第18話 アリシア、人生の大きな選択を見守る

≪エイミーンさん。あなたは直接的にはただの一度も暗殺を行ったことがないのではないですか?≫


「えっ、そうなの⁉ エヴァちゃん、それマジ情報?」


 11年も所属していて一度も暗殺をしたことないなんてある⁉

 懸賞金が掛かっているっていうから、てっきりめちゃくちゃ暗殺しまくっている主力のメンバーなのかと思っていたけど⁉


≪エイミーンさんは、立ち位置としては暗殺者見習いですね。実質的にはほとんど雑用係のようなものでしょうか?≫


「あ、ああ……たしかにな……。私は雑用係のような扱いを受けていた」


 なんで?

 11年も所属しているのに?

 組織内いじめ?


「我々の組織は主に夜に活動をしていて、ターゲットの寝込みを襲うんだが……」


「だが?」


 別にまあ、世間一般でいうところの暗殺集団の活動っぽいですけども?


「私は……その……夜がとても弱くて……。いつも待機時間中に寝てしまって……その……なんだ……」


 だんだんと言葉が尻すぼみになっていく。


 暗殺したことがない理由ってそれ⁉

 夜寝ちゃうからなの⁉

 災害の時のトラウマで足がすくんじゃうとか、ビビって人を刺せないとか、ホントは人殺しをしたくないからとか、そういうのじゃなくて⁉


「私だって努力はした。何度もボスに直訴したんだが、頭の固いわからずやでな……。暗殺者は昼間には普通の人間の振りをして街に溶け込め。昼間に暗殺してはいけないと……」


 努力の方向性ェ……。

 えっと……暗殺集団なのにちゃんとルールがあってえらいね? ボスも普通に組織長としての振る舞いができているし、ただの殺人狂の集まりってわけじゃないんだ。……くらいの感想しか持てないけど?


「たしかに私は暗殺者を名乗りながらも、まだこの手で人を殺したことはない。しかしな……そんなことは関係ない。私は常に仲間のサポートをしていた。直接的ではないにせよ、多くの人々をこの手にかけたのと同じことだ……。私は罪人だ……」


 まあ、それは……そう……でしょうね。

 暗殺集団に所属していたなら当然、連帯責任はある。直接手を下していなければ無罪放免ってことにはならないよね。懸賞金が掛かっているというのはそういうことなわけだし。


「ですが今、ここでそれを懺悔されても、手にかけた方々が戻ってくるわけではありません。エイミーン様、今考えなければいけないのは『今後どうするか』でございます」


 ラダリィが震え続けるエイミーンさんの背中を撫でる。


「そ、そうですよ! アリシアさんが案を出してくれましたし、エイミーンさんはどうしたいですか?」


 ラダリィに同調するように、ナタヌが声をかけた。


 そう。

 結局のところエイミーンさんがどうしたいかだからね。

 それと、ラッシュさんがどうしたいか、ね。

 2人で決めるしかないと思う。


 ラッシュさんはわたしたちの仲間。そのラッシュさんの家族なら、エイミーンさんもわたしたちの仲間だよ。過去がどうとか、罪がどうとか、そんなことよりも、わたしは家族のしあわせを願ってる。


 わたしは……知らない誰かより、身近な人の笑顔を守りたい……。


「お兄ちゃん……私は罪を償いたいよ。でも……どうしたら……」


 エイミーンさんがラッシュさんの手を握り返す。その手は相変わらず震えたままだ。


 人生の大きな選択――。


 1. このままギルドに出頭して死刑、または終身刑になる。

 2. 記憶を失い、顔を変えて別人として新たな人生を歩む。

 3. 記憶を残したまま、どこかで逃亡生活を送る。


 もちろんこれ以外の選択をしても良いと思う。

 でもね、何かを犠牲にしなければ、暗殺者家業は抜けられないわけで……。


「エイミーン。あの時私は、家族を失ったあなたとともに生きる、あなたの家族になることを約束しました。長い間その記憶は封じられていましたが、今は取り戻せた。そして私の想いはあの時とまったく変わっていません」


「ラッシュ……」


 エイミーンさんが明るくなる。

 期待を込めた目で、ラッシュさんを見つめていた。


「ですが、スレッドリー殿下のそばにお仕えし、殿下を支え続けることもまた、私の生涯の役割なのです……」


 そう言ってから、口元だけ小さく笑い、ゆっくりと瞬きをした。


 とても悲しい笑顔……。

 覚悟が決まった、そんな微笑みだった。

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