第33話 壊滅



 ◇◆◇



 フィーネス国の第三区画にある建物の一室で、その男は気味の悪い笑みを浮かべながらワインを傾けていた。

 盗賊団【灰霧はいきり】団長ピール。それが彼の名と役職だった。


 ピールが一人で優雅に楽しむ一室に、人相の悪い男が扉を開けて現れる。


「団長、今日だけで売りもんになりそうなガキが2人も手に入りましたぜ」


「そうか、よくやった。どれほどのものか見せてもらおうか」


 ワイングラスを机に置きピールは立ち上がる。

 扉の向こうにはより大きな部屋があり、盗賊団の面子が20余名と、檻の中に捕われた子供たちが10名弱いた。

 子供たちは、フィーネスを含めた様々な町で見つけた身寄りのない者達。

 灰霧の所属者たちがあらゆる手を用いて集めてきた。


 ピールは、その子供たちの行く末を想像しさらに頬を緩める。


 子供たちはこの後、とある貴族に売り渡す手筈になっている。

 奴隷としてではない。

 奴隷はダメだ。その貴族が暮らすフレアロード王国では奴隷の取り扱いの法律は大変厳しい。その方法では貴族の欲望を満たすことはできない。


 ではどうするか。答えは簡単、奴隷契約を結ばないまま売るのだ。

 そうすれば制限が生じない。

 無論、それは違法である。しかしそんなことはいまさらの話だ。


 盗賊団【灰霧】は犯罪者の集団。

 そんな集団がそのような罪を犯すことを恐れはしない。

 貴族のバックアップもある。対策は十分だ。


「ふむ、なかなかいいな」


「……っ」


 今日捕まえたという、絶望の表情を浮かべる2人の少女を眺め、ピールは満足気に呟いた。

 これほどの器量なら変態貴族も喜んで買い取ってくれるだろう。


「さて、今日の分はこれで最後か?」


「いや団長、新入りたちがまだ帰って来てませんぜ」


「……ふむ」


 見渡すも、たしかにその通りだった。

 10日ほど前に灰霧の一員となった新入りがいない。

 犯罪者として指名手配され逃げていたところに、たまたま出会ったピールが仲間に引き入れたのだ。


「おっと、帰ってきたみたいですぜ」


 などと考えていると、この部屋に続く大きな扉がコンコンと叩かれる音がした。

 新入りが帰ってきたのだろう。成果はいかがなものだろうか。


「入れ」


 そのピートの言葉に応えるように――


「じゃあ、失礼して」


「ぐほぉっ!」


 ――ドゴォン! と、巨大な扉がハンマーで叩かれたかのような音が響いた後、猛烈な勢いで部屋の中に吹き飛んできた。

 扉の近くにいた男にぶつかり、その男は見事に気絶した。

 緊張感が部屋全体に広がる。


 入口には、片足を部屋に向けて伸ばした状態で立つ一人の若い男がいた。

 扉はその男が蹴り飛ばしたのだとすぐに悟ることができた。


「何者だ、貴様」


 見覚えのない青年。

 盗賊団の正体を知り討伐にでも来た勇敢な戦士なのだろうか。

 そう思い投げかけられた問いに彼は答えない。

 辺りを、特に檻に捕われた子供たちに視線を向ける。


「――うん」


 その光景を確認した後――ピール達一行に鋭い眼光を向け言った。


「お前ら全員、覚悟はいいな」


 目が据わっていた。



 ◇◆◇



 少女を攫おうとした五人の男達を捉えた後、トモヤは彼らから様々な情報を聞き出した。

 彼らがボスという単語を発していたことからも、背後に何かが隠れていると考えたのだ。

 そしてその予想は見事正解。

 彼らが吐いた盗賊団のアジトには20人ほどの盗賊と、捉えられた10人ほどの子供達がいた。


「……事情は知らないが、礼儀を弁えることも知らないガキみたいだな――お前ら、そのガキを殺せ」


