第34話 好意

 灰霧を壊滅させた後。

 トモヤは檻を力ずくで破壊し、子供達を開放した。

 先程の戦闘を見て恐怖で泣く者や、無事助かったことに笑みを零す者もいた。


「さて、これからどうするか」


 10人ほどの子供たちと、氷漬けになった盗賊団員に視線をやり、トモヤは困ったように呟く。

 すると、タイミングを合わせたかのように扉が消えた入り口から二人の少女が姿を現す。

 リーネとルナリアだ。


「トモヤ、衛兵を連れてきたぞ」


「よんできた!」


 その言葉通り、続いて十数人の衛兵が姿を現す。

 室内の惨状に誰もが目を見開いたあと、その中の一人がはっと敬礼する。


「フィーネス国衛兵隊、衛兵長のフラネルです。この度は盗賊団灰霧確保にご協力いただき、まことにありがとうございます!」


「いえいえ」


 挨拶もほどほどに。

 現在に至った経緯を簡単に話した後、トモヤは氷魔法を解除した。

 氷が溶けると、意識を取り戻した盗賊団員たちが総じて目を丸くしていた。


「なっ、なんだこれ!」


「静かにしろ! これからお前達を捕まえる!」


「っ!」


 トモヤとの戦闘によって体力を失った彼らは抵抗することもできず拘束用のマジックアイテムで捕えられていく。

 その様子を眺めるトモヤの横にリーネが寄ってくる。


「まさかとは思ったが、私達が辿り着いた時には既に片付いているとは。さすがトモヤだな」


「ありがとう。けど俺からすれば、リーネ達がこんなに迅速にやってきた方が驚きだけどな」


 数十分前。

 五人の男達を倒し、彼らの狙いと盗賊団のアジトを聞き出した後。

 トモヤはその盗賊団から捕らえられた子供達を助けるために直接アジトへ。

 リーネとルナリアは男達を衛兵隊のもとに連れて行き、さらには事情を伝え盗賊団員たちを捕まえる手筈を整えてもらっていた。


 その結果がいま目の前に広がる光景だった。

 無事、盗賊団の壊滅に成功した。


「…………?」


 そこでふと、トモヤはリーネが優しい目で自分を見ていることに気付いた。


「なんだリーネ、俺の顔に何かついてるか?」


「いや、そうじゃない。少し安心したんだ。いつも通りの君に戻ったみたいでよかったとな、うん」


「……いつも通り?」


 あまりその言葉の真意が分からなかったトモヤは首を傾げる。

 リーネは小さく微笑みながら説明を加えてくれる。


「いや、なに。男達が少女を連れ去ろうとしている場面を見た瞬間から、トモヤの雰囲気が険しくなったため心配していたんだ。もちろん、あのような場に出くわしたら怒るのは人として当然だろう。ただ、君の場合はその変動ぶりが少し大きくてな」


「……そうなのか? あまり自分でそう思ったことはないけど」


「私からはそう見えるんだ。思い返せばそうだな、レッドドラゴンからルナを守るべく駆けだした時も似た感じだった気がする」


「……ふぅん」


 そう言われても、やはりトモヤには実感できる内容ではなかった。

 けれどリーネの言葉を疑う気にもなれない。

 自分では分からない、そういった一面もあるのだろうか。

 だとするなら、自覚していないようなことまでリーネは自分のことを理解していることになる。


「リーネって、俺のことよく見てくれてるんだな」


「なっ!」


 それは感謝の意思を込めた言葉のつもりだった。

 しかし、なぜかリーネは顔を赤くしトモヤから視線を逸らす。


「べべべ別に、普段からトモヤのことばかり見ている訳ではないぞ!?」


「いや、そんなに焦らなくても大丈夫だぞ。特に深い意味は込めてないから」


「そ、そうか。ならいいのだが……」


「ちなみに俺は結構リーネのこと見てるけどな」


「!?」


 リーネの顔の赤みが増し、蒸気を発するまでに達した。

 火魔法を利用している可能性まである。

 そんな冗談を考えるトモヤの横で、リーネはむぅと頬を膨らましていた。


「まったく、トモヤは意地悪だ。そんなふうに私をいじって楽しいのか」


「いじるのがって言うか、リーネと一緒にいれたらそれだけで楽しいぞ」


「!?」


 トドメを刺し小さくガッツポーズした後、トモヤは視線を後方に向ける。


「だいじょうぶだった?」


「……うん!」


「助けてくれてありがと!」


「怖かったよぉ」


 そこでは、ルナリアは幼い子供達を気遣うように声をかけていた。

 大人ではない少女からの心配の声に、子供達はようやく心から安堵している様子だった。

 5、6歳程度の子供達に囲まれるルナリアは、なんだか立派なお姉さんのように見え、トモヤは少しほっこりするのだった。


 それから数十分後、トモヤ達と子供らは現場を離れることを許された。

 衛兵達はこれからより詳しい現場検証と取り調べを行う。そこであまり進展がなければ、またトモヤ達に協力していただくかもしれないとも告げていた。

 盗賊団の罪を明らかにするためにも、トモヤは快く頷くのだった。




「……本当の問題は、これからだよな」


 後ろに付いてくる10人ほどの子供たちを見ながらトモヤはそう呟いた。

 盗賊団を壊滅させること自体は余裕だった。

 問題は、その後に残った身寄りのない子供たちの対応だ。

 ルナリア一人の時とは事情が違う。

 彼ら全員を旅に連れて行くことなどできない。


「リーネ、何かいい案はないか?」


 少し前までは拗ねていたリーネだったが、今はもう落ち着いたのかいつも通りに対応してくれる。


「そうだな、やはりどこか子供を引き取ってくれる施設に預けるのが一番……いや、この辺りにはそういった施設はないか。すまない、その他には思いつかない」


「いや、リーネが気に病む必要はないよ」


 そう言いながら、トモヤも頭を悩ませていた。

 流れるように子供達を連れてきてしまったが、いったん戻って衛兵たちに預ける方がうまく対応してくれるかもしれない。

 そんな風に考えていると、聞き覚えのある声が前方から聞こえてきた。


「あれ、トモヤさん達ですよね? どうしたんですかこんなところで。それもそんな大勢で」


「……レケンスさん?」


 声をかけてきたのはレケンスだった。

 ルガールの町で出会い、乗合馬車の御者だった男性だ。

 彼はトモヤ達の様子を見て驚いていた。


「少し話すには長い事情があって。そういうレケンスさんはどうしてここに?」


「僕はちょっとした買い物に来ただけですよ。もう済ませた後ですけどね」


 そう言って、レケンスは手に持つ紙袋を見せびらかしてきた。

 何が入っているのかは分からないが、いいものを買えたようだ。


 レケンスは紙袋を抱え直すと、トモヤ達の様子から何かを察したのかこう提案した。


「何か悩み事でもあるようですね。僕でよかったら相談にでも乗りましょうか?」

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