第10話 水浴び

 その後、数時間かけてトモヤ達は草原を駆けマグリノ山脈の麓の少し手前まで辿り着いた。

 まさか100kmもの行程を休憩も挟んで半日程度でいけるとは、と驚くトモヤ。

 なお、最後の方はさすがに馬の上でバランスを取ることにも慣れていた。


 日が沈み世界が闇に染まるころ、異空庫の中にあるリーネの荷物から取り出したテントを組み立てたトモヤ達は、そのすぐ外でパチパチと燃える火を囲んでいた。

 辺りに転がっている木とトモヤの火魔法によってそれを生み出したのだ。


 そんな彼らはいま、食事中だった。


「うん! 美味いなこれは! まさか遠征中にこんな美味い料理が食べられるとは思わなかったぞ。身体の芯まで温まるな」


 食器を傾けフライラビットのシチューを口に運びながらリーネは嬉しそうにそう告げる。フライラビットとは道中にいたDランク中位の、羽の生えたウサギの魔物だ。

 強さ自体は脅威でないが、自分よりも強い敵に出会うと飛んで逃げるため(跳ぶのではなく飛ぶ)捕まえるのが厄介な魔物である。

 その肉は煮込むと絶品であり買取が高価なため、初級冒険者の狩猟対象となることが多い。だが、今回のトモヤ達に限ってはそれを売るのではなく自分達で食すことにした。


 シンシア家から借り受けた食器や材料を異空庫から取り出し、鍋の中で野菜とフライラビットの肉を一斉に煮込んだ。

 ちなみに調味料などで手持ちがなかったものはトモヤのスキル創造で生み出した。


 その途中にふと、トモヤは創造でいきなり料理を生み出すことも出来るんじゃないか? とも思ったが、さすがにそれは趣がなくなると考え止めておくことにした。


 そうして出来上がったシチューをモグモグと美味しそうに食べるリーネを見たら、作ったトモヤ自身も嬉しい気分になる。トモヤも続くようにスプーンで肉を掬い上げ口に放り込む。


「ん、旨い」


 調理初心者の料理であるものの、それは相当な美味しさだった。じっくりと煮込まれたフライラビットの肉が口の中でほろほろと溶け、芳醇な旨味と優しい脂がじっくりと広がっていく。シチューのクリーミーな味と非常によく調和し、いくら食べても飽きる気配はない。満足のいく一品だった。


 それ以降、二人は黙ってもぐもぐとスプーンを動かすのみ。結局、五、六人分はあるのではないかと思われたシチューを食べ切るのだった。


「ふぅ、満足満足だ。ありがとうトモヤ、これだけでも君を連れてきた甲斐があった!」


「いやいや、そこで俺の値打ちを決められても困るんだが……まあ別に悪い気はしないけど」


 ふふっと小さく笑い合う二人。

 談笑の途中、ふとトモヤは道中で気になっていた疑問をリーネに投げかけることにした。


「そういや、リーネが使っていた遠くの魔物を斬る剣みたいなのって何なんだ? ほら、空斬とかかっこよく叫んでたやつ」

「あれは私の持つスキルを利用しただけだが……うん、そうだな」


 そこで何故かリーネはにやりと意味深な笑みを浮かべ、ステータスカードを取り出した。


「せっかくだ、見るといい。これが私のステータスだ」


 その言葉に従うまま、トモヤはリーネのステータスカードを受け取った。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 リーネ 18歳 女 レベル:36

 ギルドランク:B

 職業:剣士

 攻撃:8080

 防御:7800

 敏捷:6990

 魔力:7600

 魔攻:8420

 魔防:7700

 スキル:火魔法Lv4・剣術Lv5・空間魔法Lv4


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「……強いんだな、リーネって」


 疑っていたわけではないが、そこに書かれていた想像以上の数値にトモヤは思わず驚きの声を漏らした。


 今までトモヤが見たステータスは自分のを除けば九重優たち四人のものだけだ。レベル1にしては恵まれたステータスだったのだろうが、それでも三桁止まりだったのに比べリーネは格段に強いということが分かった。

 ついでにいえば、彼女の振舞いぶりからトモヤより年上かと想像はしていたが、実際に18という数字を見ると少しだけ不思議な気分になった。


(けどなんだ? 何か、違和感が)


 しかし、ただ驚いてもいられなかった。トモヤがそのステータスを見た瞬間、胸によく分からない感覚が湧き上がってくる。


「空斬はこのスキルの剣術と空間魔法の重ね技だ、剣撃を空間魔法で飛ばすんだ」


 その正体を確かめるよりも前に、リーネの言葉が思考を遮った。

 トモヤはありがとうと言いながらリーネにカードを返す。違和感の正体は分からないが、特に気にすることではないという結論に至った。


「さて、そろそろ眠ろうか。明日も早い」


 リーネの言う通り、もう既に辺りは闇に呑み込まれていた。山の麓に近づいたことで周りには木々も増え奇妙な雰囲気を醸し出している。この環境で眠れるのかと不安に思うトモヤ。だがその直後それより大きな問題に気付いた。


