。
迷惑でなければ、この子たちの世話をクレアに任せたいこと。
当面の費用として聖金貨100枚をレケンスに預けているので、それを使ってほしいこと。
だからといって決して強制するものではないこと。
暫くはフィーネス国に滞在する予定なので、そこまでお断りの手紙を出してくれたらすぐにでも迎えにいくこと。
そこまで読み終えると、クレアは顔を上げ、笑みを浮かべるレケンスに視線を向けた。
「レケンス、これは……」
「書いてある通りですよ。トモヤさん達と話し合って、この子供達のために出来ることは何かないかと考えて、こうするのが一番じゃないかと思ったんです。直接的にこの案を考えたのはルナリアさんですが、僕がそれを無理やり押し通しました」
「ルナリアさん……そう、彼女がですか」
それは以前トモヤが孤児院に来た時に一緒にいた少女だ。
この家を見て呟いた感想が、クレアの抱くそれと同じだったのは記憶に新しい。
「ええ。彼女が、この家は寂しいよりも温かい方がいい。子供達がいた方が、クレアさんが絶対に幸せになれると思う。そう言っていました」
「――――」
それを聞き、クレアは思わず言葉を失った。
自分とは年齢がかけ離れた幼い少女の言葉に、自分の心が大きく揺れ動かされるのを感じた。
そうだ。自分は子供たちがいなくなってから、ずっと寂しいと感じていたのだ。
けど、それを公言することはできなかった。
子供たちの幸せな門出に水を差すことになりかねないからだ。
だからクレアはこう考えるようになった。
自分にとっての使命は、成長した彼らをここから送り出すこと。
子供が全員出て行った今、自分は役目をやり遂げたのだと。
けれどルナリアの伝言からはこう言われたように感じた。
無事に成長して旅立つことだけが全てではない。この孤児院で暮らす日々こそが子供達にとって、そして何よりもクレアにとって幸せなものなのではないかと。
そして、それは真実だった。
クレアはここで子供達と過ごすだけで楽しいと感じていた。
目を逸らし続けてきた感情を自覚し、クレアは少し切ない気持ちになった。
その様子を疑問に思った子供たちが駆け寄ってくる。
「どうしたの、おばあちゃん?」
「だいじょうぶ?」
「もしかして、私たちが来るの、嫌だった……?」
一人一人が自分を心配してくれることが、どこまでもクレアの心を満たした。
「いいえ、大丈夫ですよ。皆さえよければ、ここで私と一緒に暮らしてくれませんか?」
その言葉に、子供たちは次々と応える。
「もちろんだよ!」
「うん、私もここでくらしたい!」
「みんないっしょだよ!」
わいわいと、クレアを中心に子供たちが盛り上がる。
その様子をレケンスは少し離れた場所から見ていた。
子供たちがいなくなってから、クレアは生きがいをなくしてしまうのではないかと、レケンスはずっと不安に思っていた。
だからこそ何度も訪問したりもした。
けれどその心配は今この瞬間になくなった。
目の前の光景がその証拠だ。
「良かったね、母さん」
レケンスは最後に、クレアには聞こえない程の小さな声で、かつて自分がこの孤児院で暮らしていた時の呼び名を口にした。
きっとこれから、子供たちは自分と同じように幸せな日々を送ることができる。
そんな未来を願って。
いや、確信して。
この日、ルガールにある小さな家に、家族の温かさが蘇った。
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