第15話 白神子
トモヤ達がレッドドラゴンを倒したとき、既に時間としては正午を過ぎていた。
日が落ちる夕暮れ時までに宿場に戻ることを目標にし、二人は歩を進めていく。
宿場まで直線距離として1kmを切ったころ、その声は聞こえた。
「きゃぁあああ!」
それは女性の悲鳴だった。五感の鋭い二人はその音が宿場から聞こえてくるのをしっかりと捉えていた。
「リーネ、今の……」
「ああ、詳しいことは分からないが緊急事態のようだな。急ぐぞ!」
全力で駆けていくリーネを追うため敏捷を1000倍にまで高める。
その結果、山の麓に到着するまでに時間は一分とかからなかった。
木々を抜け宿場が視界に入ったとき、その光景に二人は大きく目を見開いた。
「レッドドラゴンが、もう一体……?」
「うん、それも、さっきより大きいぞ!」
リーネの言葉通り、そこにいたレッドドラゴンは先ほどトモヤ達が倒したものより一回り大きかった。
自動発動した鑑定によるとAランク上位指定とある。こちらもまた強さが一段階跳ね上がっている。
冒険者らしき者が何人か倒れ、商人やそれ以外の者達は皆が自分の身を守るために逃げ回っていた。
倒れている冒険者たちは息がある様子で、幸いにもまだ死者は出ていないみたいだが、いつ暴れ回るレッドドラゴンの攻撃に巻き込まれるか分からない。
その証拠に、人ではないものの無造作に置かれていた馬車が振り回されるレッドドラゴンの尾にぶつかり弾き飛ばされた――
「――なっ!」
その驚きは先ほどの比ではなかった。トモヤが見たもの、それは馬車の壊された荷台から出てきた巨大な檻と、その中にいる手錠で両手を繋がれた幼い子供達だ。
運よく壊れた檻の隙間から、我先にと子供たちが出て逃げていく。
だがすぐ目の前にはレッドドラゴンがいる、攻撃を喰らえば一瞬で命は尽きるだろう。
「わ、私の奴隷たちが!」
その馬車から少し離れたところにいるシルクハットを被る裕福そうな服を着た男が、最悪の事態を恐れるように叫んでいた。
だが、トモヤには異世界ならではの奴隷商という存在に意識を割く余裕はなかった。それほどまでに衝撃的な映像だったからだ。
「グォォォオオオオオ!」
レッドドラゴンの咆哮。その構えから炎の塊を吐こうとしていることがトモヤ達にも分かった。一度は逃げようとするも再び訪れた死の恐怖に震える奴隷たちの前に、一人の少女が姿を現した。
肩まで伸びる美しい輝くような白銀の髪、深い海を閉じ込めた碧眼。幼い美少女が他の奴隷たちを守るようにレッドドラゴンと向かい合っているのだ。
決して恐れていないわけではない、震えているのがその証拠だ。それでも他の子供たちを守ろうとしている。
それを見た瞬間、トモヤの中の何かが弾けた。
「間に合うかは分からないが、一か八か! 空ざ――――え?」
遠距離攻撃でレッドドラゴンに攻撃を加えようとするリーネだが、その行動は途中で止まった。
隣にいたはずのトモヤが、目にも止まらぬ速度――敏捷10000倍で駆けて行ったからだ。
一秒もかからずトモヤはその白銀の少女の前に辿り着き、レッドドラゴンと向かい合う。
「……え?」
後ろから聞こえる幼い子供の声もその耳には届かない。
その少女たちを助けなければならないという思いだけが、トモヤの頭の中を支配していた。
「グァァ!」
瞬間、レッドドラゴンから炎が放たれる。
冷静に対処方法を考えている暇はなかった。
後ろにいる子供たちを守るべく。
ただそれだけを思って、トモヤは叫んだ。
「――――攻撃ステータス、1億倍!」
そうして放たれた一億倍の威力を持ったトモヤの拳は、炎の塊、レッドドラゴンの顔面、そして大空の雲をも貫く暴風を生み出した。
肝心の攻撃対象であったレッドドラゴンの顔面には大きな風穴が生じ、さらに衝撃の余波で全身くまなく爆散し、暴風に乗って奥に吹き飛んでいく。
その光景を眺めながらトモヤは自分の攻撃が成功したことを理解した。
「ふぅー」
最悪の状況から無事に子供たちを守りきれたとトモヤは安堵の息を吐いた。
振り返り様子を窺うが怪我をした子はいない。一番近くにいる白銀の少女だけが目を丸くし呆然としているが。
こうして真正面からよく見ると、その少女には頭から二本の黒い角が生えていた。人族ではないのだろうか。
けれど関係はないかと思い直したトモヤは、膝を曲げ優しい笑みを浮かべながら少女の頭を撫でる。
「怪我はないか? もう大丈夫だからな。よく頑張った」
「……うん、うん!」
そう言われ、少女はようやく自分が死の危険にあったことを思い出したのだろう。瞳に涙を溜め、恐れを誤魔化すようにトモヤの体に飛び込んでくる。手錠で両手が防がれてるため抱きつくのとは少し違う。
その小さな体をトモヤはそっと受け止めた。
そして何度も何度もあやすように頭を撫でる。
結局、その少女が泣き止むまで十分近くの時間を要した。
両手を器用に動かし服で目を拭いながら、少女はトモヤから離れる。
彼女が動きを止めた時、10歳前後だろうと推測できる、幼いながらも見る者をみな虜にするような可愛らしい顔がトモヤのすぐそばにあった。
どうかしたのだろうか。そう心配するトモヤの前で、先程まではただ恐れ涙を流すだけだったその顔に満面の笑みが浮かべ、少女は言った。
「たすけてくれて、ありがとっ!」
「――――」
その瞬間のトモヤの心情を語るに相応しい言葉は見当たらない。だが一言で告げるならこう。
凄まじい破壊力だった。
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