第16話 報酬

「素晴らしい! いやー大活躍でしたぞトモヤ殿!」


 あれから小一時間後、トモヤは宿屋の酒場でヒーローのような扱いを受けていた。

 目の前に座る奴隷商の男が興奮を隠しきれない様子でトモヤの活躍を褒める。ごくごくと酒を飲んでいた。


「奴隷の少女たちの前に突如現れた若き男性! 目の前には伝説級の魔物レッドドラゴン! ああ、彼も犠牲になるのか――そう誰もが思った瞬間、青年の華奢な腕から放たれた拳はレッドドラゴンだけでなく天をも貫いた! ああ、まるで神話をこの目で体験しているようでしたぞ!」


 確かに凄かったよな、と。この場にいる誰もが口を揃えて賑わっていた。

 中にはトモヤ達より遅れて宿場に戻ってきていた鋼鉄の盾の皆もいる。彼らはトモヤの活躍を聞き、坊主ならそれくらい余裕だって信じてたぜ! とまるで自分の活躍のように語っていた。手のひら返しが熱すぎる。


「その話は後でいい。結局、なんでこんなところにレッドドラゴンがいたんだ? 目撃情報があったのは俺達が山頂で倒した一体だけのはずなんだが」


「ふーむ、それはですなトモヤ殿。なんでもこの場に降り立ったレッドドラゴンに関しては今日突然飛んできたもののようなのですよ。ここ数年は現れなかったAランク以上の魔物が続けざまに二体もやってくるとは、恐ろしいことも起きるものですな」


「なるほど、そういうことか。けどまあ、被害者がほとんど出なくてよかったよ」


 トモヤ達が奇跡的なタイミングで宿場に辿り着いたことによって、レッドドラゴンによる被害は最小限で済んでいた。

 レッドドラゴンが現れた際に真っ先に立ち向かい倒れていた冒険者たち(奴隷商が雇っていた護衛たち)の怪我も、既にトモヤの治癒魔法で完全に治している。それもまたトモヤがヒーローのような扱いを受ける理由だった。

