第12話 アリシア、たくさん手を繋がれる

 追加で焼いてもらった高級なスノーバッファローのステーキをお腹がはち切れるくらい食べて、地下の保冷庫でよく冷やされたフルーツの盛り合わせも堪能。大満足のわたしたちは、笑顔でナルディアさんとケニーさんのお店を後にしたのでしたとさ。


 いざ支払いの段になって、若干揉めたのは……良い思い出、かな?

 当然のように食べた分を払おうとしたわたしたちだったけれど、ナルディアさんたちが「お代なんていただけません」の1点張りで困っちゃった。

 ナルディアさんたちの主張としては、「友人からはお金を取れない」「設備改修をしてもらったお礼として」ということで……。


 これ以上押し問答してもなーって時に、またもやスレッドリーが「今日はとてもうまい料理をありがとう。また食べに来ても良いか?」と言って、さっと話を終わらせてくれて……。もちろんわたしもちゃんと食事のお礼も言いましたよ?


 こういう時、王族の権威なのか、懐の深さなのか、なんか妙に説得力があって頼もしい一面を見せてくれるよね。普段あんまりたいしたことを言わないけど、急に場を収めてしまう一言を繰り出してくる。


 もしかしてこの人って「人の上に立つ」才能があるのかも、なんて考えちゃったりするよね……。普段は昼行灯的な? でも締める時ビシッと締めるから領地なり、国なりがうまく転がっていく、みたいな? 考えすぎかな……。


「どうした、アリシア?」


 スレッドリーがわたしの顔を覗き込んでくる。


「んー、別に……」


「腹減ったのか?」


「ぜんぜん違う……。さっきあんなにステーキを食べたのに、お腹が減ってるわけないでしょ」


「なんだ……じゃあ手でも繋ぐか?」


 小声で囁いてくる。

 ほかのみんなに聞こえないように内緒話だ。


「なんでよ……。みんないるし……」


 急に手を繋ぐなんて……さすがに脈絡なさすぎ。

 なんでそんなみんなに隠れて「こっそり付き合ってます」みたいなことしなきゃいけないのよ!


「だってさっきからチラチラ俺のことを見ていたじゃないか。手でも繋ぎたいのかなと思ってな……」


「なっ……」


 見てないって言ったらウソになる。チラチラ見てました……。でもそういうんじゃなくてさ……。


 自分の手のひらをじっと見つめてしまう。


「アリシアさん♡」


 ナタヌが現れ、躊躇なくわたしの手を取る。


「あっ! お前何をして⁉」


「早い者勝ち~♡ ぜ~んぶ聞こえていますからね! こっそりアリシアさんと手を繋ごうなんて100億万年早いんですよ! アリシアさんに殿下のアホ病がうつったら困るのでさっさとあっちに行ってください。しっしっ」


 ナタヌ強い……。

 でも言動がちょっとラダリィの影響を受けている気がしてきた……。


≪もう1つの手は私が永久に予約をしていますので悪しからず≫


 もう1人ラダリィの影響を受けている人が……。

 エヴァちゃんがわたしの手のひらにのの字を書いた後、そっと指を絡めてくる。エヴァちゃんもすーぐ対抗してくるんだから。いや、エヴァちゃんの場合はちょっとおもしろ半分でやっているところもありそう……。


「ああっ、俺の場所が!」


「うーん残念。どうやらわたしの手は早い者勝ちらしいから……今回はごめんね?」

 

 わたしは人気者なのですよ♡

 

「殿下。積極性が足りませんでしたね。修行し直してください」


 ラダリィがため息交じりに声をかける。


「女性は『手を繋ごうか?』などと聞かれたいわけではないのです。いきなりガッと繋いでしまえばそれで良いのですよ。強引な男にほだされるのが女の性なのですから」


 ラダリィさん……それは個人の見解では?

 ラダリィさんがそういう趣味っていうだけですよね。わたしは別に……強引なのはホントにたまにで良いっていうか……基本的にはわたしの気持ちを優先してほしいなって思っていますよ?


「そうか。強引にな……。ダメだ、今は空いている手がない……」


 本気で落ち込んでいる様子のスレッドリー。

 なんかなー、こういうところがポンコツかわいいって思っちゃうのは、わたしも感覚が麻痺してきているのかもしれない……。これが昼行灯・スレッドリーのやり口なのかも⁉ まさかわたし、術中にはまっている⁉


≪しかたないですね。私が作った『どこでもアリシアちゃん(左手)』を差し上げますから、殿下はこれと手をつないでおいてください≫


 エヴァちゃんがアイテム収納ボックスから取り出したのは、精巧に作られた腕だった。え、これって、わたしの左手を模した肘から先の模型……? 無駄に人工繊維とか使っちゃって、もう見た目も触り心地もほぼ人間そのものだし……。気持ちわるっ!


「いいのか? おお……これがアリシアの手か……」


 スレッドリーが遠慮がちに、でも大胆にわたしの左手(偽)と手を繋ぐ。

 いや、揉み揉みしないで。自分の手にいたずらされているみたいでなんか嫌!


「ちょっとエヴァちゃん! 勝手にそういうことしないで!」


≪良いじゃないですか。アリシアの手は2本しかないんですから、殿下がかわいそうですよ≫


「あれなら私も許せ……許せないです! 殿下だけずるい! 私もアリシアさんの腕がほしいです!」


 ナタヌってば欲張りさん。

 今、本物のわたしと手を繋いでいるのにさー。


≪そう言うと思っていました。こちらがナタヌさんの分です≫


 と、取り出されたのはわたしの右手(偽)だ。

 何が「そう言うと思っていました」なのさ。勝手に『創作』スキルの無駄遣いをしないでくれないかな。


「ありがとうございます! ああ、右手にもアリシアさん、左手にもアリシアさん……ここは楽園ですか……」


 やだよ、そんな楽園。

 本物のわたしはここだよ? ナタヌー、帰ってこーい。


「エヴァ様。私の分はないのでしょうか?」


「ラダリィ……無理やり参加してこなくていいから」


「いいえ、ここは参加しておくのが礼儀かと思いまして」


 そんな礼儀聞いたことないよ……。


≪正直者のラダリィさんには、アリシアの全身(腕なし)をあげましょう≫


 あげるな!

 間違ってもそんなの作らないでよ?

 しかも腕なしの体とかホラーだよ……。


≪では頭部だけ≫


 もっとホラー!


≪ダメだそうです。ラダリィさんには何もあげられなくてすみません……≫


「いいですよ。では、私はエヴァ様の空いている手をつながせてもらいます」


≪きゅん♡≫


 きゅんって口で言うんじゃない。

 エヴァちゃんにはきゅんきゅんする心臓とかないからね?


≪きゅん♡≫


 おーい。


≪ラダリィさんのイケメン振りに惚れました≫


「ありがとうございます。ところで殿下、今の一連の流れはご覧になりましたか?」


「え、お、ああ……」


 突然話を振られて焦るスレッドリー。

 これはぜんぜん聞いてなかったね? わたしの左手(偽)をニギニギするのに夢中だったでしょ。エッチ。


「今のようにスマートに手をつなげば女性は一瞬で落ちます」


≪落ちました♡≫


「お、おぅ……なるほどな……」


 何なの、このコント?

 ラッシュさんも笑っていないで、ちょっとは助けてくださいよ。

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