第17話 契約


 ――ルナリア。

 それが白銀の髪を持つ少女の名だった。


 二本の黒色の角が示す通り、彼女は魔族だ。

 奴隷商がルナリアを他の奴隷商から引き取ったのはほんの一週間前、マグリノ山脈を超えた先にあるクレイオ魔法国での出来事である。

 その奴隷商が彼女を見つけたのはそれよりさらに一週間前、魔族が多くいる中央大陸フランリッデではなく獣族の大陸、南大陸フルーナだった。


 これらの情報から分かることは、ルナリアが訳ありの存在であるということだ。

 魔族の子供が一人、中央大陸以外で見つかることなど滅多にない。あったとしてもその理由は家族を失ったか故郷を追放されたか、そのどちらかが主らしい。

 実際にルナリアはトモヤが現れるまで笑顔を見せない少女だったらしく、今の彼女の様子については奴隷商も驚いていた。


 これらの話を、宿屋の一室を借り奴隷商が正直にトモヤに話した。ちなみにルナリアはリーネに預け、もう一室の方で待機している。


 これまでの話を踏まえ、それでも本当に彼女でいいのかと奴隷商が問うてくる。

 が、トモヤは迷わず頷いた。

 そこでようやく金銭面の話に移る。


「では、本来ならば金貨20枚のところを10枚でいかがでしょう?」


「……そんなに安いのか?」


 金貨10枚。日本円に換算すると10万円。トモヤが腰に下げる剣の半分の値段。元の値段でも剣と同じ。

 人一人の値段としてはあまりにも規格外な安さだと感じた。


「いえいえ、これは奴隷の中では十分に高いですぞ。東大陸では魔族の奴隷は貴重ですからな。あまり大声で言えない話ですが、長年の中央大陸と東大陸の敵対の影響もあり、そこで溜まった鬱憤を奴隷で晴らしたいと思う者もいるのですよ。残念なことに契約紋には抜け道も存在しますからな。その点、私としてはトモヤ殿になら彼女を憂いなく引き渡すことができるというものです」


 自分が買わなければルナリアがもっとひどい買い主のもとに行っていたかもしれない。それを聞き、トモヤは自分の判断が少しでも正しかったのだと安堵することが出来た。


「分かった、金貨10枚だな。払うよ」


「おお、そうですか! まことにありがたいですな」


 トモヤは異空庫から取り出した金貨を払い、ひとまずの売買完了となった。


 後はルナリアを呼び出しての契約条件の調整だ。

 今回は奴隷が持つ技術ではなく、ルナリア自身を買い取ることが目的であるため、契約条件は幾つかあるマニュアルのうちから選ぶのではなく、奴隷商立ち合いのもとトモヤとルナリアの二人で決められる。

 もしここであまりにも奴隷の人権を損なう条件を結ぼうとしても、奴隷商が許すことはない。


「ルナリアを連れてきたぞ、トモヤ」


 リーネ用に借りられた部屋から二人が姿を現す。背筋がピンと伸び凛としたリーネの隣にいると、ルナリアがさらに子供らしく見える。

 ルナリアはトモヤの姿を見つけると、嬉しそうに笑っていた。


「では、始めましょう」


 奴隷商に促されるまま、トモヤとルナリアは向かい合う。


「今回は特別契約ですな。トモヤ殿の所有紋に込められるのは通常と変わらず、奴隷に対する衣食住の提供の義務、契約内容を逸脱した行為の強制の禁止、というものになりますぞ。問題は奴隷紋に込められる内容ですが……」


