第26話 地精霊



 ――――何なのだろうか、これは。



 トモヤは目の前の光景に思わず言葉を失っていた。


「うわー! かっわいいー! エルトラさん小っちゃくなっちゃったの!?」


「えるとらさん? じゃないよっ」


「あーたしかに目の色全然違うねー! でも大丈夫! エルトラさんより可愛いくらいだよ!」


 ルナリアが魔法陣を発動した瞬間、現れたのは魔物ではなく一人の少女だった。


 綺麗な茶髪をツインテールにした元気な少女。その少女は召喚主であるルナリアを見た瞬間抱きしめてかわいー! と叫び続けていた。

 たまに頬ずりしようとするが、防壁のスキルに阻まれて顔がぐにゅりと潰れている。だが全く気にした様子はない。


「うわっはっはっは! まじかわいいちょーお持ち帰りしたい!」


「させるか」


「ぐひょっ」


 ただその光景を眺めているばかりでもいられないと、トモヤは少女の首根っこを掴みルナリアから無理やり引きずり離した。

 少女は変な声を漏らし尻もちをつくと、不満げにトモヤを見上げてくる。


「なに!? なんなの!? 貴方だれよ! アタシと彼女の幸せな時間を奪うなんてふざけてるよ! 覚悟はいいんだよね!? ……えっ、ちょっと待って。なんか言って。無言で引っ張らないで。うわそっち魔物いるじゃん魔物! グレイウルフじゃんまじ!? いやアタシならあのくらいの魔物余裕で倒せうわぁ! 力全部神界に置き忘れてきた勝てないやめてぇぇええ!」


 愉快な少女だった。



 ◇◆◇



「地の精霊ノームだよ! 今は仕事から逃げてこっちの世界に遊びに来てるの!」


「あ、妄想か」


「妄想じゃないよ!」


 結局、トモヤが一人でグレイウルフの群れを片付けた後。

 ノームと名乗ったその少女はツッコミでトモヤの頭を叩くが、その力が全て自分の手に跳ね返り痛みに耐えるようにしてうずくまっていた。


 そんな漫才のようなことをする二人の横で、リーネだけは目を見開き驚きを露わにしていた。


「貴女は本当にノームなのですか? 世界神に仕える四大精霊の一柱である」


「え、あ、うん。それ、そんな感じ。というかそんなことより君もなかなかの美貌をお持ちだね、とある部分も豊かに育ってるし……ねえ、お姉さんとランデブーしようよ!」


「ちょっと何を言っているのか分からない」


 リーネに真顔で拒絶されて、ノームはしくしくと泣き始めた。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」


「……天使だよぅ」


「? まぞくだよ?」


 そんな中、ルナリアだけはうずくまるノームの頭を撫でるという底抜けの優しさを見せていた。

 そしてノームはこの世界の真理に気付いた。


 そんなよく分からない状況が続く中、そろそろいいかとトモヤは声をかける。


「で、これはどういうことなんだ? お前が本当にノームっていう精霊だったとして、召喚魔法ってのはそういう奴も召喚できるものなのか?」


「普通は無理だよ。けど今のアタシは諸事情で力を失ってるから、多分そのせいだね!」


「そういうもんか」


 その辺りの仕組みについてあまり詳しくないトモヤはノームの説明でひとまず納得し、次にもともとの目的を思い出していた。

 なぜ召喚魔法で魔物(実際に来たのは精霊を自称する変人だが)を呼び出そうと思ったのかというと、ルナリアが今後使うことになる力を試すためだ。

 呼び出すところまではいけたため、残るは使役。

 つまり、ノームがルナリアの指示に従うかどうかを確かめる必要が――



『緊急です! ルガール周辺にいる冒険者の方々はすぐに冒険者ギルドまで来てください! 繰り返します! ルガール周辺にいる――』



 ――そんな放送が、トモヤの思考を止めた。


「なんだ?」


 事態を呑み込めないトモヤに、リーネは真剣な表情で告げる。


「これは緊急招集、町になんらかの危機が迫っているときに流れるものだ。しかし通常レベルの問題なら招集は町の中に限られるが、ルガールから遠く離れたここにまで届かせる音量とは……」