 テントが一つしかない。

 女子と二人同じ屋根の下。

 色々と耐えられる気がしない。


 テントが一つしかないという大問題にトモヤは気づいた。

 とても大事なことだった。


「しまった、このテントだけじゃ二人で寝れないな」


 これまで同じ部屋で女子と一緒に寝たことなどないトモヤは困ったようにそう呟いた。シンシア達とルガールに向かう道中では、テントが非常に大きな物で中で二つに仕分けられる仕様だったが、このテントはそういった類ではなかった。


「む、なぜだ? 確かに大した大きさのテントではないが、二人並んで寝転ぶくらいは出来るだろう」


 しかしトモヤと違いリーネはそのことを気にする様子はなく、身体から防具を外しテントの中にすっと入っていく。

 そして振り向くと、入り口を開けた状態でリーネは早く来いといった目をトモヤに向けていた。

 ふと、何かに思い当たったかのような表情をする。


「ん、もしかして夜襲などを恐れているのか? なら問題はない。この辺りの魔物程度ならほとんど私達にはダメージを与えられないし、そもそも敵が来たら私は気付く。信じてくれていい」


「いやそういった心配は全くしてないんだが……本当にいいのか?」


「トモヤが何を考えているのか分からないがこう答えよう、一向に構わない」


 リーネの男らしい格好よさにうっかり惚れてしまいそうになるのに耐えながら、トモヤは覚悟を決めた。

 邪なことを考えるのは自分の心の弱さが原因だ、強くあれと無理やり押さえつけることにしたのである。


 テントの中に入り、リーネの隣に横になる。布団などはなく身体にかける毛布くらいしかない。今のトモヤに冷静に布団を創造する精神的余裕はなく、心を無にしてリーネとは反対側を向いた。

 だがテント自体はなかなかの狭さで、お互いが小さく動くごとに毛布越しにその振動が伝わってくる。それによって、ある意味直接触れ合う以上の興奮材料が生じるのをトモヤは感じていた。


 様々な考えが浮かんでは沈む。

 なぜここまで無防備になれるのか。

 リーネは本当に、年頃の男が隣にいて何も思っていないのだろうか。

 べ、べべべ別に全然気になってるわけじゃないんだからね! と一人心の中で言い訳する。


 そんな風にして、トモヤの意識はゆっくりと沈んでいくのだった。



 ◇◆◇



 どれほどの時間が経っただろうか。

 トモヤはふっと目を覚ました。


 身体の疲れは全然抜けていない。

 テントの外もまだ暗い。

 眠り始めてから大した時間は経っていないだろう。

 そう考えながら大きく伸びをする。

 大きく伸ばされた身体がテントの中全体を支配する。


「……あれ?」


 不意に一つの疑問が浮かび、身体を起こし横に顔を向けた。

 そこには畳まれた毛布があるだけで、本来そこにいるはずの人物がいなかった。


「リーネ?」


 そう、トモヤの隣にいたはずのリーネの姿がなかったのだ。

 不思議に思ったトモヤは服装を整えテントの外に出る。

 辺りは暗闇、視界も不明瞭。

 とにかく、リーネを探さなければならないとトモヤは思った。


「えっと、確か視力が上がるスキルは千里眼だっけ」


 千里眼Lv∞を発動。これで暗闇の中でもトモヤは十分周りを見れることになる。

 その状態のままトモヤはリーネを探すことにした。



 ――千里眼。このスキルはLv5を超えると、視力を上げるだけでなく探している人物がどこにいるのかどうかも分かるようになる。

 当然トモヤの千里眼Lv∞でもそれは可能だが、今のトモヤはついその可能性を考慮するのを忘れてしまっていた。

 故に、その事故が発生することになる。


「ここは……」


 歩くこと数分、木々を抜けた先に拓かれた空間があることにトモヤは気付いた。湿った茶色の土に、広がる小さな湖。月光が反射し幻想的な雰囲気を漂わせる。

 もっとも、トモヤが一番注目したのはそんなものではなかった。


「なっ……リーネ!?」


 そう、その湖には、布一枚纏わぬ状態で水浴びをするリーネの姿があった。

 無防備な状態でトモヤのいる方向に身体を向けており、白色の肌、美しい双丘が余すところなくトモヤの視界に飛び込んでくる。


 反射的に木の後ろに隠れながら、トモヤは興奮と焦りを抱いていた。


(まずいまずいまずい! わざとじゃないけど、俺が覗いてることがバレたらリーネの信頼が0に、いやマイナスに――)


 だが、時すでに遅し。


「――ッ、誰だ!?」


「うわっ!?」


 リーネは木の陰に隠れる存在に気づいたらしく、湖の側に置いていた剣を握り力強く振るった。

 放たれた剣閃がトモヤの隠れている辺りの木々を全て切り落としていき――とうとう、リーネの視界にトモヤの姿が映る。


「……トモヤか?」


「……はい、トモヤです」


 トモヤは全てを諦めて、名乗り出るのだった。

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