第32話 激怒

 翌日、トモヤはベッドの上で目を覚ました。

 すぐそばでルナリアがトモヤの腕を抱きしめながら、すぅすぅと寝息を立てている。毎朝その寝顔を見る度に思うことだが、とても可愛らしい。

 視線を隣に向けると、既にもう一つのベッドからリーネの姿はなかった。


「まさか本当に同じ部屋で寝るとは……」


 これまで仕方なく同じテントの中で眠ることはあっても、同室というのは初の体験だった。

 そのわりには、トモヤもリーネも特に問題なく睡眠することが出来たのだが。


 そんなことを考えていると、がちゃりと部屋の扉が開かれる。


「起きたかトモヤ」


 そこにいたのは、当然だがリーネだ。

 早朝だというのに、その燃え盛るような赤色の長髪は水がしたたり、色気を醸し出していた。

 思わず視線を逸らしてしまいそうになる。

 それを必死に耐えトモヤはリーネに問いかける。


「何してたんだ?」


「寝覚めがよかったからこの辺りを少し走ってきたんだ。その後に水を浴び汗を流させてもらった」


 朝から随分と元気なことだ。

 最近は生活スタイルが健康的になってきたとはいっても、元は徹夜当然の不健康青年であるトモヤからすれば、そんなリーネの在り方は驚くに値するものだった。


「ん、んぅぅ……あさ?」


 そんな二人の会話に反応する様に、ルナリアがゆっくりとその目を開く。

 ぱちぱちと何度もまばたきし、ようやく意識が覚醒したころ、彼女は嬉しそうに笑った。


「おはよ!」




 その後、トモヤ達3人は下の食堂で朝食を食べた。

 ズーヘンさん特製のホーンチキンのサンドイッチは、しっとりとしたパンと味の染みたチキンローストが見事に調和し、朝だというのにぱくぱくと食べることの出来る絶品だった。