「そうとう危険な状況ってことか」


「そうなるだろう」


 状況を理解したトモヤは、ルナリアとノームに顔を向けて言った。


「難しい話は後だ。すぐに町に戻るぞ」


「わかった!」


「えぇ……アタシも付いて行かなきゃだめなの~?」


 その言葉に対する両者の反応は違った――


「私、ノームも一緒がいいな!」


「よっしゃ猛ダッシュでいくよ!」


 ――のだが、一瞬で同じになった。



 ◇◆◇



「ユメサキさん、リーネさん! 来てくれたんですね!」


 亜麻色の長髪を靡かせる可愛らしい容姿を持つ受付嬢のエイラは、トモヤ達がギルド内に姿を現すと嬉しそうにそう叫んだ。

 彼女は視線をトモヤとリーネの後ろに向ける。


「そちらの方はたしかルナリアさんでしたよね? それで、ルナリアさんを抱きかかえてる貴女は……」


「付き添いだよ~、気にしないでね!」


「そ、そうですか。出来ればご尽力の程を期待しています」


 ノームには関わらない方がいいと考えたのか、エイラは彼女にそう告げ別の冒険者に話しかけ始める。

 トモヤは冷静になって周りを見渡すと、ギルド内にいる冒険者はいつもより格段に多いことに気付いた。さらにどんどんと人数が増していっている。招集の影響だということは分かった。


「おう、坊主たちも来たのか! こりゃあ百人力だな!」


「こんにちはクルトさん」


 後ろからトモヤに声をかけてきたのは、以前レッドドラゴン討伐の際に一時同行した《鋼鉄の盾》の皆だった。出会い方こそあれだったが、今では顔を合わせたら挨拶をする程度の仲になっていた。

 しかしトモヤやクルトたちの会話を聞いた周りの冒険者の中の一人が不満げな顔をする。


「おいおいクルトよぉ。そんなチビ共が百人分の力になるわけねえだろうが。目利きが悪くなってんじゃねぇのかぁ?」


「目利きが悪いのはお前もだろうが。言っておくけどよ、数日前にマグリノ山脈でレッドドラゴンを二体倒したっていうのはこの二人のことだぞ」


「はぁっ!? マジかよ!?」


 チンピラ顔をトモヤとリーネに向けたその冒険者は、信じられないといった表情を浮かべていた。

 彼だけでなく、トモヤ達と顔を合わせたことのない他の冒険者たちも同様の反応だった。リーネが赤騎士であることを知っている者などは、トモヤは活躍することなく、リーネが一人で二体とも倒したんじゃないかとも主張していた。

 そんな剣呑な雰囲気の中、パンパンと二回手が叩かれる音が響く。


「皆さん、注目してください!」


 小さな台に乗ったエイラが、冒険者たちの注目を集める。


「招集に応えてくださりありがとうございます。招集した理由は既に何人かは知っているでしょうが……ルガールの西方に大量の魔物集団が現れました。その数実に500体です! 町に被害が出る前に、皆さんにはその魔物達を倒していただきたいと思います!」


 エイラの言葉に、何人もの冒険者が「腕が鳴るぜ!」「いい稼ぎ時だな!」「500体くらいこの人数なら楽勝よ!」と声を上げる。

 だが。


「ただし目撃情報によれば、その中に数体Bランクの魔物も紛れているようです!」


 その宣言には誰もが声を失った。

 皆の様子の変わりようにトモヤが不思議に思っていると、リーネが隣から説明してくれる。

 ルガールにはCランク冒険者は数十名いるが、Bランクとなると数名しか存在しない。しかもそのほとんどが現在遠征中でこの場にいないのだ。

 どう戦うべきか皆が頭を悩ませていた。


「問題はない!」


 そんな冒険者たちの不安を吹き飛ばすように、リーネは大声でそう述べた。

 これだけの危機的状況にあっても問題ないと力強く宣言するBランク冒険者・赤騎士の存在に、誰もが安堵の表情を浮かべ始める。

 そんな状況の中、リーネは告げた。


「私とトモヤがいれば、その程度の敵を倒すことくらい楽勝だ!」


「あ、そこで俺の名前も叫ぶんだ。いやいいけどさ」


 そんな風にして。

 確定された勝利の未来しか見えない、ルガール防衛戦が始まろうとしていた。

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