第31話 フィーネス国

 終焉樹しゅうえんじゅフィーネス。

 それは、世界樹ユグドラシルの対となる大樹のことだ。


 北大陸に聳立しょうりつする世界樹ユグドラシルの能力は、新たに魔力を生成し世界全土に広めること。

 その魔力は人々の魔法やマジックアイテムに利用される。

 では、利用された魔力はどうなるのだろうか。消える? いや違う。

 東大陸の中心に聳立する終焉樹フィーネスのもとにまで運ばれるのだ。


 フィーネスには生成されたばかりの純度の高い魔力ではなく、人々が使い古した後の思念が籠った魔力を吸収する能力がある。

 それらの魔力を養分にし、終焉樹は数百年単位で成長を遂げる。


 世界の根源たる魔力が最後に辿り着く場所、そして際限なく成長していくフィーネスはやがて世界を呑み込むほどにまで至るだろう。

 そういった理由から、フィーネスは終焉樹と呼ばれているのだ。



 そんな終焉樹があるのは、フレアロード王国の東に位置するフィーネス国である。

 国とは名ばかりで、国土は終焉樹を中心とした円形の街が一つしかない。

 そんなフィーネス国には連日、多くの冒険者たちが押しかける。

 理由は簡単。巨大な終焉樹の内部は、その存在が目撃されてから数万年、誰一人として攻略したことがないといわれる迷宮が広がっているからだ。


 トモヤ達の目的もその迷宮だ。

 ルナリアの戦力向上に最適な場。トモヤが使用しても壊れない剣の素材の入手。東大陸から北大陸に至る唯一の港ノースポートに向かう途中に位置すること。

 そして何よりも、ノームがあそこまで強く攻略してほしいと言い残した理由を明らかにするため、トモヤ達はこの日フィーネス国に足を踏み入れたのだった。



 ◇◆◇



「ここがフィーネス国か」


 ルガールを出て一週間後。

 乗合馬車を降り、乾燥した黒い大地を踏みしめながらトモヤはそう呟いた。

 辺りは宿屋や飲食店が立ち並び、重装を纏う冒険者たちが多くいた。


「トモヤ、みて! あれ! すっごい!」


 ルナリアが興奮しながら指を向けた先にあるのは、巨大な終焉樹の樹冠だ。漆黒に染まった葉によって作られている。大きさが尋常ではなかった。

 それも当然。事前にリーネから聞いた話では、地上に姿を出す幹の部分は直径500mにまで及ぶらしい。5mではない、500mだ。

 それよりさらに大きな樹冠に至っては長さを測るのも馬鹿馬鹿しい。その様を目にして興奮するのは仕方ないというべきだろう。


 何も特徴は大きさだけではない。

 幹から葉に至るまで色が漆黒であるということだ。

 終焉樹というネーミングに加えて漆黒の大樹。トモヤ的にポイント高かった。


「トモヤ、ルナ。この光景に見惚れるもいいが、それは後にしよう。もう少しで日が暮れる。今日は先に宿屋を見つけておくべきだ」


「っと、そうだな」


 思わずルナリアと一緒に意識が終焉樹に向いていたトモヤは、リーネの言葉によってはっと我に返る。

 確かにそろそろ野宿ではなく、しっかりとした部屋で休みたいところだった。


「よし、じゃあ行くか」


 そうして、トモヤ達は宿屋を探すことにした。




「いらっしゃいませ! 3名ですね。本日はお食事ですか? 宿泊ですか?」


 立ち並ぶ宿屋の中に足を踏み入れると、迎えてくれたのは青色の髪を二つ結びにした12、3歳ほどの可愛らしい少女だった。

 店の中の見回すと、一階はどうやら食事スペースで寝室は二階のようだ。

 そこまでを確認しトモヤは言った。


「宿泊で頼みたい。男女別の二部屋で」


「宿泊、二部屋ですね! 分かりまし……あっ!」


 最初は元気な様子だったが、少女はすぐにしょぼんと小さくなる。


「申し訳ありません。実はいま、部屋が一つしか空いてなくて。ベッドが二つしか置いていない部屋なんですけど……」


