第11話 アリシア、ラッシュさんの話を聞く2
「複数名の新兵が『心の病』と診断されました。その結果、私を含む新兵全員が治療を受けることになりました。そしてその治療のせいで、私はエイミーンを迎えに行くことができなくなってしまったのです……」
治療のせいってどういうこと⁉
治療が長期間に渡ったからじゃなくて⁉
「治療の期間は4週間ほどだったと思います。その間、私たちはすべての任を解かれました。治療期間中の動きはだいたい決まっていて、午前中は投薬治療、午後は敷地内で自由行動が許されていました。みんなでうまい食事を食べ、軽い運動などをして過ごし、私たちは徐々に笑顔を取り戻していったのです」
心のリハビリ的なね?
笑顔を取り戻すには、余裕のある生活が必要か……。
「正直に申し上げると、とても楽しい時間でした。休んでいる間に、ほかの隊の新兵たちとも仲良くなりましたし、決して厳しすぎない自主トレーニングによって肉体を鍛えることもできた」
まさに休暇って感じ。
厳しい任務の後にはそういう充電期間も大事だよね。
「だんだんと救援活動の日々を、目を背けたくなるような光景や助けた人たちの顔を忘れていきました」
おや? それはどういうこと?
「忘れ……る? 私のことを……?」
エイミーンさんが声が震える。
ラッシュさんはその言葉を制止するように片手を広げ、話を続けた。
「もちろん忘れたくて忘れたわけではありません。私のことを『お兄ちゃん』と呼んでずっと後ろをついてきてくれたエイミーンのことがとても愛おしかった……」
「お兄ちゃん⁉ まさかの妹キャラ⁉」
超意外!
今クールな暗殺者ぶっているのに、10歳の時はそんなキャラだったんですか⁉
「あ、あれはラッシュのせい! 家族や村の人たちを失ってふさぎ込んでいる私に『1人で淋しいなら私が家族になろう。今日からキミのお兄ちゃんだ。私に付いてきなさい』って!」
「故郷にいる妹と重なって見えたのですよ……。ちょうど同じくらいの年齢なので」
目を細め、エイミーンさんを見つめる。
「故郷?『グレンダン』に妹さんが? 会いに行けばよかったー!」
「残念ながら妹はもう結婚してあの土地を離れています。機会があれば会ってやってください」
そっかー。
妹さんも21歳なら結婚しているよね。ご両親は……うん、あまり深く聞くのやめとこう。
「私、生まれて初めてお兄ちゃんができてうれしくて、ずっとラッシュお兄ちゃんのお手伝いをしていたんだ」
「ラッシュお兄ちゃんって呼んでたんですか! かわいいっ!」
でも今のエイミーンさんが言うと、アブナイ関係にしか聞こえないです! 義理のお兄ちゃんの後ろについていって何をする気ですか⁉
≪アリシア……それはこの空気の中、絶対に口にしないでくださいね。私まで品位を疑われるので≫
わ、わかっているって!
まったく、わたしのことを何だと思っているのよ。妄想するくらい良いでしょ!
「エイミーンは働き者でしたね。一緒に瓦礫を片づけたり、ケガしている人の包帯を取り替えたり、ご飯作ったり、いろいろした……」
「とてもよく手伝ってくれましたね。仲間たちから冷やかされるほどには一緒に行動したものです」
「ラッシュお兄ちゃん……」
見つめあっちゃって……。
美しい兄妹愛……。
でも今の雰囲気は絶対それ以上の何かがあるよね? ね⁉
≪アリシア……あなたという人は……。もちろん、2人の恋愛ポイント的にはありありのありですが≫
だよね⁉
ひさしぶりに会って、絶対気持ちが盛り上がっちゃってるでしょ!
≪ではこの辺りでキスコールしますか?≫
キース! キース! キース! キース!
いや、それこそ最低だよ⁉
「少し話がそれてしまいましたね」
そう言ってラッシュさんが、エイミーンさんの頭を撫でると、エイミーンさんも寄り添うようにラッシュさんに体を預けた。きっと昔やっていたみたいに、なのかな。
「毎日の治療の中で私たち新兵が投薬されていたのは、心の病の治療薬ではないという説明でした。ただの栄養剤と安定剤ということで、普通の精神状態の人間が飲んでも問題ないものだと」
栄養剤と安定剤ねー。
まあ、心が落ち着くのは良いことだし?
「私たちの午前中の動きはだいたい決まっていました。毎朝全員で講堂に集まり、朝食をとるのですが、その前に隣り合った席の者同士でお互いの健康状態を確認し合います。それから、全員でいつも決まった言葉を唱和するのです」
「どんな言葉を?」
「『私たちは初任務を完遂した。すべての要救助者を正しく救った。よくやった。復興は成し遂げられた』目を閉じて、これを3回唱和します」
全員で唱和? 自己啓発か何かかな?
「最初は唱和することに抵抗感がありました。大して何もできなかった自分を責めたい気持ちのほうが強かったです。それとなく確認したところ、周りの仲間たちも、みな似たような気持ちを抱えていたようでした」
たしかにね……。復興はまだまだこれからだと思うし、全員を救うことなんてできなかっただろうし、言葉だけを見ればぜんぜん正しくはないんだけど、救助に関わった兵隊さんたちにはそう思っていてほしいとは思う……。無駄だったとか、うまくやればもっと救えたのにとか、そういうことは考えないでほしい……。
「それでも命令なので朝食前に全員で毎日唱和しました。昼食、夕食、就寝前にはそれぞれ個人で唱えました。毎日そうしているうちに、だんだんと抵抗感も薄らいでいったのです」
自己催眠的な効果なのかなー。
自分自身を肯定することで心の安定を求める、みたいな?
「治療期間の最後の辺りになると、まるでそれが事実だったかのように錯覚するようになっていました。今思えばおかしなことだと気づけるのですが、当時……いいえ、ついさきほどまでは一切疑念を抱いていませんでした」
「ついさっきまで、ってどういうことですか?」
「私は、ついさきほどまで、エイミーンの存在を忘れていたのです……」
ラッシュさんがうつむいた。
「私はラッシュに忘れられていたのか……。そうか……。忘れたいほどの出来事だったんだな。無理な約束をさせてすまなかった」
それまでの甘々な雰囲気から一転、エイミーンさんが元の口調に戻り、無感情に呟いた。
悲しみを通り越すと感情すらもなくなるのかもしれない……。
「エイミーンさん……もうちょっとラッシュさんの話を聞きましょう? たぶんまだ終わってないですからね?」
絶望するのはたぶん早いっていうか、ラッシュさんだって忘れたくて忘れたわけじゃないでしょうし。だって、さっきまでの仲良さそうなエピソードとぜんぜんつながらないじゃないですか。きっと何かがあったんですって……。
「私は、決して望んで忘れようとしていたわけではないのです。それだけはわかってほしい……。エイミーンのことを本当の妹のように思っていた。嘘ではありません……」
「……わかった。最後まで話を聞く」
エイミーンさんはラッシュさんの言葉を肯定も否定もせず、続きを促した。
「私もさきほど思い出したところなので、詳しいことは何もわかっていないというのが正直なところです。朝食を終えて、休憩を挟んだ後には投薬治療を行う時間になるのですが、私たちを治療していた医師たちの中に、呪術師がいたように思います。今思い起こせばそうだとしか思えない……」
なるほどね。呪術師……。
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