第29話 アリシア、伝説の幼女様として崇められる

 オーナーの執務室に通される。

 ここが応接室と兼用になっているんだったね。そういえば前回来た時もそうだった。ちょっと懐かしい。


「こちらでお待ちいただけますか。オーナーはすぐに参りますので」


 かなり年季の入った木のテーブル、そして硬い木のイス。

 6年ほど前にわたしがソフィーさんたちと訪れた時からぜんぜん変わっていない。あれから買い替えたりはしていないのかな。


「この部屋、ぜんぜん変わってないね」


「はい……懐かしいです」


「わたしもちょっと懐かしいよ。ナタヌと初めて出逢った場所だもん」


「私の人生を変えた1日でした……」


 表現が大げさ!

 まあでも……あながち誇張でもないかー。


「あの時は栄養失調寸前でガリガリ娘だったよねー。今ではこんなにやわらか娘なのにー」


 身を乗り出して、ナタヌのほっぺたをプニプニする。


「ガリガリってそんな……。でも、はい。あの時、アリシアさんのくださった食べ物を口にして、初めて料理というものを食べた気がしました」


 うっとりした表情。

 蒸かし芋が贅沢品だったナタヌにレモンスカッシュやスイーツの数々を与えまくったのは、ちょっとやりすぎちゃった感はあったかなーと思うけど、そのおかげで今があるってことで良いんだよね!


「餌付け成功しちゃったね」


「餌付けされちゃいました!」


 2人で笑い合う。

 

「とても賑やかだね。ナタヌ、元気にしていたかい?」


 振り返ると、執務室の入り口には車イスに乗ったオーナーがいた。

 エルザさんが車イスを押し、ゆっくりと中に入ってくる。木製の車輪が床と擦れてギシギシと音を立てる。


「パパ!」


 ナタヌがイスを倒して立ち上がり、オーナーのもとに駆け寄った。


「よく来たね。元気そうで何よりだ」


 ナタヌがしゃがみ込んで首に抱きつく。オーナーは震える手で頭を撫でていた。


「パパも元気……車イス……足が悪いの?」


 ナタヌがオーナーの足を何度も擦る。


「私ももう年だからね。仕方ないんだよ」


 静かに微笑む。

 でもどこか少し淋しそう……。


「私の『ハイヒール』をかけたら治る?」


「ありがとう。でもおそらくそれは無理なんだ」


 オーナーが小さく首を振った。


「でもやってみないと!」


 と、ナタヌが立て掛けていた杖を手に取った。


「ナタヌ」


 わたしは少し大きめの声を出し、ナタヌを制止する。


「でも!」


「ナタヌ。オーナーはケガをしているわけじゃないから」


 そう、『構造把握』で見ても、どこも悪いところはない。

 むしろ年齢のわりにはかなり健康体といっても良いかもしれないね。


 でも……もうオーナーは、自分の意思で自分の体をほとんど動かせない状態だった。全身の筋肉は衰えている。とくに内臓の機能衰えは厳しい状態だった。ボケたりしていなくて、しっかり受け答えできているのが逆に奇跡みたいなものかもしれない。そんな状態だった。


「アリシアさん、ありがとう」


 オーナーがゆっくりとした動作で頭を下げてくる。


「わたしは何も……」


 いろいろな手配をしてくれたのは、マーちゃん、そしてソフィーさんですから。


「私たちを生かしてくれてありがとう。ナタヌをこんなに立派に育ててくれてありがとう」


 オーナーはなかなか頭を上げなかった。


「アリシアさん、私からもありがとうございます」


 ナタヌもそれに倣い、わたしに向かって深く頭を下げた。


「そういうのやめましょうよー。前にも言いましたけど、わたしはやりたいことをやっているだけなので、たまたまそれが良い感じにこの孤児院にはまっただけですから、そういうのは言わないでいきましょう! みんな元気! それで良いじゃないですか!」


 いきなり泣かせにかかるのはずるいですって……。

 わたしは人に頭を下げて感謝されるような聖人じゃないです……。


「アリシアさん、ホントにありがとうございます! アリシアさんのおかげでみんな救われました!」


「おおげさな。……あ、そうだ、オーナー! ここの経営状態はどうですか? みんなたくさん食べて、栄養足りていますか?」


 話題を変えないとホントに泣いちゃうって……。


「おかげさまで食糧問題は改善いたしました。お給料もたくさん支払うことができ、有能な職員の数も増やすことができました。ぜひ子どもたちを見てやってください。ふっくら元気に過ごせていますよ」


 オーナーが後ろに立つエルザさんに何やら耳打ちをする。するとエルザさんが目を見開き、わたしのほうを見てきた。


「こ、このお方が、あの『伝説の幼女様』⁉」


 ちょっとー! その『伝説の幼女様』ってなんなの⁉ わたしのこと⁉


「女神様が遣わしたという『伝説の幼女様』でしたか! そうとは知らず、ご無礼の数々をどうかお許しください」


 エルザさんが膝をついて祈りを捧げるポーズを……。


「ちょっとちょっと! 話が大きくなりすぎですって! 何その『伝説の幼女様』って! わたし、そんな人じゃないですから! 頭を上げてくださいって!」


 祈られたら困りますって!


「ふふ。『伝説の幼女様』ですって。アリシアさん、『暴君幼女』だけじゃなくて、二つ名がいっぱいあるんですね!」

 

「あ、ナタヌー! 他人事だと思って笑ったな⁉」


「わ~、『伝説の暴君幼女様』が怒った~! 世界が滅びちゃいます~!」


 全部混ざった⁉

 それにわたしは世界を滅ぼさないからね⁉

 なんでみんな魔王にしたがるのよ!

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