第4話 アリシア、ラダリィの隠された趣味を暴き出してしまう

「黄色い看板のお店じゃないね! ヨシ!」


 ラッシュさんに連れられてやってきたのは、完全個室の落ち着いた雰囲気の鉄板焼き屋さんだった。


「良いお店ねー。ゆっくりできそうー」


「ありがとうございます。後ほど友人が挨拶させてほしいとのことですので、よろしくお願いいたします」


 ラッシュさんがみんなに向かって頭を下げる。


「外観は地味だが、中は掃除が行き届いていて良い店だな」


 スレッドリーがまともな感想を……。はっ! これもフラグ⁉ まさか料理がめっちゃまずいパターンでは⁉


「殿下に褒められたとあれば、ナルディアも光栄に思うことでしょう。後ほどぜひそのお褒めの言葉を直接伝えていただけないでしょうか?」


「おぅ。任せておけ」


 こういう関係っていいなって思う。

 主従関係にあるのに、ラッシュさんは物怖じせずにスレッドリーにお願いもできるし、スレッドリーもそれを普通に受け入れているし、ぜんぜん変な空気にならない。ずっと一緒に過ごしてきたからなのかなー。王族と騎士の間柄には見えないよね。少し年の離れた兄弟みたい。いいなー。


「アリシア……まさか、そっちの趣味があるんですか⁉」


 ラダリィがなぜか小声で、だけどひどく興奮気味に話しかけてくる。


「そっちの趣味、って?」


「ですから……その……」


 ラダリィの顔が赤い。

 何の趣味の話?


≪ラダリィさん。アリシアは意外とピュアなのでそういった話題はまだ早いのです≫


「お、なんかわからないけど、バカにされたことだけはわかったんだけど⁉ 煽ってるのか⁉ おおん?」


 なんだ、何の話なんだー⁉

 わたしはもう大人だぞ!


「な、るほど……。私の勘違いだったようです。先ほどの話は聞かなかったことにして流してください」


 相変わらずラダリィの顔が赤い。

 ホント何?


≪しかたありませんね。やさしいエヴァちゃんがお子様なアリシアにもわかるように説明いたしましょう≫


 なーんかバカにされてるのだけはわかるんだよね。教えを乞うみたいで嫌なんだけど……まあ、とりあえず話は聞こうじゃないか。


≪スレッドリー殿下とラッシュさんを見てどう思いますか?≫


「どう、とは? 仲の良い兄弟みたいだなーって?」


 それがどうかしたの?


≪なんてピュア! 純粋! ああ、そのままのアリシアでいて! ラダリィさんのように心が穢れてしまわぬうちに、アリシアのことを氷漬けにして永久に保存したいと思います≫


 こわっ!

 創造主を氷漬けにして殺そうとするんじゃないの!

 ん、それじゃあラダリィの心が穢れているって?


≪ラダリィさんはどうやら男性が好きすぎて、そちらの方面にも手を出されているようですね≫


「ちょっと、エヴァ様⁉ 声が大きいですよ!」


 ラダリィがテーブルを激しくたたきながら立ち上がる。

 個室内の全員の目がラダリィに集中した。


「そっち方面ってなんですか? 私にも教えてください!」


 何やら楽しそうな話をしているとわかったらしい。

 ナタヌも興味津々だ。目がウルウルしていてかわいい……。


≪アリシア、それです≫


「それ?」


≪今、「かわいい」「好き」という感情とともにナタヌさんのことを性的な目で見ましたね?≫


 ギクリ。

 な、何のことですかー?


≪それです≫


「だから……それって何よ?」


「アリシアさん! 私のことをそんな目で! もっと性的な目で見てくださいっ! 大歓迎ですっ!」


 ナタヌ近い近い!

 それ以上はラダリィチェックに引っ掛かって反省室送りになっちゃうから!


≪だからそれです。今の状況をもし、ラッシュさんとスレッドリー殿下に置き換えたとしたら?≫


 置き換えたとしたら……え、キモい。


≪キモくない! アリシアは男性に対する偏見がひどいです。男性同士のイチャイチャも実は良いものですよ≫


 え、普通にキモい。なんかムサいし。


≪ラダリィさんの顔を見てあげてください。あの絶望に打ちひしがれた顔を≫


 ラダリィ、そんなこの世の終わりみたいな顔してどうしたの?


