第30話 旅立ち
翌日、トモヤとルナリアは二人でルガールを歩いていた。
まず初めに東区に足を運び、フィーネス大迷宮があるフィーネス国に出発する乗合馬車の予定を調べてきた。出発は明日早朝となる。
次に南区に行き冒険者ギルドに顔を出し、ここ数日間で仲良くなったエイラ達に事情を説明すると、皆から寂しくなるなと言ってきた。
先日の大量の魔物襲撃の際の大活躍も関係し、トモヤ達は既にルガールで活動する冒険者たちに認められていたのだ。
そして最後にトモヤ達は西区に向かっていた。
西区は居住区、トモヤ達にとってはあまり用のない区画だ。
しかし、数日とはいえ自分達の過ごした町。
せっかくということで少しだけ見て行こうと思ったのだ。
「人、少ないね」
トモヤと繋いだ手を前後に振りながら、ルナリアはそう零した。
彼女の言葉通り、商業区である東区や冒険者区である南区と違い、居住区である西区はあまり賑わっていなかった。
歩みを進める途中、今までとは少し異なった光景を目にする。
「じゃあね! おばあちゃん!」
「ええ。これからも元気でいるんですよ」
「うん!」
そんな風に言葉を交わすのは、六十歳ほどの女性と、六歳ほどの男の子だ。
女性の横には若い男性が立ち、男の子の左右には夫婦が立っていた。
挨拶を終えると、男の子と夫婦は三人で楽しそうに歩き始めた。
「……あら、貴方たちは」
その光景を眺めていたトモヤ達に気付いたその女性は、そう言って優しい笑みを向けてくる。
反射的にトモヤも頭を下げた。
「ここらでは見かけない顔ですが……もしかして、旅の冒険者の方ですか?」
トモヤやルナリアの姿をさらりと見た後、その女性はそんな予想を口にした。
「はい、そうです。少しの期間ですがこの町に滞在していて。今日は散歩ついでにこの辺りまで」
「そうですか、それはそれは。ということは時期的に考えて、昨日の魔物討伐にも参加されたのでしょう。おかげで私達も助かりました。感謝します」
「いえ、そんな」
まさか自分がその防衛線で最も魔物を多く倒した存在であると名乗り出ることもできず、トモヤは苦笑いでその場をやり過ごそうとした。
そんな中、次に口を開いたのは女性の隣にいる正装の男性だった。
「クレアさん、そろそろ家の中に……」
「そうですね……あら?」
男性に促されるまま家の中に戻ろうとする女性だが、ふとその動きが止まる。
彼女の視線の先にはルナリアがいた。
ルナリアは、女性たちの後ろの家の中を覗き込んでいたのだ。
「こらルナ、人の家を勝手に覗き込んじゃだめだぞ」
「いえいえ、いいんですよ。そう大したものもありませんから」
ルナリアを注意するトモヤと、それを庇う女性。
その二人の間で、ルナリアはそっと零した。
「なんだか……あたたかくて、けど少しさみしい感じ」
「え?」
その言葉の意味がトモヤには分からなかったが、目の前の女性は少しだけ驚いた表情を浮かべていた。
すぐにもとの優しい笑みを浮かべなおす。
「よろしければ少し、中で休まれていかれませんか?」
想定していなかった申し出。
少し悩んだ後、トモヤはその提案を受け入れることにした。
「孤児院、ですか……」
テーブルの片側にはトモヤとルナリアが。
もう片側にはクレアと名乗った六十歳ほどの女性と、レケンスと名乗った若い男性が座る。
彼女達が語った内容によると、この建物は孤児院だったらしい。
だった、と言うのは今はそうではないからだ。
トモヤ達が先程見た光景は、この孤児院にいた最後の子供が里親になってくれる夫婦と共に巣立っていく姿だったらしい。
孤児院を経営していたのがクレアで、レケンスは十数年前までこの孤児院で暮らしていたのだとか。
今ではしっかりとした職につき、世界中を回っているらしい。
「子供たちと過ごした時間は私にとって、とても充実したものでした」
