第9話 アリシア、エイミーンさんの話を聞く2

「私が村に戻ると……正確に言えば村だった場所に戻ると……私のキャスケイト村は……私の大好きだったキャスケイト村のみんなはいなかった……」


 森と同じように、キャスケイト村の中も、竜巻が通り過ぎてしまったんですね……。木造の家屋は森の樹たちよりも弱いから……。


≪家の土台すら残らなかったことでしょう≫


 そうだろうね……。

 エヴァちゃん、いつの間に戻ってきたの?


≪空気を読んで静かに話を聞いていました。私でもシリアスな場面で茶化してはいけないことくらいわかります。完璧な存在なので≫


 えらいよ。

 こういう時はスレッドリーみたいに何も発せず、まるでいないかのように振る舞うのが正しい在り方だよ。


≪エヴァステルスモード≫


 あ、見えなくなった。

 透明化しろって意味ではないんだけど……まあいっか。


「何もなかったんだ……。もはや自分の家の正確な場所もわからないし、家族や友人たちがどこにいるのかもわからなかった」


 エイミーンさんが顔を覆る。


 絶望。

 それ以外にその表情を表現できる言葉がない……。

 

「救援が来たのはたしか2日後の午後だったと思う……。それまでの丸2日、私は村に1人だった。『待っていれば誰かが助けに来てくれる』そんな期待を込めて村の井戸の前に座り込んでいたが、結局誰も戻ってこなかった。非力な私では井戸水を汲む力もなく、持っていた水筒に残った水と、偶然降った雨水を溜めて飲み、何とかやり過ごした。キノコを生で齧る勇気はなかったし……」


 ラッシュさんが口を開く。


「キャスケイト村はとくに被害が大きく、無事だった周辺の街からすぐに有志の救援隊が駆け付けたと聞いています。私たちが到着したのは災害発生から3日後のことでしたが、その時にはすでに有志による支援が始まっていました」


「あとから聞いた話だが、私と同じように、偶然村の外にいた人間だけが命を拾ったらしい。しかしほぼ無傷だったのは私くらいだったらしい。命は拾ったがケガをして動けなかったりした者が少しずつ村の跡地に集められていった。あの時村にいた住民は、全員竜巻に巻き込まれて行方不明になったか死んだ……らしい」


 エイミーンさんのご両親も、お友だちもみんな……。

 それを聞かされた時のエイミーンさんの心は……。


「そんな中、私は10歳の誕生日を迎えた」


 ああ、もう1週間が経ってしまったんですね。

 『エンフォイド』子爵領には行けるわけもないし、そもそも仮成人の儀式どころではない……。


「私の仮成人をお祝いしてくれたのが、そこにいるラッシュだ」


「ああ……。そうか……私は……はい……」


 ラッシュさんが何度も頭を振る。


「ラッシュさん、どうしましたか? 何か思い出したんですか?」


「……はい。ああ、今はっきりと思い出すことができました。……エイミーン。立派になりましたね……。本当に立派になった……」


 ラッシュさんの目に涙が浮かぶ。

 覚えていなかったのではなくて、忘れていた記憶が戻った?

 

「ラッシュ……。どうして私を捨てて行ってしまったの……。ねぇ、どうして……」


 エイミーンさんが嗚咽を漏らしながら、ラッシュさんの胸に飛び込む。ラッシュさんはそれをやさしく抱き留めた。


「ずっと一緒にいてくれるって。私のことを守ってくれるって……」


「すみません……」


「どうして黙って行っちゃったの……。せめて……」


「すみません……」


 ラッシュさんは歯を食いしばって謝るだけ。

 何も言い訳はしなかった。


「私の家族になってくれるって言ったのに……」


 誰もしあわせになれなかった。つらすぎるよ……。

 もう見ていられない……。


 あの――。


≪アリシア、待ってください≫


 ステルス状態のエヴァちゃんに、突然口を塞がれる。

 何を⁉


「なあ、ラッシュ。なぜエイミーンを捨てたんだ? 理由を言ってくれ」


 スレッドリーが呟いた。


「殿下……すみません……」


 ラッシュさんはうなだれるだけで何も話そうとしない。


「なあ、ラッシュ。謝っているだけではわからないだろう。これは命令だ。真実を話せ。納得のいく理由でなかったとしてもいい。もう過ぎてしまったことだからな。エイミーンは理由を知りたがっている。お前にはそれを明かす義務があるんじゃないか?」


 珍しく厳しい。

 スレッドリーがラッシュさんに何かを命令をしているところを初めてみたかもしれない。

 でも、言っていることは筋が通っていると思う。


 ただ知りたい。

 それがどんな理由であっても。


 ラッシュさんは抱きしめていたエイミーンさんの体を離す。それからスレッドリーのほうに向きなおった。


「殿下……。言い訳になってしまうと思い、何も言えず……」


「赦す。言い訳でもかまわない。真実を告げれば良い。そうだな、エイミーン?」


「……知りたい」


 エイミーンさんが小さく頷き、ラッシュさんのことを見つめた。


「エイミーン……」


 ラッシュさんもまたエイミーンさんを見つめる。


「当時、私は本気でエイミーンを引き取るつもりでした――」

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