第11話 意識

 トモヤは自分の覗き(事故)がバレたため、この一日でリーネと築き上げてきた信頼を全て失うことを覚悟して姿を見せた。


 覗きの正体がトモヤであったことに、リーネは目を見開き驚いたような素振りを見せる。

 ――だが、その後の反応はトモヤが予想していたものとは全く違った。


「なんだ、トモヤか。なら良かった。盗賊や魔物かと思ってしまってつい剣を振るってしまった。怪我はないか?」


「……え?」


 それは非難どころか、トモヤの身を案じる言葉だった。

 左腕で両胸を抑えるという最低限の状態のままリーネはトモヤに微笑みを向ける(腰より下は水の中なので隠す必要はなかった)。


 リーネのその態度にトモヤは少し呆然とするが、すぐにこのまま女子の裸を見つめるのはいけないと視線を逸らす。

 そして一度の深呼吸で動悸を抑えてからリーネの問いに答える。


「あ、ああ。怪我はない、大丈夫だ」


「うん、そうか。それは良かった。ところでどうしてこんな所に君はいるんだ? ……ああ、君も私と同じく水浴びに来たのか?」


「いや、目が覚めたら隣からリーネがいなくなってたから、どこに行ったんだろうって探しに来たんだ」


「そういうことか。うん、納得した。心配をかけたようですまないな」


 リーネは全く疑うことなくトモヤの言葉の信じ、むしろ自分の非を謝る。

 そのリーネの在り方が、トモヤには何だか納得できなかった。


「そんなに簡単に俺の言うことを信じていいのか? いや嘘はついてないけどさ。水浴びを覗きに来たんじゃないかって疑われても仕方ないと思ってたんだが」


「ふふっ、トモヤはおかしなことを言うんだな。私のような女の体に興味を持つような物好きがいるはずないじゃないか」


「……は?」


 トモヤが素っ頓狂な声をあげるのも気にせず、リーネは言葉を続ける。


「これだけ筋肉があって、剣しか取り柄がなく、可愛げのない女が好かれないことくらいよくわかっている。男はもっと健康的で、儚げで、愛嬌のある女性を好くものだろう?」


「…………

「ん、どうしたんだトモヤ?」


 ぽかーんと言葉を失うトモヤを見て、リーネは不思議そうな表情を浮かべる。

 その顔を見てトモヤは、リーネが自分の魅力に全く気付いていないことを理解した。

 馬に乗るときに抱きついても気にせず、同じテントで寝ることにも抵抗がないのは、彼女がもしもの事態になることを全く想定していないからなのだ。


 トモヤからすれば、リーネはまさに絶世の美少女と呼ぶべき存在である。というよりも、誰が見てもそう思うはずだろう。

 自覚のない彼女にそのことだけは伝えなければならないとトモヤは思った。


「いや、それは違う。リーネは魅力的な女性だ。それは俺が保証する!」


「……え?」


 トモヤの叫びに一瞬リーネは目を見開くが、すぐに元に戻る。


「ああ、なんだ世辞か。気を遣わなくてもいいんだぞトモヤ。このことは私自身が一番理解して……」


「いいや理解してない。俺はお前を見た時真っ先に綺麗だと思ったし、体を鍛えてることも剣が得意なことも、努力できる奴だって証拠だろ? それを魅力と言わずに何て言うんだ」


「なっ……」


 お世辞の域を超えたトモヤの怒涛の誉め言葉に、とうとうリーネはトモヤが本気で言っていることに気付き顔を赤くする。

 そんな彼女に、トモヤはトドメの一撃を放った。


「それに! 俺はいま、お前の裸を前にして……すげぇ、ドキドキしてる」


「――――っ」


 その一言に、リーネは顔を赤くするどころか蒸気を生み出すほどの熱みを帯びていた。

 先程まではトモヤの前で裸でいることを気にしていなかったが、ようやく自分の行為の危うさに気付き、両手で必死に身体を抱え込むようにして要所を隠す。


 そもそもトモヤは少し前から視線を逸らしているためその行動は無駄なのだが、リーネは肥大化した意識の影響により冷静な判断をできなくなっていた。


「そそそそうか! なるほどな! トモヤは本当に私を魅力的に思ってくれているのか! うん! それはとても光栄なことだな!」


「……声震えてるぞ」


「う、うるさい! 全部トモヤのせいだぞ!」


 今までの気丈な振る舞いとは一転、まさに女の子らしい可愛い反応にトモヤは思わずふっと笑ってしまった。

 その声が聞こえたのか、リーネはさらに機嫌を損ねる。


「む……笑ったなトモヤ。人に恥をかかせて自分は笑うとは、君は最低だな、うん」


「いやごめん、リーネの反応が可愛くてつい」


「かわ――っ!?」


 さらにリーネの顔が赤く染まる。

 トモヤは決して首より下は見ないようにと意識しながらリーネの表情をちらりと横見し、ああ、本当に魅力的だ。と再認識するのだった。


 ただこれ以上リーネを褒め続ければ、それは逆に彼女をいじるようで申し訳ないとも考えていた。

 そんなトモヤの考えを読んだわけではないだろうが、リーネは一つ大きな溜め息をすると平坦な声で言った。


「うん、この話題はここらでやめよう。これ以上は私の心臓に悪い」


「ああ、そうしとくか」


 その後、少し離れた場所でトモヤは、リーネが身体を拭き服を着るのを待った。

 途中、自分も身体の汚れを落とそうかと考えるが、そこはお馴染みの便利スキルの中の一つ清浄魔法Lv∞で解決した。汚れを落としたいなーと思った時に現れたスキルである。


「すまない、待たせたな」


 トモヤが新しく生じたスキルの恩恵を受けていると、着替えを終えたリーネが姿を現した。水に濡れた赤髪がどこか妖艶な雰囲気を放っており、先程の会話もあってトモヤはぐっと息を呑み込んだ。


「ん、どうした? 私の顔に何か付いてるか?」


 対するリーネはさすがの精神力か、トモヤに見つめられても動揺することなくしっかりと受け答え……


(……いや、明らかに顔赤くなってるな)


「いや、何でもない。戻ろう」


 トモヤはその事実に気付いたが、優しさで触れないことにした。



 当然、テントに戻ってからも二人には一波乱が待ち受けていた。



「…………」


「…………」


「……リーネ」


「っ、ななな何だトモヤ!?」


「いや、窮屈じゃないかなって思って」


「あ、ああ、そういうことか。ならば問題はない。大丈夫だ。うん、大丈夫だ……」



 最後の方は自分に言い聞かせるようにしてリーネはそう答えていた。


「――っ、触った! いま私に触っただろうトモヤ! 右肩に何かが当たる感覚が!」


「ただの毛布だと思う。もしくは生霊」


 そんな風に、ことあるごとにリーネはわーわーと騒いでいた。

 小さく動いただけで毛布の震動が相手に伝わるという狭さによる緊張感。先ほどトモヤが感じていたのと同じものを、リーネもまた感じているようだった。



 翌日、二人が寝不足で朝を迎えることになったのは言うまでもない。

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