 活力は十分に漲っており、今日こそ迷宮を攻略する準備は万全だった。


 フィーネス国は国土を大きく分けて円形の三重構造となっている。

 終焉樹フィーナスが聳立しょうりつする第一区画。

 マジックアイテムを売る露店などが立ち並ぶ第二区画。

 最後に、住宅や宿屋などが建つ第三区画だ。

 終焉樹によって魔力が吸収されるため、人の住む場所は少し離れた第三区画にあるのだとか。


「結構、面倒な土地なんだな」


 それらの話をリーネから聞いた時、トモヤが初めに抱いた感想はそれだった。普通に生活するだけでも困難な国だと言うのだから、その反応は当然だろう。

 乾燥した黒色の大地も魔力枯渇の影響によるものらしい。


 そして現在、トモヤは第三区画から第二区画に至る境目に辿り着く――


「くっそ! 逆らってんじゃねぇ! さっさと来やがれ!」


「ボスのところに連れて行かなきゃいけねえんだよ! 黙って従え!」


 ――男の荒い叫び声がトモヤの耳に届いたのは、そんな時だった。


「……ん?」


 視線をそちらに向ける。

 すると、そこに数名の男がいた。

 その男達は幼い少女を、無理やり路地裏に引きずりこもうとしていた。


「だれか、助け――!」


 その少女は、必死の形相で助けを求めていた。


「……リーネ、ルナを頼む」


「……ああ、分かった」


 トモヤはそう言い残し、ルナリアをリーネに預け颯爽と駆けだした。

 様子から状況は大体理解できている。


 男達や少女の姿が完全に路地裏に隠れようとした瞬間、追いついたトモヤの蹴りが、少女の腕を掴もうとする男を吹き飛ばした。


「はっ!?」


「なんだテメェ!?」


 少女を背後に庇い、叫ぶ男達と向かい合う。

 計5人。そのうちのトモヤが蹴り飛ばした1人は地に伏している。

 ステータス8000の攻撃を喰らっても死んではいないようだ。


「なんだじゃないだろ……お前らこそ何のつもりだ。こんな子供を連れて行こうとして」


「そんなもん、テメェに教える必要ねぇだろうが!」


 相手にするのもほどほどに。

 視線だけを後ろに向けると、そこにいた少女の服装はみすぼらしいものだった。

 身寄りのない孤児。そんな単語が頭に浮かぶ。

 何が起きているのか分からないという不安気な表情でトモヤを見上げている。


「もう大丈夫だ、あっちに赤色のお姉ちゃんがいるからそこまで行ってこい。一人でもいけるな?」


「……はい!」


「よし」


 そんな少女を安心させるように頭に手をポンと置くと、力強く応えてくれる。

 同時に防壁のスキルを使用。

 安全を確保した後、トモヤは少女を送り出した。


「おい、逃がすな!」


「行かせるわけないだろ」


 少女を追おうとする男達を遮るようにトモヤは立ちはだかる。

 仲間の一人を一撃で卒倒させた実力を知っているためか、全員が「うっ」と動きを止める。


「とりあえずお前らは全員拘束する。事情を聞くのはその後だ」


 トモヤのその発言に、男達はさらなる動揺を顔に浮かべる。

 こんな反応をするということは、悪事を行っている自覚があるのだろう。


「おい、うろたえるな!」


 そうトモヤが思った瞬間、男の中の一人が大きく声をあげる。

 そして服の中から小さな何かを取り出した。


 それを見た周りの者達が「おおっ」と歓声を上げる。


「ボウズ、残念だけどテメェが俺達を捕らえることはできねぇよ。そりゃあ犯罪だ」


「……あ?」


 訳の分からないことを言った後、男は手に持つ物をトモヤに向けて見せる。

 それは複雑な紋様と文章がかかれた一枚の文書だった。先ほどまで丸められていたせいかしわくちゃだ。


「これは隣国フレアロード王国の伯爵家、エルニアーチ家の紋様だ! 俺達がやってるのはなぁ、伯爵家様じきじきの指定依頼なんだよ!」


「おい、いま何て言ったお前」


 想定していなかった展開に、さすがのトモヤも動揺しそう尋ねる。

 まさかここでシンシアの家の名前が出るとは思っていなかった。

 確かにその文書に描かれた紋様はエルニアーチ家に飾られたものと同じだった。


「だぁかぁらぁ! さっきのガキを俺達が連れて行こうとしてたのも、エルニアーチ家から依頼された内容なんだよ! テメェみたいなガキが文句付けれると思ってんのか!? あぁっ!?」


 納得のいかない話だ。

 シンシア達がそのような依頼をするとは到底思えない。

 だけど男達はこれが証拠だとばかりに、文書をトモヤに見せつけ――


「……護衛依頼・・・・?」


 その単語が書かれていることに、トモヤは気付いた。


 護衛依頼。

 状況から鑑みるなら、あの少女を護衛するといったものだろうか?

 しかし、もしそうなら少女があそこまで必死に逃げる理由が分からない。

 何か大切なものを見落としている気がすると、トモヤはこれまでの記憶を遡る。


「――――!」


 そして、その答えに辿り着いた。

 もしその予想が真実なら、トモヤは今度こそ男達を許すことはできなくなる。

 その覚悟を内に秘め、トモヤは尋ねた。


「まさかお前ら、数十日前にシンシア達の護衛依頼を放り投げた奴らか?」


 それは、トモヤとシンシアが初めて出会った日のことだった。

 トモヤはシンシア達の護衛がキンググレイウルフから逃げ出したという話を聞いていた。

 まさかと思い尋ねると、男たちは分かりやすい反応を見せる。


「なっ、何でテメェがそれを知って……っ」


 自らの失言にはっと目を見開くが、もう遅い。

 トモヤは確信を得た。

 彼らが持っている文書はその時のものだ。


「そうか、お前らが……」


 シンシア達の命を危険に晒し。

 かよわい少女を攫おうとし。

 そして、その罪をさらにエルニアーチ家に押し付けようとした。


「くそっ、こうなったら仕方ねぇ! やっちまうぞ!」


「おおっ!」


 自分達の所業がバレた男達は剣などの武器を取り出し襲い掛かってくる。

 彼らは、トモヤがこの世界に来てから初めて出会う明確な悪人だった。

 そんな彼らに対して、トモヤはキレた。


「俺たちはCランクだ! こんなガキ一人、楽勝で――」


「ウィンドプレス」


 風魔法発動。

 トモヤの身体から放たれる強風が男達の周囲に広がる。

 そして一斉に収縮。襲い来る4人と、地に這いつくばる1人が一ヵ所に集う。

 屈強な男達の体が猛烈な勢いで衝突した。


「ぐほっ! な、なんだ……これ!」


「いってぇ! 腕が! 腕が折れる!」


 騒ぐ男達を、今度は風の流れを操り勢いよく地面に叩き付ける。

 地面が軽く粉砕する。それでもなお意識を失わないのはさすがにCランクと言えるだろう。

 もっとも、死なない程度に手加減しているのだが。


 一つの塊になっている男達の前まで、トモヤはゆっくりと歩みゆく。

 見下すようにして、告げた。



「今から訊く質問に全て答えろ、嘘も黙秘も許さない」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る