第31話 アリシア、孤児院を後にし、エヴァちゃんとラダリィを迎えに行く

 オーナーとエルザさんに案内してもらい、オーナーの奥様が眠る墓地を訪れた後、再び孤児院へと戻ってきた。


 道中、いろいろ話をした。

 わたしたちのこと。

 ナタヌのこと。

 そして、孤児院の経営のこと。

 

 とても若いけれどエルザさんは有能な人で、もう今は完全にエルザさんが仕切っているらしい。書類上の事業譲渡の手続きもほとんど完了しているとか。つまり、この先何かがあっても……孤児院は存続できる。

 設備の大型改修なんかの予定も立てたいというような話をしていたので、計画書を作成して送ってもらうように話はつけた。さすがに何も見ずに資金援助はできないもんね。そこはちゃんとしておきたい!



「それではわたしたちはこれで失礼しますね」


 だいぶ長いこと話しこんでしまったし、そろそろエヴァちゃんとラダリィを回収しに行かないと。オーナーも外出して疲れただろうし、休ませてあげないとね。


「パパ。今日は会えてうれしかった……」


「ナタヌ、私もだよ。本当に立派になって……」


 ナタヌとオーナーは2人とも泣きながらハグをしている。

 もしかしたらこれで最期になるかもしれない……。口には出さないけれど、お互いにそれを意識しているような、そんな別れの挨拶だった。


 寿命。

 家族からしたら、そんな言葉では到底片づけられない。

 1日でも長く元気に過ごしてほしい。

 そう願うのは当たり前のことだと思う。

 わたしだって家族が、そしてこれまで関わった人全員が、ずっとずっと健康で長生きしてほしいって願っているもの。


 でも、自然の摂理がそれを許さない。

 生き物には寿命がある。寿命はそれぞれの種に依存するものの、どんな生き物でも等しくいつかは死ぬ。


 わたしはまだ自分の寿命を意識するような年齢ではないけれど、オーナーのことを考えたり、ママのことや親方やスーズさんやソフィーさんのことを想うと心臓の辺りがキュッと締め付けられるような感覚に陥るんだよね……。 


 わたしの『創作』スキルでは生き物の寿命をどうにかすることはできない。いくら肉体を強化したとしても、自然の摂理に合わせて失われていくものを繋ぎ止めることはできそうにない。

 たとえばエヴァちゃんの肉体のように、人工物で代用することはできると思う。だけど、人間の『構造把握』を進めていく中でわかってきたのが、人間は肉体を強化したり人工物に入れ替えたりしただけでは、寿命以上に生き永らえることはできない、という事実だ。


 魂が崩れていく。

 

 そう表現するのがわかりやすいかもしれないね。

 それぞれの種に深く刻まれたある一定の年齢を超えてくると、少しずつ自我が崩壊していく。いかに肉体を若く保とうとも、その人がその人でいられる時間は決まっているということなんだと思う。ズルは許されない。


 じゃあ、ノーアさんはどうなっているの?


 という疑問に、わたしが今答えられることは1つもない。

 スキルレベルが足りないのか、それとも別の要因かはわからないけれど、前に会った時には、何の『構造把握』もできなかった。きっと今回もその結果は同じなんじゃないかなと予想している。

 それだけノーアさん――『賢者の石』というのは異質な存在なのだと思う。


 やはり人ではない。

 そう認識しておくのが良さそうだろうね。


「アリシアさん、行きましょう」


 目を真っ赤に腫らしたナタヌが、わたしの手を取る。


「いいの?」


「はい。もう、大丈夫です……」


 何が、とは尋ねない。わたしは小さく頷くだけにする。

 オーナーとエルザさんに深く一礼をしてから、その場を後にした。


 

 わたしとナタヌは手を繋いで連れ立って歩く。

 だけどそこに会話はない。


 わたしには、肉親と今生の別れを告げ合ったナタヌに、話しかける言葉を持っていなかった。かけてあげられる言葉が何も思い浮かばなかった。


 だから、ギュッと強く手を握りしめる。


 あなたの家族はわたしだよ、と。



* * *


≪アリシア、そろそろよろしいでしょうか≫


 無言のまま歩き続けていると、エヴァちゃんから通信が入る。どうやらタイミングを見計らっていたようだね。


 うん、よろしいよ。こっちは無事終わった、かな。

 そっちはどう? 楽しんでいる?


 孤児院に向かう途中の大通りに、エヴァちゃんとラダリィを置いてきたわけで。

 2人には暇つぶしに「ストリートパフォーマンスでもして、お金稼ぎしておいてね」と伝えておいたんだけど。


≪大変な賑わいで少々困っています≫


 そうなんだ?

 うまく人が集まったってことかな?


≪はい。空き缶1つでは足りず、伝説の宝箱を設置したのですが、それが金銀財宝で満杯になるほどの盛況ぶりでして≫


 ウソだー。平民街でそんなことある?


≪失礼、盛りました≫


 すぐそうやって見栄を張るんだから。


≪ですが、私の空き缶はなんとか銀貨でいっぱいになりました≫


 OKOK。よくがんばったねー。

 ラダリィのほうはどう? ちゃんとパフォーマンスしていた? 恥ずかしがって何もしなかったんじゃないの?


≪最初はそうでしたね。ですが、1人、2人とお客様が足をお止めなると、ラダリィさんも覚悟を決めたのか、練習したダンスを披露なさるようになりまして≫


 おお、いいじゃないのー!

 それで、お客さんたちにはウケたの?


≪はい……空き缶いっぱいの連絡先が……≫


 またそのパターン⁉

 連絡先じゃない! 金をよこせってちゃんと言わなきゃ!


 まったく。

 ラダリィの男ホイホイ振りには困ったもんだよ!

 説教しなきゃ!



 くやしいっ!

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