第20話 アリシア、先を越される

 旅の仲間が、大切な家族が行ってしまった。

 それでもわたしたちは『ダーマス』に向かって走りださなければいけない。


 なぜなら、国の未来を背負っているから。

 

 客車に座るスレッドリー、それにラダリィも、ナタヌも無言。

 それぞれが視線を交わすこともなく、下を向いたままだ。


「ねぇ、スレッドリー……ホントに良かったの?」


 御者席で馬車を操作しながら、後ろの客車に向かって呼びかけてみる。


「ああ」


 短い返事。

 

「そっか……。淋しくなるね」


「ああ」


 そこで会話が途切れる。

 こんな時、気の利いた言葉の1つでもかけられたら良かったのにな……。


 まるで兄弟のように仲の良かったスレッドリーとラッシュさん。

 王子とその世話役を超えた信頼関係で結ばれていたように見えていた。


 だからなのかな。

 最後、ラッシュさんはきっとつらい決断を口にしようとしていたね。

 エイミーンさんの記憶を消すことなんて、とてもじゃないけれど了承できないだろうし、かといってスレッドリーのそばを離れるなんてありえない。そのままエイミーンさんを連れて行くこともできない。


 どっちも立てる。

 つまり、記憶も消さないでエイミーンさんだけが逃亡生活を送る。

 エイミーンさんに隠れ家を用意して、自分はこれまで通り王宮勤めをしつつ、エイミーンさんの世話もする。

 

 ラッシュさんが採ろうとしていた選択は、きっとそういうものだったんじゃないかなって思うの。


 だけど、スレッドリーはそれを許さなかった。

 ラッシュさんのことを理解していたからこそ、その結論を口にさせなかったんだと思う。


 どっちも大事にしようとしたら、きっとどっちもおろそかになっちゃう。きっと2人がホントにしあわせになるには、あれしかなかったんだよね。

 大好きなラッシュさんと別れることになったとしても、スレッドリーは迷わずそれを選択した。


 すごくかっこ良かったよ。

 

 って伝えたいけど、恥ずかしい……。


≪ヘタレ≫


 うっさい!

 こ、こういうのにはタイミングがあるの!

 みんなが見ているし、あとでどこかでこっそり言うの!


≪ふっ≫


 鼻で笑うな! 鼻ないくせに!

 

≪好きなら好きとはっきり言わないと、気持ちは伝わりませんよ≫


 そういうのじゃなくて!

「あの決断はかっこ良かった」って伝えたいだけなの!


≪ふ~ん≫


 もういい!

 わたし忙しいから黙ってて!


≪私は何も言っていませんが≫


 だったらさ、隣にいるのにナイショ通信してくるのやめて!


≪はいはい。ヘタレお姫様≫


 くぅ……。

 何も言い返せない……。


「あ~、私、なんだか喉が渇いたな~~~~~」


 急にナタヌが大声をあげる。

 思わず客車のほうを振り返ると、ナタヌが背伸びしながら立ち上がったところだった。


「2人とも、レモンスカッシュ飲みますか? 自分で飲むついでだから入れますよ~!」


 保冷庫からボトルを取り出して、3人分のコップにレモンスカッシュを注いでいく。ストローを挿してから、順番に手渡していく。


「はい、ラダリィさん!」


「ありがとうございます。いただきます」


「はい、殿下!」


「あ、ああ。ありがとう」


 少し遠慮がちに、2人ともコップを受け取る。


「それと殿下!」


 ナタヌが睨みつけるようにスレッドリーに顔を近づける。


「な、なんだ?」


 若干引き気味のスレッドリー。

 ナタヌ……今はちょっとやさしくしてあげてほしいっていうか、そっとしておいてあげてほしいっていうか……。


「さっきのあれ!」


「あれ?」


「ラッシュさんとエイミーンさんの!」


「あ、ああ……」


「私、殿下のこと、見直しました! やる時はやるんですね! けっこうかっこ良かったです! 以上です!」


 顔を真っ赤にしたナタヌが、レモンスカッシュをストローで一気に吸い上げる。


 ちょちょちょ、ナタヌさん⁉

 それ、わたしがあとで言おうと思っていたやつー!


≪タイミング?≫


 そう、タイミングー!

 まさかナタヌに先を越されるなんてー!


「あ、ああ……。あれで良かったのか……まだわからないな……」


「良かったに決まってるじゃないですか! 殿下のおかげで2人ともしあわせになれますよ!」


「そうですよ、殿下。あの決断には、このラダリィも見直しました。王族としても、ラッシュ様の親しい友人としても、大変ご立派な決断だったと思います」


 ラダリィが微笑む。


「そうか。それは良かった……。強引すぎなかったか、ラッシュが望んでいないことを押しつけていないか不安だったんだ……」


 少し照れ臭そうにしながら、スレッドリーが自分の二の腕を擦る。


「ラッシュ様のしあわせそうな顔を見て、わからなかったのですか? さすが鈍感王子ですね」


 からかうようないつもの口調だ。

 でも相変わらず微笑んだままだった。


「ああ、俺は……鈍感だからな。人の気持ちがわからない。誰かに指図したり、上に立つような人間ではないんだよ」


「ええ、そうですね。殿下は鈍感です。ですが、人の気持ちを踏みにじったりするような方ではないということを、このラダリィは知っています」


「……ありがとう」


 え、ええ……。

 ナタヌもラダリィもどうしちゃったの⁉

 スレッドリーへの好感度が爆上がり⁉


≪お2人の殿下に対する恋愛ポイントが50上昇したことを確認しました≫


 やだー!

 そういうのやだー!


 パーティー内恋愛禁止だからっ!

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