第11話 アリシア、スレッドリーに助けられる

「やあやあ、ただいまー。みんな、食事を楽しんでるー?」


 ケニーさんと一緒に個室に戻る。


「あら、アリシア。おかえりなさい。ずいぶん早かったですね。設備の見学はもうよろしいのですか?」


 ラダリィがさっとわたしのイスを引いてくれる。

 メイドさん最高!

 いやいや、今は普通に旅の仲間なんだから、そういうことしなくて良いのよ?


「んー、まあ、すっごく良い設備だったし、清潔ピカピカだったから、できることなんてそんなになかったよー」


 ねー、ケニーさん♪


「とんでもないです! もう何から何までアリシア様にお世話になってしまって。もうなんとお礼を申し上げてよいやら……」


「いやいや、たいしたことはしてないですってー。あんなにていねいに清潔にお肉の管理ができているのを見せてもらえただけで勉強になりましたよー。もっと商売の手が広げられると良いですね」


「はい! 本当にありがとうございます!」


 放っておいたら土下座でもしそうな勢いだよ。

 いくらなんでもわたしみたいな小娘に頭下げすぎー。


「ケニー。アリシア様のすごさの一端があなたにもわかりましたか? いいえ、おそらくわかっていないでしょうね。まだ私にもわからないのです。それだけアリシア様は底がしれない……」


 訳知り顔のラッシュさん。

 でもね、ラッシュさんはちょっと誇大広告が過ぎますよ? わたしだってわかることしかわからないし、できることしかできないですからね?


「ああ、アリシアは最高なんだ。それだけ覚えて街中に広めておいてくれればそれでいい」


「それはマジでやめて。わたしはひっそりゆったりスローライフを送りたいんだから、絶対広めないで……」


 スレッドリーの口は縫い付けておいたほうが良いかもしれないね。

 口を開けばわたしの自慢話みたいなのばっかり吹聴して回っているし……。


「アリシアさん……」


 ナタヌが難しい顔をしている。


「どしたの? お肉食べ過ぎた?」


「みんなのアリシアさんになっちゃったら嫌です……。わたしだけのアリシアさんでいてください……」


 下唇を噛んで上目遣いに……やだ、この子かわいい♡


「大丈夫だってー。わたしは有名になる気はないし、ひっそり暮らしたいって思ってるからね。この旅が終わったらどこか田舎に引っ越して、畑でも耕しながら暮らそっか」


「えっ、お店は……『龍神の館』はどうするんですか⁉」


≪わたしはセコム。一生あなたの安全を守ります≫


「俺も一緒に暮らすぞ」


「殿下は王様になる夢は諦めたのですか?」


「殿下が望むままに……」


 あー、もううるさいなー。

 みんな好き勝手しゃべってー。ぜんぜん話がまとまらない!


「ふふふ」


 急にナルディアさんが笑いだす。


「ごめんなさい。おかしくてつい……」


「こちらこそごめんなさいねー。騒がしいやつらで。わたしがあとで叱っておきますからねー」


 全員ケツバットの刑に処すこととする。


「アリシア様、違うんですよ~。ラッシュがこんなにも良い仲間に巡り合えたんだと思ったら、なんだかおかしくなってしまって」


「ナルディア……」


 目尻に溜まった涙をぬぐうナルディアさん。それをラッシュさんが複雑な表情で見つめていた。


「本当にすばらしい仲間に恵まれて……なかなか故郷に戻らないと思ったらそういうことだったんですね。この間もてっきり……いいえ、楽しく暮らせているなら私もうれしい」


 ケニーさんが何かを言いかけたけれど、途中でやめてしまった。


「ケニー……。私は生きがいを見つけたのです。あなたが思っているような心配事は何もないのです。いつまでもナルディアとおしあわせに」


「ありがとう……」


 あー、とうとうナルディアさんが泣いてしまった……。後ろを向いて肩を震わせて……。この空気どうしたら……。


「あー、そのー……」


 微笑むラッシュさんとそれに応えるケニーさん。

 大人の三角関係だ……。

 もう完全にそういう雰囲気になってしまって何も口を挟めない……。


 ラダリィは静かにお茶を啜っているし、ナタヌはオロオロするばかりだし……。

 

 ちょっとエヴァちゃん何とかしてよ!


≪私はセコム。一生あなたの安全を守ります≫


 あーもう、さっきはセコム扱いしてごめんってば。

 カムバーク! わたしのパートナー!


「なあ……」


 スレッドリーが口を開く。


「アリシアが食事の途中で席を立ったから、腹を空かせていると思うんだ。もう少しだけ、追加で肉を焼いてくれないか」


 スレッドリー……。


「……はい、殿下。急いでお焼きいたしますね。アリシア様には当店自慢の最高級ステーキを存分にお楽しみいただきたいです。みなさまもおかわりはいかがですか?」


 こちらを振り向いたナルディアさんの目は充血して真っ赤だったけれど、すっかり仕事人の顔に戻っていた。


 ありがとう、スレッドリー。

 一言で空気を変えちゃったね。

 あなたのその感じ、やっぱりすごいよ。ちょっと見直しちゃった。

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