 突如として現れ、敵対の意思を見せるトモヤに対し怒りを抱いたピールは周りの面子にそう指示する。

 その指示に応えるように盗賊たちも武器を取り出す。


「おい、ガキ。正義感に溢れた行動もいいがな。ここにいるのは元Cランク、Dランクの冒険者ばかりだ。生きて帰れると思うなよ――やれっ!」


「「「おおっ!」」」


 盛大な掛け声と共に、盗賊たちはいっせいにトモヤに向け駆け出す。

 剣を、ナイフを、中には魔法を。

 並の人間であればひとたまりもない怒涛の攻撃――


「グラビティ、下方20倍」


 ――瞬間、トモヤは重力魔法を発動した。

 トモヤが指定した、自身より半径10メートルの重力が20倍になる。

 範囲内にいた者達はその衝撃に抗うこともできず、ドンッとその身を床に叩き付けられた。

 その時点で意識を失った者もいる。


「な、なんだこれ!?」


「くそっ、重くて動けねぇ……!」


「200倍にされたくなかったら、そのまま這いつくばっていてくれ」


 呻き声をあげる盗賊たちの間を歩きながら脅すようにそう告げる。

 今ので10人は戦闘不能にできた――次は、範囲外にいた魔法使いや弓使いを無力化する。


「く、喰らえ!」


「死ねぇ!」


 襲い来る矢や火の玉など相手をするまでもない。

 どうせ防御∞・魔防∞によって消滅する。

 よって、気にすることなく攻撃に転じることにした。


「アイスロック」


 トモヤの足元を中心に、地面を這うようにして氷が出現する。

 その氷は部屋にいる子供たちを除いた全員にまで移動し、足元から膝、胴体、顔まで凍結させていく。

 身動き一つ取らせない。叫び声一つ上げさせない。

 こうして20余名の無力化に成功した。


「……はっ、やるじゃねぇか」


 ただ、ピールだけは例外だった。

 足元から襲い来る氷を、凄まじい反射速度で後方に跳び躱していた。

 トモヤとピールの視線がぶつかる。


「今のはうまく躱したみたいだけど、実力差は分かっただろ。さっさと投降しろ」


「冗談言うんじゃねぇよ。まだまだこれからだろうが」


 仲間が全員やられたというのに、余裕がある様子だった。

 何か考えがあるようだと考えるトモヤの前で、ピールは行動を起こした。


「たしかに1対1じゃテメェの方が強いかもな! けどっ!」


 そうしてピールが手を伸ばした先にあるのは、子供たちが入っている檻だった。

 一秒と間を置くことなく、ピールから巨大な炎の塊が放たれる。


「きゃぁ!」


「うわぁ!」


 これまでの戦闘を唖然と眺めていた子供達も、自分に向けられた攻撃に恐怖するように叫ぶ。


「どうだ! テメェが庇わねぇとこいつらが死ぬぞ!?」


 その叫びからピールの意図をトモヤは把握する。

 子供達の身代わりに攻撃を受けろという意味だろう。

 だがトモヤが庇うまでもなく、炎の塊は子供達に届く前に呆気なく消失した。


「なっ!」


 その光景を目にしたピールは驚きの声を上げる。


「無駄だ、戦闘開始時に防壁は発動してる。お前の攻撃は誰にも届かない」


 そう告げながら、トモヤはゆっくりとピールに向かい歩を進めていく。

 完全に反撃の手を失くしただろうピールは、その場に尻もちをつけながら怯えたように後退する。


「これで終わりだ」


 そんなピールに、トモヤは最後にその額にデコピンを放った。

 その一撃によってピールの巨体は飛び上がり、そして勢いよく落下する。

 死には至らぬものの、完全に意識を失っていた。



 こうしてトモヤvs【灰霧】の戦いは幕を閉じる。

 同時に、灰霧は壊滅するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る