部屋には、幼少期の子供が楽しめそうな玩具が幾つも転がっていた。
あえて子供たちがいたころの名残をそのままにしているのかもしれない。
「さみしくないの?」
ルナリアの問いに、クレアは優しく微笑む。
「寂しくないと言えば嘘になりますが、この孤児院から子供がいなくなることは、皆がより幸福に暮らせていることの証です。嬉しさの方が大きいですかね」
「そうなんだ……」
その返答に納得したのか、ルナリアはそう呟き静かになる。
次に口を開いたのは、クレアの隣に座るレケンスだった。
「クレアさんは本当に凄いんですよ。この町で道端に孤児って見かけないでしょう? それはクレアさんがこの孤児院でそんな身寄りのない子たちを引き取ったり、子宝に恵まれない家庭に掛け合ったりしているおかげなんですよ」
「そうなんですか? ……それは、確かに凄いですね」
思い出してみるが、確かにトモヤがここ数日の間にそのような子供を見かけることはなかった。
通常、身寄りのない子供は奴隷になるのが一般的だ。この国では比較的奴隷の扱いが良いとはいえ、それでもやはり家族と共に暮らすことに比べれば、いささか不自由な生活になるだろう。
そんな子供たちを憂い実際に活動しているクレアの存在は、トモヤにとって尊敬すべき対象だった。
「そんな大層なことをしているつもりはないんですけどねぇ」
少し困ったように、だけど嬉しそうにそう答えるクレア。
その後、彼女は少し寂しそうな表情で部屋を見回していた。
そんな様子を見ながらトモヤはカップを傾け、茶をごくりと喉に流す。
「それじゃあ、俺達はそろそろお暇します」
「そうですか。では、お元気で」
「ばいばい!」
「ええ。さようなら、ルナリアさん」
挨拶を交わし、トモヤとルナリアは立ち上がる。
クレアとレケンスは家の入り口まで付いて来てくれた。
最後にもう一度礼を残すと、トモヤとルナリアは北区にあるシンシア家に戻ることにした。
「やさしい人だったね!」
「そうだな」
手を繋いだ先で嬉しそうに言うルナリアの発言にトモヤも賛同する。
トモヤがこの世界に来て初めて訪れた町(王都は色々な意味で対象外)が、冒険者や住民を含め優しさに満ちていることを知れた。それはトモヤにとっても喜ばしいことだった。
これから先に旅する町も、ルガールのような町ならいいなと、トモヤは思った。
◇◆◇
「あれ、トモヤさんじゃないですか」
「貴方は……レケンスさんですよね」
明日早朝。
シンシア達と別れを告げ、リーネとルナリアと共に乗合馬車の停留所に行くと、そこには昨日孤児院で顔を合わせたレケンスの姿があった。
しかも服装などから察するに、客ではなく御者のようだ。
思い返せば、世界中を回る職についたと聞いた覚えがあった。
「トモヤ、彼とは知り合いなのか?」
「ああ、昨日ちょっとな……レケンスさんがこの馬車の御者だったんですね。少し驚きました」
「いやー、それは僕の方もですよ。たしかトモヤさんたちは冒険者でしたよね? 護衛に雇った方々も含め、今回の旅路は安心できそうです」
言われて横に視線を向けると、そこには冒険者ギルドで顔を合わせたことのある人達がトモヤ達に向け手を振っていた。彼らが護衛の依頼を受けたのだろう。
トモヤ達は事前に話し合った結果、今回は護衛ではなく客として旅を楽しむ予定なため、彼らの存在はとても心強かった。
馬車の中に乗り込み、トモヤ達は自分に与えられた場所に座る。
リーネ、ルナリア、トモヤの順番だ。
「さて、ようやく出発だ」
「楽しみだね、リーネ! トモヤ!」
「ああ、そうだな」
楽しそうに騒ぐ二人の声に、トモヤもまた嬉しそうに頷いた。
こうして、トモヤ達はルガールを旅立った。
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