第2話 悪役令息ヤンデレキャラ、かなり良い

 さて、次に悩まなければならないのは、私の新しい婚約相手だ。婚約の解消をしてしまった私は、所謂傷物令嬢という事になるが、それが大きなデメリットになるのはお嫁に行く場合。


 嫡女である私は、継ぐ家の無い令息達にとって、喉から手が出る程欲しい存在。文官や騎士になるしか無いと諦めていた令息達は、大慌てで私へのアプローチを開始した。エディがやらかした日、良い気味だとでも言うように笑っていた者達まで、手の平を返したように私を褒め、エディの仕打ちをこき下ろす。今更そうされた所で、絶対になびいてはやらないけどな!


「候補が多すぎて疲れる」


 そんな言葉を漏らしてしまった私は、人気の無い学園裏に来ている。綺麗な花も無ければ、手頃なベンチも無いここは、草刈りの用務員か、職員が近道でもする時くらいしか人通りが無いだろう。


 令息達による連日のアピールに疲れ果て、ここに逃げこんで来たのだ。


 次の婚約も失敗とならない為にも、令息達に向き合って選定しなければならないのは解るが、こうも候補が多いと流石に疲れる。


 こうなると解っていれば、候補になりそうな令息達の性格や、生活態度を注意深く見ておいたのだが、何せいきなり決まった婚約解消だ。彼等の人となりを見極めるのに、多大な労力が必要となってしまった。


「候補達のキャラクター設定でも見られたら良いのに」


 残念ながら、私が知っているキャラクター設定は、攻略対象キャラクター達だけだ。既に婚約者がいる彼等の設定を知っていても意味は無いし、ヒロインが狙う可能性がある男なんて関わりたくない。


 座れる場所も無い学園裏を、ただ歩きながら考えに耽っていると、男子生徒の先客がいたのに遅れて気がついた。


 もう少し遠くから気づいていれば、来た道を戻るのも不自然では無いだろうが、ここまで近づきすぎては、通り抜けた方が良いだろう。


 男子生徒は、学園裏にいくつかある裏口の階段に座り込んでいる。こんな所に一人でいるなんて、孤独が好きか、友人がいないのだろうか。私も同類だが……。


 彼の銀髪がキラキラと木漏れ日に反射して美しいが、全体的な印象はどこか見劣るような……。制服のサイズが合っていないのかもしれない。良く見れば服のシワも目立つし、薄汚れているように見える。


 ついジロジロと見てしまって、彼に見覚えがあるのにも気がついた。


 この男子生徒は……、いや、このキャラクターは!王太子ルートに出てくる、公爵家三男の悪役令息ではないか!


 王太子ルートはゲームのメインルートだけあって豪華なストーリーで、悪役令嬢の他に悪役令息まで出てくるのだ。


 ヒロインへ一方的な片思いをして、王太子との仲を邪魔し、ヒロインを無理矢理自分の物にしようとするが、王太子に成敗されて牢獄行きとなるヤンデレキャラだ。王太子の攻略を失敗すると彼に連れ去られ、冷たい海に共に沈められるという、無理心中のバッドエンドが待っている。


 名前は確か。


「シライヤ・ブルック公爵令息」


 しまった。声に出た。連日の疲れのせいだ。不覚。


 私に名を呼ばれた彼は、足下を見ていた視線を真っ直ぐ私へ向けた。メインルートの悪役キャラだけあって、魅力のある顔立ちをしている。色素の薄い灰色の瞳も、目を離せない程に神秘的な美しさを持っているように見えた。


 自身が真っ赤な髪と瞳を持つ色素が濃いタイプなのもあって、無い物ねだりで魅力的に感じるのかもしれない。


「……シンシア・ルドラン子爵令嬢。何か用か」


 少し不機嫌そうな声が返ってくる。下位令嬢にいきなりフルネームを呼ばれたのだから、不愉快にも思うだろうか。こちらから名を呼んでしまった以上、なんとか上手く切り抜けなければ。


「突然お名前をお呼びして失礼致しました。下を向いて座り込んでおられるようなので、体調でも悪くされているのではと思い、お声をかけた次第でございます」


 我ながら良い言い訳だ。咄嗟に思いついたにしては、上出来だろう。


「……そうか。心遣い感謝する。ルドラン子爵令嬢が心配する事は何も無い。行ってくれ」


 一方的に想いを押しつける執着系ヤンデレキャラ……、のわりには、簡潔で無駄の無いあっさりとした対応だ。連日のように令息達にアピールされる身となってしまった今は、このあっさり感に好感を感じてしまう。


