第25話 アリシア、イニーシャ様の無事を願う

『繰り返しになるが調印式は3日後に行われる。ここ「ダーマス」から西へ10kmほど進んだ場所に特別な施設を建造してある』


「特別な施設ですか。調印式のためにわざわざ?」


『そうだ。前回の異空間事故を踏まえての措置だ。仮にそんな事故が「ダーマス」の街中で起こったらどうなるか』


 まあ、控えめに言っても大災害、ですね……。もう巻き込まれたくないなー。でも街の人たちを巻き込むのはもっとまずいですね。

 でも――。


「異空間なんて展開しなければそんな事態にならないんじゃないの……」


 事故とは言っても、あれは完全にヤンス(殿)たちのせいでしょ。


『彼らの唯一の移動手段だからな。我々にそれを止めることはできないよ』


「移動手段ですか……」


 肉体を持たないから、歩いたり走ったりできないってこと?

 毎回空間移動しているの?

 いつもそんなことしているんだとしたら、もっと巻き込まれている人がたくさんいてもおかしくな……えっ、もしかしてそういうこと⁉


『あの異空間の中で見かけた魂たちな……』


「あの魂ちゃんたちって、事故に巻き込まれた人たちってことですか⁉」


『否定はしない。しかし、本来であればすぐに元の空間に戻されるものだそうだよ。迷い込んでしまう者たちは少なくないのだから、その辺りの手順は確立しているようだった』


「ん、じゃあ、あの異空間にたくさんの魂ちゃんたちがいたのはなんで?」


『彼らが望んだ場合、あそこに留まることを許しているそうだよ』


 望んだ場合って……。

 異空間に住みたい、異空間で一生を終えたい。そんな人たちがいるってこと? だからヤンス(殿)は魂ちゃんたちのことを『国民』って言ってたの?


『そういうことになるな。純粋に彼の国の住人以外にも志を共にした者たちが、殿と一緒に暮らしているようだ。あの空間では時間の概念も死の概念もないということらしい』


「年も取らないし死なない? 肉体を捨てて思念体になることで進化を遂げる、かー。ぜんぜんわからないけど、それを望む人たちも多くいるってことなんですね」


 そういえばヤンス(殿)たちには国内に対抗勢力もいるんだっけ……。

 対抗勢力って言えば――!


「イニーシャ様って無事なんですか? その後連絡は取れているんですか?」


 知恵の女神・イニーシャ様。

 スーちゃんの妹分的な女神様……らしい。まだお会いしたことはないけれど。

 妹分ってことはつまりですよ……わたしとも義理の姉妹ってことになるのかな⁉


『イニーシャとはいまだ連絡が取れていない。断絶したままだよ。ギリギリ繋がりは途切れていないが、存在がひどく希薄だ。引き続き囚われたままだと考えたほうが良いだろうな』


「それは大変……。もうけっこう長い期間ですよね」


『オレたち女神にとって時間の概念はさほど重要ではない。だから長期間囚われようと、ほんの一瞬だけ囚われようと、さほど変わりはないのさ。むしろ囚われたこと自体に問題がある』


 囚われたこと自体。

 女神としての資質、みたいなことですか?


『違う。本来概念的な存在である女神を捕らえて拘束することなどありえないことなんだよ。オレたちは肉体も精神体も持たない存在だからな』


「捕らえるという行為自体が不可能、ってことですね。なんとなくわかるようなわからないような」


 女神様は肉体も精神体も持たないって言われても、触れるしお話もできるから……んー、理解が難しいですね。


『お前たち信徒に対してわかりやすい形で顕現しているからな。ようするに、捕まえられないはずなのに捕まっているということがすでに異常事態なのだよ』


「異常事態なのはわかりましたけど、イニーシャ様が捕まっているのも事実ですもんね。何とかして救い出したいので、対抗勢力の仕業で確定なら、殿たちにも協力してもらわないと」


『おそらく女神の力が及ばない領域での戦いになる。女神を捕らえるような勢力と対抗している殿なら、何か策を持っているのかもしれない。それが今回の国交樹立を急いだ理由でもある』


 7女神のうちの1柱が欠けている状況は何とかしたいですもんね。

 今は平和だからそこまで大きな問題にはなっていないかもしれないですけど、女神様が欠けていて良いことは何もないもの。今回だってね、他国からの侵攻じゃなかったからなんとかなっているのに、これが侵略目的の侵攻だったらどうなっていたことか……。


「やっぱり調印式の最中に何か仕掛けられると思いますか?」


『それはわからないな。しかし、殿たちはそうなると予測しているようだよ』


「まあそうですよねー。対抗勢力に調印式を邪魔をされる可能性が高いだろうなー」


『あくまで可能性があるというだけだが、十分に注意したほうが良いだろう』


「注意ですか……。ナタヌの魔法とか効果あるのかな……」


 と、ナタヌのほうにチラリと視線を送ると――。


「おまかせください! すべてを吹き飛ばしてみせます!」


 大きな杖を構え、元気いっぱいだった。


 頼もしいけれど……『ターンアンデッド』は思念体に効くのかな。そもそもあれはアンデッドなの?

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