「そうか……ならしょうがないな。別の宿屋をさが」


「いいやその部屋で構わない。ルナもそう思うだろう?」


「うん! トモヤとリーネと一緒ならうれしいな!」


 色々な方面を考慮し断ろうとしたトモヤだが、リーネとルナリアによって言葉を遮られる。

 ルナリアはともかく、今のリーネまでそう言うのは驚きだったが、二人の意思が尊重され、結局この宿屋で一室を借りることとなった。




 その日の夜。

 トモヤ達は辺りの散策もほどほどに、宿屋に戻って食事を取ることにした。


「今日のシェフおすすめメニューはレッドボアのステーキとなります! 熱いので気を付けてお召し上がりください!」


 トモヤ達が宿屋に入ったときも対応してくれた、この宿屋を経営する夫婦の娘だというアンリが、三人分の料理を運んできてくれた。


 丁寧に焼かれた重厚な赤身肉から漂う香りが鼻腔を通り、空きっ腹を刺激する。

 プレートには他に焼かれたばかりの黒パンと、ふんだんに野菜を煮込んだスープが付いてきていた。


「「「いただきます」」」


 三人で仲良く声を合わせ食事を開始する。

 意外と言うべきか、ルナリアはナイフとフォークの扱いを心得ているため、トモヤ達が心配して見守る必要はない。

 ゆえにトモヤは目の前の食事に集中し、大きめにカットした肉の塊を口の中に放り込んだ。


 一回一回噛み締めるごとに、気持ちいい歯応えの、むっちむちの食感が口の中に広がる。

 旨味を含んだ、けれどくどくない上品な脂が舌の上を滑る。

 最後にごくりと飲み込むと、どっしりと腹に溜まる満足感があった。けれど同時に、もっと食べたいという強い欲求が生まれる。

 今までに食べた中だとヒレ肉に近いかもしれない。

 ぎゅっと旨味が詰まったかのような味わいはまさにそれと同じだ。


 十分に旨味を堪能した後、次にトモヤは黒パンに手を伸ばす。

 2つあるうちの1つを掴み半分にちぎり、ぱくりと口に入れる。

 パサパサ感はなく、歯でサクッと切れる食感だ。小麦本来の風味を十分に味わえる。うまい。いくつも食える。この世界に来てから一番、いや元の世界で食べたものと比べても上位にくるパンだった。


 最後にスープ。ステーキとパンで既に満たされたはずの口の中が野菜の優しい甘味でいっぱいになる。

 少しだけ入っている細切りベーコンの塩気がいいアクセントになってくれていた。

 胃を落ち着かせて、もう一度ステーキを食べる準備を整えてくれているようだ。


 その後もステーキ、パン、スープの順番で食べていく。

 パンはお代わり自由で、結局4つも食べてしまうのだった。


「ふー、美味かった」


 十分ほどで完食したトモヤは満足しながらそう呟いた。


「うん、おいしいね、トモヤ!」


 一口一口が小さいせいか、まだ最後まで食べ切れていないものの、ルナリアも幸せそうな顔でそう言う。

 そんなルナリアの様子を見て和んでいると、横から腕が伸びて来て、フルーツの入った器をテーブルに置いた。


「そんなに気に言ってもらえりゃ、こっちとしても光栄だな!」


 その正体はこの宿屋の店主兼料理人のズーヘンだった。

 宿屋にいるのは早朝と夜だけで、普段、昼間は迷宮を攻略する冒険者として働いているらしい。

 今日のメニューのレッドボアも、迷宮で討伐した魔物だと言っていた。


「このフルーツはサービスだ。アンタらも冒険者で迷宮を攻略しにきたって話じゃねぇか。こりゃあ十分に英気を養ってもらわなくちゃな! はっはっは!」


「ありがとうございます、ズーヘンさん」


「おうよ!」


 礼を告げると、ズーヘンは大きく応え厨房に戻っていく。

 その後、ルナリアが食べ切れなかった分のステーキを分けてもらい、最後にトモヤ達は皆でフルーツを食べるのだった。

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