第8話 アリシア、エイミーンさんの話を聞く

「エイミーンさん、当時のこと、もうちょっと詳しく思い出せますか?」


 んー、ダメかな。

 水を飲んだだけだとまだそんなに復活しないかー。この状態のエイミーンさんにたくさんしゃべらせるのは難しそう。やっぱりちょっとだけ薄めた解毒ポーションを……。

 よし、投与完了。効果弱めだから、解毒ポーションが効いてくるまで時間がかかるかも。とりあえずここからは、しばらくラッシュさんに情報を整理してもらおうかな。


「ラッシュさん、キャスケイト村について何か思い出せますか?」


 ラッシュさんはあごに手を当てたまま思案顔で黙り込んでいた。しばらくして何かを思い出したのか、小さく頷いてから口を開く。


「そうですね……南部の沿岸地域にあったのがキャスケイト村、だったと思います」


「だった? つまり今は……」


「廃村になったと記憶しています」


 廃村。

 災害の影響で?


「被害はだいぶひどかったんですか?」


「超大型の竜巻が周辺地域を襲ったので、それはもう……」


「竜巻ですか……」


「同時に複数の竜巻が発生したらしく、キャスケイト村を含む周辺の村は、とくに大きな被害が出たと記憶しています。すべての家屋が消滅し、多くの住民が行方不明、または死亡が確認されています。ギルドに行けば、その当時の資料が詳しく参照できるはずです」


 すべての家屋が消滅って……。

 エイミーンさんは生き残っていただけでも相当運が良かったほうなのでは……。


「私が担当したのは軽症者を含む生存者の保護と生活支援でした。仮設の住居を建設したり、食事の提供、メンタルケアなどを行っていました」


「その中にエイミーンさんがいた、ってことですよね、たぶん」


「おそらくそうなのだと思います。住民の名前までは記憶が……」


 まあ11年前のことだし、名前まではなかなかね。


「ラッシュ!」


 と、エイミーンさんが叫び、突然立ち上がる。

 足元はふらつき気味。


「エイミーン様? 急に起き上がりますと危ないですよ」


 ラダリィがそっと肩を貸して、エイミーンさんが倒れるのを防いでくれた。

 ナイス、有能なメイドさん!


「すまない。だがもう大丈夫だ。酔いも醒めた」


 エイミーンさんがラダリィにお礼を言い、しっかりとした足取りで地面を踏みしめる。おお、解毒ポーションが効いたのかな? 良かった良かった♪


「エイミーンさんって、11年前だと何歳ですか? けっこう小さかったのでは⁉」


 ナタヌが話に割り込んでくる。

 そうだよね、今とは見た目がぜんぜん違うはず。


「えーと、たぶん当時10歳……くらい、ですよね?」


 わたしの『構造把握』によると、今21歳だから。


「そうだ! 忘れもしない……。1週間後に仮成人を迎える予定だった私は、あの日、1人で乗合馬車で近くの『エンフォイド』領に向かうはずだった……」


 キャスケイト村から馬車で半日ほどのところにある『エンフォイド』子爵領。

 10歳の仮成人の洗礼式を執り行う予定だったのね……。


「昼の馬車に乗るまでの時間、私は1人、村の外の森で食料を集めていた。なぜだかまとわりつくような生暖かい風が吹いているおかしな陽気だったのを今でも覚えている……」


 エイミーンさんの語りと、『構造把握』で流れてくる映像がリンクしてその情景がわたしの眼前に広がっていく。


「大きな樹の下に生えていたキノコを夢中で集めていたその時、突然耳鳴りが起きて、私はその場にうずくまってしまった」


 竜巻が発生する予兆、か。

 森の中にいたから助かったのかな……。


「耳鳴りのせいで頭も痛くなり、ほとんど周りの音が聞こえない状態、にもかかわらず、遠くから大きな音が迫ってくるのを感じた」


 発生した竜巻によって、森の樹たちがなぎ倒されていく音。

 普段は耳にすることがない、異様な音だったでしょうね。


「すぐに、『これはただごとではない』と感じた。逃げなければ、でもどこへ……」


 すぐに頑丈な建物などの中に隠れて身の安全を確保する必要があるけれど……森の中だし、村に戻っても木造の家屋じゃ……。


「走り出そうとした瞬間、私は何かに足を取られてその場に倒れ込み、頭を打ったか何かで意識を失ってしまった」


「頭を打っちゃったんですか⁉ 大丈夫ですか⁉」


 ナタヌが大きなリアクションを取った後、エイミーンさんの頭を撫でる。

 いや、今じゃないからね? 今も大きな樹の下にいるけども。


「大丈夫だ。私が目を覚ました時には……すべてが終わった後だった。さっきまであった森はなく、周りにはバキバキに折れた樹がそこかしこに転がっている光景が広がっていた」


 巨大な樹の根っこに足を取られて、樹のうろか何かに落ちた、のかな。

 それがエイミーンさんの命を救った……と。


「当時の私には何が起きたのか理解ができなかった。だが、『大変なことが起きた』ということだけはわかった。すぐに村へ戻ろうとした。そこかしこに転がった倒木のせいで足場は悪く、相当苦労したが……」


 当時9歳の小さいエイミーンさんにしてみれば相当なんてもんじゃないくらいの大変な想いをしたでしょう。


「私が村に戻ると……正確に言えば村『だった』場所に戻ると……」


 ああ……。

 もうそれだけでわかりました……。つらいならこれ以上は……。


「私のキャスケイト村は……私の大好きだったキャスケイト村のみんなはいなかった……」

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