第5話 アリシア、スレッドリーを諭す

「失礼……いたします……」


 個室の扉をノック後、遠慮がちに入ってきたのは――。


「本日はご来店いただきありがとうございます。当店のオーナーを務めております、ナルディアと申します」


「「あっ!」」


 わたしとスレッドリーが同時に声を上げる。


 王都でラッシュさんとデートしていた人だ!

 めっちゃキレイな女の人!


「いつぞやパンケーキの店でラッシュと……でででデートしていたのを見たぞ!」


 あー、そういうのは気がついても直接言わないの!

 2人とも困ってるじゃないの!


「先日はご挨拶もできず申し訳ございませんでした……」


 ナルディアさんが頭を下げる。

 いや、デートを尾行していたわたしたちのほうが一方的に悪いので謝る必要は……。


「良い。ラッシュはなかなか男前なのにいつまでも浮いた話がなく、俺も困っていたんだ。ナルディアといったか。なるほど、ラッシュにはすでに妻がいたのだな」


「殿下! ナルディアとは古い馴染みなのです。決してそういう関係ではございません」


 ラッシュさんが慌てたように立ち上がる。


「まだなのか? 誰かに盗られてしまう前に早く自分のものにしたほうが良いぞ」


 あなた、どの口でそれを言ってるの……。


「殿下、そうではないのです。私とナルディアは本当にそのような関係ではなくてですね……」


 複雑な表情を見せるラッシュさん。

 ナルディアさんも似たような表情だ。


 2人ともお互いのことを意識しているようなのに……何かある……?


 部外者のわたしたちが口を差し挟むのははばかられるわね。

 と、周囲を伺ってみると、ラダリィもナタヌも同じように目を伏せて黙り込んでいた。この空気、誰かどうにかして……。


≪アリシア、少し良いですか≫


 ん、エヴァちゃん?


≪アリシアにだけ話しかけています≫


 うん、わかっているけど、急に内緒話なんてどうしたの?


≪この2人はかつて恋人同士だったようですね。今は違うようですが≫


 ちょっとエヴァちゃん⁉

 あ、まさかまた勝手に『構造把握』を使ったでしょ⁉ ダメだよ、他人の個人情報を勝手に覗いたら!


≪それをアリシアが言いますか……。今はアリシアの覗き趣味は棚上げしておくとして≫


 覗き趣味って人聞き悪い!

 必要に迫られた時に最低限でしか使ってませんー!

 エヴァちゃんと違って、遊び半分で覗いたりなんてしないんだからねっ!


≪はいはい、そうですね。ですが、わたしたちエヴァシリーズがアリシアの保有スキルを繰り返し使うことで、スキルレベルアップにも貢献しているのですよ。咎めるなんてもってのほか。きちんと感謝してほしいものです≫


 うーん。それを言われると弱いなー。

 1人でスキルを使う何百倍の速度でスキル経験値が貯まっていくもんね……。正直すごく助かってます。エヴァちゃんが使い出してからすぐに『構造把握Lv4』になったけど、把握した情報をテキスト形式じゃなくて映像で閲覧できるようになったのはすごく助かっているよ。個人差はあるけれど、文字よりも得られる情報が圧倒的に増えたもんね。たとえば……ナルディアさんの旦那さんの顔とかね……。


「なんだ、ラッシュ。もしかして、王宮とここ『グレンダン』で遠距離だから二の足を踏んでいるのか?」


「いえ、殿下……そうではなく……」


「今は平和な時代だから、聖騎士といっても、戦争に行くことはないんだ。急に帰らぬ身になることはないから安心しろ」


 スレッドリーの見当違いな説得が続く。

 あー、どこかで止めてあげないと2人がつらくなっちゃう……。


「ねぇ、スレッドリー」


「おお、アリシアも言ってやれ。お互いに好ましく思っているなら――」


「スレッドリー! もうやめてあげて。そういうのは周りから強要されるものじゃないんだよ。2人とも迷惑してる。この話はもうやめよう?」


 スレッドリーにははっきりと言わないと伝わらない。


「あ、ああ……。それは……そうだな……。すまなかった。なんだか腹が減ったな。この店で1番良い肉を持ってきてくれないか」


 はっきり言えばちゃんと伝わる。

 そしてちゃんと謝れる素直な人。


「はい、かしこまりました。さっそくお食事のご用意を始めさせていただきますね」


 ほっとした表情を見せるナルディアさん。

 そしてつらそうな表情のままのラッシュさん。


 ラッシュさんのほうはまだ引き摺っているのよね……。


「わわわ私、鉄板焼きというのは初めてです! 楽しみです!」


 ナタヌの声が裏返る。

 このおかしな空気を何とかしようと無理やりテンションを上げて……ナタヌはやさしいね。


「そ、そうよねー。『龍神の館』ではお客様の目の前で調理はしないものね」


「私は王都で一度だけ鉄板焼きのお店に入ったことがあります」


 ラダリィが自慢げに言う。

 やっぱりそれはデートですかね⁉ 鉄板焼きデートなんて大人だー。憧れるー!


「そこで出てきたのは、細切りにした豚肉と千切りのキャベツを炒めて、上に甘くないパンケーキをかけたお料理でした」


 それは……もしかしてお好み焼き?

 鉄板焼き屋さんってそういうお店だっけ?


「おいしそうですね! どんな味がするんでしょうか⁉」


「ソースをたっぷりかけていただくのですが、ふわふわとろとろでとてもおいしかったですよ」


 ナタヌ、その料理はうちの店でも出してるって。

 賄いでも人気のメニューのはずだよ。けっこう簡単に作れるからさ。


 ナルディアさんが食材を乗せたカートを引いて戻ってくる。

 このカート保冷庫付きだ。お肉の扱いに相当気を遣っているのね。すばらしい!


「お待たせいたしました。まずは新鮮なお野菜を焼いてまいります。鉄板が熱くなりますのでお気をつけください」


 オーナーのナルディアさんが直接焼いてくれるんだー。

 VIP待遇だ!


 と、個室のドアをノックしてから中に入ってくる従業員が1人。


 あっ!


≪ナルディアさんの配偶者ですね≫


 これはまた修羅場……。

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