 そういえば、王太子ルートを思い返してみれば、先に彼へ絡みに行ったのはヒロインだった。思わせぶりにシライヤへ甘い言葉をかけて、信頼を寄せるような態度を叩きつけて、いざ彼が心を向けると、そんなつもりでは無かったと突き放す。ゲームのヒロインも、なかなかに良い性格をしていたのだと、今なら解る。


 そもそも、シライヤというキャラクターは設定が可哀想すぎるのだ。


 公爵令息でありながら、彼を敬うような人間はここにいない。それどころか、屋敷へ帰っても雑な扱いを受けている。彼は公爵がメイドに手を出して産ませた、妾の子というやつだからだ。産んだメイドもシライヤを置いて消えてしまった為に、彼へ親愛を向ける人間は一人もおらず、産まれてからずっと孤独だった。


 家族愛に飢えている彼は、勉学に励み父親に認めて貰う事を目指していて、張り出される成績表では常にトップをキープしている。が、その努力もむなしく、公爵はシライヤを気にかける事は無く、兄達や継母から虐げられる生活は変わらない。その事実に絶望を感じていた時に現れたのが、ヒロインという訳だ。


 貴族学園の勉強についていけないヒロインが、シライヤの助けを借りると成績が良くなるというお助けキャラでもある。王太子妃を目指せる程の成績優秀者になれるのも、シライヤの力を借りてこそ。


 毎日シライヤと図書室で勉強イベントをこなしていれば、孤独な彼がヒロインへ依存するのも当然だろう。人生で初めて現れた、孤独を埋めてくれる人間。他の者達のように、妾の子と馬鹿にする事も無く、一心に頼って笑顔を向けてくれる、可愛らしい女の子。病むくらい好きになってしまうだろうな、これは。


 あれ、もしかして彼、ちょっと良いのでは?


 エディは下から数えた方が早いくらいの成績だったが、シライヤは成績トップ。


 エディは努力を知らない人間だったが、シライヤは常に己を高める努力を怠らない。


 エディは優柔不断で、可愛い女の子には全て良い顔をするようなヤツだが、シライヤは一人の相手に病む程の執着を見せる。つまり一途である。


 シライヤに婚約者はいないし、三男で妾の子な彼は継ぐ爵位も無い。


 ヤンデレキャラになってしまうのは、ヒロインの行動に大半の原因があった。利用するだけ利用しておいて、突然ポイ捨てという扱いだったのだから。彼の心のケアを行いながら最後まで大切に扱えば、彼は妻を一途に愛し共に高め合いながら支えてくれる、理想的な夫になってくれるだろう。


 何より、ヒロインとのハッピーエンドルートが無いキャラというのが最高だ。


 しかし推測ばかり並べ立てても、エディの時のように相手を見誤ってしまう。とりあえずもう少し何か話をして、彼の人間性を確かめなければ。


「これも何かの縁ですし、少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか。常にトップの成績を維持していらっしゃるブルック公爵令息様と、一度お話しできたらと思っていたのです」


「…え?……俺と、……話」


 シライヤは急に狼狽えた顔を見せる。そんな事を言われるとは、思ってもいなかったのだろう。先程の不機嫌な顔とはまったく様子が違って、なんだか愛らしい。


「ご迷惑でしたら、すぐに去りますわ」


「…ぁっ、いや、迷惑では無い」


 彼は慌てたように立ち上がった。人との会話に飢えていたのだろうか?私が去ってしまう事を怯えるように、弱々しい視線を向けられながら言われた。


 そんな彼の哀れな姿に、胸がギュウと締め付けられる。これは庇護欲なのだろうか……。


「では是非、お話を。ここにはベンチもありませんし、お隣に腰掛けても?」


「あぁ…、いや、待ってくれ」


 そう言って、シライヤはすぐに上着を脱いだ。パタパタと軽くホコリをはたくようにして、躊躇なく裏口の階段に敷いてくれる。なんて紳士的なのだろうか。これがエディだったら、何もせずにただ笑って「いいよ」と言うだけだったろう。いやいや、彼とはもう比べまい。エディとは関わらないと決めたのだから。


「ご親切にありがとうございます。お心遣いを頂戴して、失礼いたしますね」


 ここは遠慮せずに、素直に親切を受けるべきだろう。制服の上に腰掛けながら、この制服を洗って返す事を考えるが、シライヤは替えの制服を買い与えられているだろうか?これ一枚しか無いのであれば、持ち帰ると困らせてしまうかもしれない。