「ふむ……」


 顎に手を当て、トモヤは考え込むようにルナリアを見る。


「どうしたの?」


 状況が分かっているのかと思うような純粋さで、首を傾げるルナリアにトモヤも思わず笑みを零す。


「なあ、ルナリア」


「えっとね、呼ぶときはルナだよっ!」


「……じゃあ、ルナ」


「うんっ」


 調子を崩されるなぁと思いながらも、トモヤは膝を曲げルナリアと視線の高さを合わせる。

 そして優しく微笑みかける。


「最後に聞かせてくれ。本当に俺と一緒に来ることになってもいいんだな? 今ならまだ変えられるぞ」


「いえいえトモヤ殿、既に私とトモヤ殿の間での売買は済んで……」


「変えたくない。トモヤと一緒がいいよ」


「……そうか、よしっ」


 ルナリアの力強い言葉を聞いて、トモヤも意思を固める。

 ふと、そんなトモヤの側にリーネが近付きそっと耳打ちする。


「事前に鑑定でステータスを見ておかなくていいのか?」


 リーネの主張はもっともだった。もしルナリアを戦闘奴隷などとして扱うなら――いや、他の用途の奴隷として扱うとしてもステータスは知っておいた方が良い。トモヤにはそれが可能なだけの力があるのだから。

 だが、トモヤは迷うことなくリーネにこう返した。


「それは今回なしでいこう。言い方は悪いけど、俺がルナを奴隷として買うのは単純に一緒の時を過ごしたくなったからだ。リーネが俺をパーティに誘ってくれた理由と同じだよ」


「……トモヤ、君は」


 トモヤの真っ直ぐな言葉に目を見開くリーネだが、すぐに優しい笑みに変わる。


「うん、そうだな。それでこそトモヤだ、私の見込んだ君だよ」


「おいこら恥ずかしいセリフは禁止だぞ」


「君がそれを言うのか……」


 トモヤとリーネはお互いに笑みを零し合う。

 それを終えると、再びトモヤはルナに向き合う。


「ルナ、俺が君を奴隷にするうえで望むものは一つだけだ」


 ごくんと、誰かが唾を呑んだ。

 室内が緊張感に包まれる中、続けてトモヤは言った。


「――――自分の幸せを、第一に考えること」


 そんな、本来ならば奴隷に向けて言うはずのない言葉を。

 

「……え?」

「なぬっ!?」

「ふふっ」


 ルナリア、奴隷商、リーネは三者三様の反応を見せた。一人は首をひねり、一人は驚きを、最後の一人は分かっていたとばかりに微笑を浮かべる。

 さらにトモヤは言葉を紡ぐ。


「別に俺に尽くしてくれる必要はない。俺と一緒にいたいならいてくれればいいし、もし一人になりたくなったなら言ってくれればそうするよ。今は君の身柄を引き取るために奴隷として買わせてもらうけど、ルナが望むならいつでも契約を解除していい。すみません奴隷商さん、そういうのも可能ですよね?」


「え、ええ。家族が子供を買い戻した際などは、契約を解除し奴隷ではない状態になることが多いですな。それと私の名は――」


「それが俺の提示する条件だ。ルナ、それでもいいか?」


「――うんっ!」


 切なそうな表情を浮かべる一人を蚊帳の外に置き、二人は笑い合う。

 トモヤは満足した様に立ち上がると、片手をそっとルナの頭に乗せた。


「ああ、あとこれだけは言わせてくれ。俺はルナの気持ちを優先するつもりだけど、それとは関係なく、俺はルナと一緒にいたいと思ってるよ」


「うん、わたしもだよ! トモヤ!」


 先ほどまでの緊張感のある空気とは一転、見る者を癒すほんわかとした空気が流れる。

 二人の様子の眺めているだけのリーネや奴隷商も楽しそうな顔をしていた。


 それから十数分後、トモヤとルナリアは無事契約を結ぶのだった。


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 奴隷特殊契約

 所有者:トモヤ・ユメサキ

 奴隷:ルナリア

 奴隷紋:所有者と共にいてどう感じるかを、定期的(最低30日に一度)に所有者に伝えること。その内容如何によっては契約が断ち切られるものとする。

 所有紋:奴隷に対する衣食住の提供、契約内容を逸脱した行為の強制の禁止。

 立ち合い人:ミフラン・シューネン


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