≪ラッシュさんの隠された趣味。それがボーイズラ~ブ♡≫


「「ボーイズラブ⁉」」


 わたしとナタヌの声がシンクロする。

 ネタにされて微妙な表情を見せるスレッドリーとラッシュさん。


≪そう、男同士のイチャイチャ。禁断のボーイズラブを愛するもの。それがボーイズラバー・ラダリィさんなのです。具体的に言えばラシュ×スレです≫


 ボーイズラバー!


「やめてください……。それは秘密なのです……。誰にも知られたくなかったのです……。もう許してください……」


 ラダリィはストンと椅子に座ると、テーブルに突っ伏して顔を隠してしまった。


≪最近のラダリィさんお気に入りの妄想は、もっぱら下克上のようですね。具体的に言えば襲い受けがブームのようです。天然ワンコの殿下がいつまでも手を出してこないラッシュさんにしびれを切らして襲い掛かるのです。殿下に襲われ、それまで身分違いの恋だと自分を抑え込んでいたラッシュさんの気持ちが爆発し……そこから2人の愛は止まらないのです≫


 えっと……どういうシチュエーション?

 天然ワンコ? オソイウケ?


「もう殺して……殺して……」


 消え入るような声。涙交じりでラダリィが訴える。

 こんなラダリィ初めて見た!


≪アリシアがキモいだのムサいだの言うから、ラダリィさんが泣いてしまいましたよ。人の趣味にケチをつけるのは最低な行為です。早く氷漬けになってください≫


「いや……なんかごめんね……。ボーイズラブとか、知識としてはあったはずなのに、ぜんぜん知らなくて……。なんかこう、良いと思う! ラダリィの趣味を否定はしないよ!」


 前世の記憶の中にもBLってジャンルはうっすらとあったね。

 でもホントにうっすらすぎて、ぜんぜん理解できていない分野だわー。


「ラダリィさん! ボーイズラブ良いと思います! 私はガールズラブにしか興味はありませんが、対極にあるからこそ、分かり合えることもあると思います!」


 共感しないことで分かり合える、みたいな?

 ナタヌはこういう時、どこまでもポジティブでとても良いと思います!


「私、死ななくても良いのでしょうか……」


「いやいや絶対死なないで! ラダリィがいなくなったら、普通に悲しいし、このパーティーは誰がまとめるのさ⁉」


 パーティー唯一の良心でしょ!

 あ、いや、ラッシュさんも良心ではあるんだけど、陰から支えるタイプだからまとめるとかはラダリィがいないともうどうしようもなくなっちゃいそうだよ。


「私は下仕えのメイドなのですが……。人をまとめる立場には……」


「そんなこと言ったって、実質ラダリィがルールを作って、このパーティーをまとめているんだよ? これからもお願いよー。ほら、みんなちゃんと頼んで!」


「ラダリィ、いつも助かっている。これからも俺のダメなところを叱ってくれるとうれしい。ラダリィの妄想の役に立てるようにがんばろうと思う」


「私だけでは殿下を支えることは困難です。ラダリィさんがいてくれることでとても助かっています。陛下からも十分に申し付かっておりますゆえ、どうかこれからもお願いしたく」


 スレッドリーとラッシュさんが意外と熱くラダリィに懇願する。

 ラダリィの良さ、そして大切さをホントの意味で理解しているのはこの2人かもしれないね。スレッドリーは方向性を間違えているような気がしないでもないけど……。


「ラダリィさん、お願いします! ラダリィチェックで私の邪な心を止めてください!」


 ナタヌ……それはさすがに自重しよう?

 わたしも自重するように努力するし。


≪とまあ、ラダリィさんの承認欲求も満たしたところで、そろそろお料理の準備ができているようですから、外で困り顔をして待機されているナルディアさんをお通ししましょう≫


 承認欲求って……。エヴァちゃんだけ冷めてるなー。

 本をただせば、エヴァちゃんが急にラダリィの秘めていた趣味を明らかにしたりするからこんなことになったんでしょうが。……反省してよね。


≪てへぺろ≫


 ぜんぜん反省していない!

 困った子だよ……。

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