第30話 アリシア、ナタヌを見守る

「まったく、みんなしてわたしをいじって遊ぶんだから……」


 何が『伝説の幼女様』よ。

 た、たしかにあの時は……ちょっとばっかし調子に乗ってワイバーン軍団をやっつけたりしたかもしれないけどさー。あとはお金もあったし、ナタヌっていう逸材も見つけたし。でも、ちょっとだけ出資するって言っただけなのに? 実際には代わりに出資してくれていたのはマーちゃんとソフィーさんなのに?


「ですが、アリシアさん。私たちは本当にあなたに命を救われたのですよ」


 オーナーの口角がゆっくりと上がり、その頬に深くしわが刻まれる。年をお召しになりましたけれど、たしかにあの時よりは少しふっくらしていて健康そうに見える。あの時は、子どもたちを食べさせるのに必死で、オーナーと奥様はほとんど何も口にしていなかったように見えたし……。


「そうだ。子どもたちはどこですか? 顔を見ておきたいなー。ね、ナタヌ?」


「は、はい!」


 話だけじゃなくてホントに元気にやっているってところを見たいな。ナタヌの知っている子はいるかなー?


「今はちょうど食事中でして、全員食堂におります。ご案内しますね」


 と、エルザさんがオーナーの車イスを移動させ始める。


「よろしくお願いしまーす」


 どんなものを食べているのかなー。

 食事が改善されたって言っていたから、蒸かし芋みたいな料理だけってことはないはず?



* * *


 わたしたちが食堂に入ると、それまで食事をしていた10人ほどの子どもたちの視線がこちらに集まってくるのを感じた。


「みなさ~ん、お客様ですよ。ご挨拶してください」


「「「こんにちは~。ようこそいらっしゃいました~」」」


 おそらく10歳を超えているだろうと思われる男女3人の子たちが、立ち上がってわたしたちに向かって頭を下げた。小さい子たちはそれを見てポカンとしている。


「こんにちはー。アリシアと言います」


「こ、こんにちは! ナタヌです!」


 うーん、どうかな?

 やっぱりナタヌの知っている子はいないか……。


「はい、よくご挨拶できましたね。みなさん、食事を続けて大丈夫ですよ~」


 エルザさんがポンと手を叩くと、全員目の前の食事に戻っていく。


「ちゃんとしていますね。食事中に挨拶ができるなんて、余裕がある証拠です。安心しましたよー」


 毎日の食べるものにも困るような状況なら、我先にと食事の奪い合いが起きていてもおかしくない。ここではそんなことが起きていないし、みんなゆっくり噛んで食事を楽しんでいる、そんな様子が見て取れる。


「豆のスープに黒パン。それとサラダですね。野菜も新鮮そうだー」


 肉がないのはちょっとかわいそうだけど、ちゃんとしたものを食べているね。あとで厨房のほうに『グレンダン』で仕入れた熟成肉を差し入れておこうかなー。


「毎日食事にありつけるのもアリシアさんのおかげです。本当にありがとう」


 だからオーナー! いちいち頭を下げないでくださいって! そういうつもりで言ったわけじゃないですからね⁉


「えっと……今はここにいる10人で全員ですか? 今は赤ちゃんはいないっぽいですね」


「現在はこの10人ともう1人を保護しています。乳児が1人いまして、別室で過ごしています」


「なるほどー」


 やっぱり赤ちゃんがいるんだ。

 乳児で孤児かー。それぞれ事情があるのはわかるんだけど、6年経っても改善しない問題なのね……。


「みなさん、そのまま食事をしながらでけっこうですので、私の話を聞いてください」


 オーナーがゆっくりと口を開いた。

 温かみがあり、よく通る声。子どもたちは食事をする手を止め、オーナーの声に耳を傾けている様子がわかる。


「今日ここにきてくれたナタヌさんはね、実は6年前までこの孤児院にいました。みなさんと同じです」


 オーナーの言葉に、ナタヌの体がビクッと反応し、背筋が伸びる。


「ナタヌさんはとっても働き者でね、小さな子たちのお世話をよくしてくれていました。この間卒業していったマヌエルさんやリンドルさんは、ナタヌさんに育ててもらったようなものですよ」


「え~、すげ~!」


「ナタヌお姉ちゃんだ!」


「お姉ちゃん遊んで~」


 ナタヌはあっという間に子どもたち囲まれてしまう。子どもたちはみんな目を輝かせていた。


「えっと、えっと……」


「ねぇねぇ~、お姉ちゃんはあの凶暴女より強いの?」


 1人の男の子がナタヌの手を引っ張る。


「凶暴女⁉」


「マヌエルお姉ちゃんだよ。ちょっといたずらするだけですぐにゲンコツしてくるから凶暴女!」


「それはカロンが悪いんでしょ! マヌエルお姉ちゃんはカエルが苦手なの知っててベッドの上に逃がしたりするから!」


「ふふ。マヌエルはまだカエルが苦手なの? いくつになっても変わらないね」


 ナタヌが笑う。


「苦手苦手! こんな小っちゃいやつでも気絶しちゃうし」


「昔から変わらないのね~。たしかトカゲもダメだよね」


「トカゲは大丈夫になったって言ってた!」


「そうなの⁉ 昔は部屋にトカゲが出たら震えあがっていたのに」


「よく焼くとうまいから平気になったって!」


 ナタヌと子どもたちは、卒業生という共通項を通じて完全に仲良くなったみたい。



「ナタヌさんはどうですか? 元気にやれていますか?」


 オーナーが話しかけてくる。


「ええ、とても。見ての通りですよ。今のナタヌは冒険者としても、お店の取りまとめ役としてもちょっとしたものですよ」


 大丈夫です、安心してください。

 あなたの娘は立派に生きていますよ。

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