 仮にも相手は公爵令息だというのに、こんな心配をしなくてはならないなんて、やはり彼の生い立ちには同情を禁じ得ない。


「……お座りになられないのですか?」


 階段の斜め前に立つようにして、隣に座り直そうとはしないシライヤへ声をかけると、彼は困ったように視線をふらつかせた。


「未婚の男女が、近すぎるのは良くないだろう。特に、俺と…なんて。それに、貴女は新しい婚約者を探していると聞いている。人に誤解されるような事はしない方が良い」


 紳士的な上に誠実だ。そして顔が良くて、成績優秀。


「わたくしの事をご存じだったのですね。誇れない近状しかございませんので、お恥ずかしいのですが、成績トップを維持していらっしゃる優秀なブルック公爵令息様の憶えがあるのは、光栄でございます」


「そんな、俺にそこまで畏まる必要は……。いや、しかし…、そう言って貰えて、こちらこそ光栄に思う」


 ゲームをプレイしていたから、彼が今何を思っているか解ってしまう。自分の努力を、初めて人に好意的に認めて貰えて、震える程に感激しているのだ。たったこれだけの会話が、ずっと孤独だった彼にとっては、涙ぐむ程に重大な事。なんとか悟られないようにと視線を落として誤魔化しているが、灰色の瞳が少し潤んでいるのが解る。


「並大抵の努力では為し得ません。素直に尊敬いたします。わたくしも勉学には励んでいるつもりですが、上位に上がるのは難しそうですもの」


「貴女は、領地経営も共に学んでいるだろう。将来を見据えた、堅実な振る舞いの事も聞き及んでいる。勉学も次期女当主としての活躍も両立させ、充分に優秀で素晴らしい人物だと思う」


 驚いた。女が当主など生意気だと言われる事の方が多い中で、こんなにも自然に私の努力を尊重してくれる男性は、平民はともかく、貴族の中ではとても少ない。こちらの方が、感激してしまうではないか。


「あ、ありがとうございます」


 なんだか照れてしまって、返す言葉が震えてしまったかもしれない。彼の頬もうっすらと赤いが、私も顔が熱い。二人して顔を赤くしてしまっているのだろうか。


「えっと、ブルック公爵令息様の銀髪は、本当にお綺麗ですね。木漏れ日が反射して、先程はつい目を奪われてしまったのです」


 むず痒いような空気を払いたくて、とっさに話題を変えてみたのだが、途端に彼は眉を寄せて私を見返した。


「……この髪。貴女は不快に感じていたのでは」


「え?どういう事でしょうか?不快に思った事はありませんが」


「……俺が貴女の婚約者候補から外された時、老人のような白髪が不気味だから……と…」


「えぇ!?婚約者候補から外れるとは!?釣書には全て目を通しておりますが、ブルック公爵令息様からの釣書は無かったように思うのですが…っ」


 両親が意図的に隠していたのだろうか?そんな事をする人達には思えないのだが、これはどういう事だろうか。


「あぁ、いや、最近の話では無く、貴女が10歳の時の話だ。俺は候補にも上がれず、その後エディ・ドリス伯爵令息が、貴女の婚約者に決まった」


「あっ、なるほど、最初の婚約の時の話でしたか」


 あの時は、エディの穏やかな性格に惚れて、他の令息を充分に検討しなかった所があった。まだ幼かったし、仕方ないだろう。だが、それにしても。


「いえ、しかし、シライヤ・ブルック公爵令息様の髪を不快に思った事は一度もありません。そのように申し上げた事も無いと、誓って言えます」


「そうか……。兄達に聞いたのだが、きっと冗談を言われたのだろう。おかしな事を言ってすまない」


 くっ……、彼が屋敷でどんな扱いを受けているか、今ので察してしまい胸が痛い。


 銀髪は母親譲りの物で、公爵家では毛色が違う事を揶揄されているという設定が、確かにあったなと思い出した。


「綺麗ですよ。とても。わたくしはブルック公爵令息様の銀髪を好ましく感じます。それに、白髪も好きです。父や母の髪にも少し白髪が交じるようになってきましたが、差し色のように入る白髪はお洒落に感じますし。もし本当にブルック公爵令息様の銀髪に白髪が交じるようになっても、それはきっととても魅力的なおじさまになられる予感がいたしますわ」


 嘘の一つも無く正直に伝えると、シライヤはキュッと口を引き結んで眩しそうに目を細め、私を見つめた。先程よりもずっと頬を赤らめて、呼吸を整えるようにしてからやっと絞り出したように言葉を紡ぐ。


「ありがとう……」


 彼はとても……可愛い。





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