第19話 アリシア、人生の大きな選択を見守る2
「エイミーン。私の想いはあの時とまったく変わっていません。ですが……スレッドリー殿下のそばにお仕えし、殿下を支え続けることもまた、私の生涯の役割なのです」
そう言ってから、口元だけ小さく笑い、ゆっくりと瞬きをした。
とても悲しい笑顔……。
覚悟が決まった、そんな微笑みだった。
ラッシュさん……とても義理堅い人……。
でも今は、スレッドリーのことは良いでしょうよ……。自分のことを考えてほしいです……。
スレッドリーは十分立派に育ったよ。ラッシュさんのおかげでね。あのクソガキみたいなどうしようもない金持ちのボンボンから、それなりに王子っぽくなったと思うよ。まだまだちょっと頼りないところはあるけれどね。
「ですから私は――」
「ラッシュ!」
スレッドリーが大声をあげ、ラッシュさんの言葉を制止する。
「聴け、ラッシュ! 今この時をもち、俺の世話役の任を解く。同時に王国聖騎士の称号もはく奪する。たった今から、お前はただのラッシュ=ヴォルスカルドだ。いいな⁉」
「殿下……私は……」
「おい、ただのラッシュ! 第2王子の俺に気やすく話しかけるな。平民風情が、立場をわきまえろ! どこの馬の骨とも知らん女を連れて、早々に立ち去れ!」
スレッドリーは吐き捨てるように怒鳴ると、ラッシュさんに背中を向ける。
スレッドリー、あなたって人は……。ホントに……。
「アリシア、先を急ごう。俺たちは国家の大使として、大切な任務中のはずだろう。ただの平民どもの懺悔に付き合っている時間はないぞ」
スレッドリーは足早に馬車のほうへと向かう。
「殿下……ありがとう……ございます……。お世話に……なり……ました」
男泣き。
今度はエイミーンさんがラッシュさんの背中を擦る番だった。
スレッドリーの足がピタリと止まる。
「ああ、今までありがとう。ずいぶん苦労を掛けたな。……俺はもう大丈夫だ」
ぼそりと呟く。
それから再びこちらに向かって戻ってきた。
でも、決してラッシュさんと目を合わせようとはしない。
エイミーンさんのほうに近寄ると、懐から皮袋のようなものを取り出して強引に握らせる。
「で、殿下? これは?」
「祝いだ。これから祝言を上げるのだろう。俺たちは大事な任務中で参列することはできないからな。先に渡しておく」
エイミーンさんは不思議そうな顔をしながら、受け取った皮袋の口を開けて中を覗き込んだ。すぐに驚きの表情に変わる。
「こ、こんな大金……」
「それが大金か? さあな、俺は常識のない王子だからな。その金貨がどれほどの価値を持っているかなんてわからん。金なんて父上に頼めばいくらでももらえるからな」
スレッドリーは「ハハハ」と笑い、ひらひらと手を振った。
気にするな、と。
「祝言や償いの費用に足りなかったらいつでも連絡してこい。……ああ、落ち着いたら……必ず連絡してこいよな……」
スレッドリーはエイミーンさんから視線を外すと、再び馬車のほうに向かって歩き出す。
エヴァちゃんお願い。
2人にサポート端末をつけてあげて。
≪お任せください。おはようからおやすみまで、お2人の健康と安全を守ります。必要とあらば暗殺集団の解体、各種訴訟への対応、懸賞金の取り消し申請もお手伝いします≫
ありがとう。
何かあったらすぐにこっちにも連絡が来るようにお願いね。
≪Yes, My Lady.≫
「ラッシュ様、長きに渡り大変お世話になりました。後のことは……私たちにお任せください」
ラダリィが腰を折り、深く深く頭を下げる。
「ラダリィ殿。ありがとう……ございます。殿下のこと、くれぐれも……くれぐれもよろしくお願いいたします……」
思えばこの2人、立場は違えどスレッドリーのことを補佐するためにいつも連携を取っていた気がするね。短い挨拶の言葉の中に、いろいろなものが詰まっているのを感じて……ちょっと涙が。
「アリシアさん……」
ナタヌがハンカチを渡してくれる。
ありがと……。
「ラッシュさん! エイミーンさん! 短い間でしたけど、とてもとてもお世話になりました! 私、殿下と一緒にアリシアさんを支えていきますから! 一生です!」
「ナタヌ様……ありがとうございます……。いつまでも殿下の良きライバルでいてあげてください……」
ナタヌの明るい宣言に、再びラッシュさんが涙する。
そうだよ、ラッシュさん。
わたしもいるし、ナタヌもいる。
スレッドリーのそばにいるのは、もうラダリィだけじゃないんだから。
わたしたちに任せても大丈夫なんだよ。
「ラッシュさん、エイミーンさん。……おしあわせに」
肩を寄せ合う2人を残し、わたしたちは馬車に乗り込んだ。
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