 物の被害もほとんどなく、しいて挙げるなら目の前にいる奴隷商の馬車と檻が壊れたくらいだが、その所有者である本人がこの様である。


「いやしかし、私も驚いたぞトモヤ。あの状況であの対応、皆を助けられたのはトモヤのおかげだ。恐らく私の剣は間に合わなかっただろう」


「ああ、ありがとうリーネ。けどあの時は無我夢中で、自分でも何をしたのかいまいち覚えてないんだけどな」


 トモヤは苦笑いを浮かべながらリーネにそう告げる。その言葉はトモヤの心の通りだった。

 あの時、力がないにも関わらず、他の子供たちを守るために立ち上がった白銀の髪の少女を見た瞬間、絶対に守らなければならないと思ったのだ。


「……(つんつん)」


 思い出すのは、トモヤに礼を告げる際の彼女の満面の笑み。圧倒的な可愛らしさや癒しを内包した最強の何かを見た気がした。


「……(つんつんつんつん)」


 先程から、トモヤの右横腹に何かが当たっていた。


「何やってるんだリーネ、俺の横腹なんか触っても楽しくなんかないだろ」


「何を言ってるんだ君は。私は君に触れてなど……ん? ああ、そういうことか」


 トモヤの“左側”にいるリーネは、トモヤからの突然の言葉に訝しげな反応をするが、視線を右に向けるとすぐに優しい表情になる。

 つられるようにトモヤも右を向くと、先程まで誰もいなかった椅子に一人の少女が座っていた。


 先程からずっとトモヤが思い出していた白銀の髪を持つ少女だ。今は手錠は外されている。

 横腹をつんつんとつついていた犯人もその少女だった。

 きらきらと輝く、純粋さに満ちた碧眼がトモヤを見つめていた。


「……ど、どうも」


「うん」


 少し混乱しつつかけたトモヤの挨拶への返事は『うん』の一言のみ。

 兄妹もおらず、子供と接したことの経験がないトモヤにとってここからどうすればいいのか分からなかった。


「むむっ、なぜその子がここに!? 奴隷の子たちを入れた部屋はしっかり鍵を閉めていたはずでは!」


 叫びながら、奴隷商は血相を変え立ち上がると階段を駆け上がっていった。


 さらに気まずい雰囲気がする中、先に行動を起こしたのは少女だった。

 すっと身体を動かし、滑り込むようにトモヤの膝の上に乗ってきたのだ。

 トモヤの胸に少女の背が預けられる。

 トモヤは混乱した。


「おい、何のつもりで……」


「えへへぇ」


「――――」


 行動の理由を問おうとしたトモヤに、少女は顔だけを振り向かせると満面の笑みを咲かせた。その絶大な破壊力にトモヤは語彙を失った。


「随分と好かれているんだな」


 その様子をリーネは戸惑うことなく眺めていた。


「いやいやいや、リーネ、この光景を見て他に感想はないのか?」


「ん? そうだな、そんな可愛い子を抱きかかえるなんてトモヤだけずるいぞ、私と代わってほしいくらいだ」


「俺が聞きたかったのはそこじゃないんだけど……」


 素っ頓狂な回答をよこすリーネ、るんるんと身体を左右に動かしながら楽しそうにする少女。全てを諦めたトモヤは無に浸った。


 その数分後、奴隷商が戻ってきた。


「ふー、鍵は開いていましたが抜け出したのはその子だけのようなので一安心ですぞ。しかしいったい誰が鍵を開けたのか……」


「がちゃがちゃしたら開いたよ」


「むぅ!?」


 少女の言葉に奴隷商は目を丸くし驚きを露わにしていた。

 二人が奴隷商と奴隷であるという関係をうっかり忘れてしまいそうになるような光景だった。

 ちなみにその間トモヤは無心で、少女の両角をいじって遊ぶ。触れられると少女も嬉しそうにしていた。


 奴隷商は溜め息をつきながら元の席に座る。


「ふむ、まあ何事も起きなかったのでこの話はいいとして、トモヤ殿、随分とその子に懐かれているようですな。やはりトモヤ殿の活躍を一番間近で見たせいですかな」


 続けて、先ほどのリーネと同じようなことを言った。

 軽く相槌を打つトモヤの前で、奴隷商はいいことを思いついたとばかりに手を叩いた。


「そうですトモヤ殿! 我が商品である奴隷を買われてはいかがでしょう? 彼女達を助けていただいた礼はきちんとせねばならないと考えていましてな。通常よりも安くいたしますぞ!」


「……奴隷、か」


 ただ苦笑いを浮かべ聞き流すだけだったトモヤだが、ここにきて少し眉をひそめる。日本で育ったトモヤには奴隷に対するいいイメージはない。当然、この場でも即断で断るつもりだった。

 けれどふと、トモヤの腕の中にいる少女の存在がその答えを告げるのを遅らせた。


「……その前に聞かせてくれ。この国の奴隷の扱いってどんな感じなんだ?」


 その問いに対し奴隷商、そして補足確認としてリーネが説明してくれた。


 結論から言うと、想像していたほど悪いものではなかった。

 奴隷になるのは基本的に没落した貴族の子供、紛争地域などで捕えられた身寄りのない子供などだ。


 奴隷を買うのは貴族や冒険者、特定の職種の者たち。奴隷は使用人、戦闘要員、仕事の部下などとして利用される。この際、奴隷の能力に見合わないことに利用することはできない。例えばステータスが低く戦闘用のスキルを持っていない者を戦闘要員としてはいけないといった感じだ。


 奴隷売買では特別なマジックアイテムを使用することで、奴隷には奴隷紋を、所有者には所有紋が刻まれる。

 奴隷は奴隷紋に刻まれた契約内容を遵守しなければならず、所有者もまた奴隷に十分な衣食住を提供する義務が所有紋に組み込まれている。なお奴隷紋と所有紋を合わせ契約紋と呼ばれる。

 それを破れば即契約は破綻、程度によっては所有者に罰が与えられることもあるのだとか。


「……想像していたよりはマシだな」


 トモヤは奴隷には人権が一切与えられていないのではないかとさえ考えていたが、それは違った。

 しかし思えば今トモヤの膝の上にいる少女は綺麗な服を着ているし、食を与えられず痩せ細っている様子もない。数時間前に見た他の奴隷たちも似た感じだった。


 とはいえ、やはりトモヤの先入観が完全に消えるとまではいかない。

 買い主が一人の人間の命を所有すること、それ自体に小さくない抵抗感を抱いてしまう。

 だから、話を聞いてもやはり断ろうと考えるトモヤだった。


 ――――が、しかし。


「…………」


 ふと、目の前にいる少女と目が合った。期待に満ちた瞳を真っ直ぐとトモヤに向けていた。その純真さに心を動かされたトモヤは、小さく覚悟を決めて言った。


「俺と、一緒にくるか?」


 そう尋ねると、少女はパアッっと表情を輝かせ。


「うん、一緒がいい!」


 そう答え、ぎゅっと抱き着いてくるのだった。

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