第10話 アリシア、ラッシュさんの話を聞く

「当時……キャスケイト村で過ごしたあの時……私は本気でエイミーンを引き取るつもりでした――」


 ラッシュさんとエイミーンさんが見つめ合う。

 11年前のことを噛みしめるようにお互いの記憶をたどっているのかもしれないね。


「しかし、私にはキャスケイト村跡地に長期間の滞在を許されていなかったのです。軍命令で次の村に向かわなければいけませんでした」


 複数の地域を担当していると言っていたし、救援活動というのそういうものなのでしょうね。なんとなく想像だけど状況はわかる気がします。


「それは聞いた! だから、私も『一緒についていく』と」


 洗礼式を済ませていないとはいえ、当時のエイミーンさんは10歳。仮成人ともなればもう大人として扱われるわけで、そういったラッシュさんの置かれた状況も十分に理解していないといけない。だけど理解していたからこそ『ついていく』という意思表示をしたのかもしれないね。もう村には家族も友人も誰もいないのならなおさら……。


「当然私も上官に掛け合いました。しかし、答えは『連れていけない』というものでした。軍人以外を帯同することは服務規程に違反するし、そもそも安全が保障できないため、個人としても許可できない、と」


「そんな……ついていくくらいいじゃない!」


「エイミーンさんがかわいそうです……」


 わたしとナタヌが同時に声を上げた。

 それを聞いて、ラッシュさんが苦しそうな顔をする。


「私は軍人で、しかも当時は本当に新兵だったのです。上官の命令は絶対でした……」


「さすがに無理だというのはあの時の私でも理解できたよ……。あの筋肉ムキムキジジイには勝てそうもなかったし……」


 ああ、上官の人って筋肉ムキムキジジイだったんだ。

 現場を仕切っているのは1番強い軍人かー。新人たちが文句言ってもパワーでねじ伏せられる……。軍の規律を保つうえでは正しい姿のようだけど……。


「ですから約束を。予定しているすべての村の救援活動が終わった後、必ず迎えに戻る、と」


「約束した。だから私はずっと待っていた。復興が進み、やがて周辺の村との統合が始まり、みんな別のところに移っていても、私は1人キャスケイト村跡地の仮設住居に残った」


 ラッシュさんが迎えに来た時に、居場所がわからなくならないように……。


「だが、ラッシュは迎えに来なかった。3カ月、半年、1年……。私など迎えに来る価値もないということだろう」


 エイミーンさんが自嘲気味に笑う。


「違うのです。そうではないのです!」


 ラッシュさんが強く否定した。

 迎えに行く気はあったのに、そうできなかった理由がある、と言いたいんだと思う。それが最初に言っていた「言い訳になってしまう」という話に繋がっているんじゃないかな。


「先に私の話を聞いてください……。言い訳のように聞こえるかもしれない。ですが聞いてほしい……」


 ラッシュさんが頭を下げる。

 頭を下げ続け、エイミーンさんの答えを待っていた。


「……わかった」


「ありがとうございます。キャスケイト村を後にした私たちの隊は、それから5つの村を順番に回りました。1つの村に2週間ずつの滞在で計10週間の活動でした。と言っても、被害の大きかった地域を回っていましたから、キャスケイト村と距離的にはそう遠くない場所ばかりでした」


「キャスケイト村も含めると12週間ですか。それはとても大変な……」


「移動の時間もありましたから、実際にはもう少し長かったと思います。村以外でも救援活動はありましたので」


 エイミーンさんのように村の外にいた人もいるだろうし、そういった人たちの救援は大変だったでしょう。


「6か所の村を回り終えると、私の隊には予定通り帰還命令が出されました」

 

 お疲れ様、ってことですよね。

 やっとこれでエイミーンさんを迎えに行ける状態になった、と。


「私は即座に休暇願を出し、エイミーンを迎えに行こうとしました。しかし、休暇願が受理されることはありませんでした」


「なんで⁉」


 救援活動が終わったならちょっとくらい休んでも良いじゃないの!

 

「私だけでなく、上官も含めて全員に、現地離脱の許可は下りず、司令部への帰還が命じられていたのです。長期間のミッションを終えた後のメディカルチェックが必要ということでした」


 ああ、それはそうかも……。

 大事な軍人さんたちの健康を確認するのも大事な仕事……。


「エイミーンを迎えに行くのがどんどん遅くなってしまうことに焦りを覚えながらも、私は命令に従い、司令部へと帰還しました。その時点でキャスケイト村を去ってから1カ月ほどが経過していました」


 まあ、メディカルチェックを終えたらすぐに休暇をもらえばいいよね。

 そこまでは仕事だから仕方ない。


「すぐにメディカルチェックを受けて、私自身は何の問題もなかったのですが、私と同じ新兵たちの中に検査に引っ掛かった者が複数名出ました。診断結果は『心の病』とのことでした」


「凄惨な光景を見続けなければいけなかったから……」


「はい、おっしゃる通りでした。同時に帰還した複数の隊でも同じような状況が見受けられたため、一度検査をパスした者も含めた新兵全員に対して、念のため治療が行われることになったのです」


 健康なのに治療って……。またエイミーンさんを迎えに行くのが遅くなっちゃう……。


「結果的に、その治療のせいで私はエイミーンを迎えに行くことができなくなってしまったのです……」


 治療のせいってどういうこと⁉

 治療が長期間に渡ったからじゃなくて⁉

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