第九章 アリシアとスレッドリーとナタヌとエヴァ 編
第1話 アリシア、ラミスフィアを出発する
滞在して1週間。
今日は『ラミスフィア』を出発しなければいけない日。
とても居心地の良い街だったけれど、これ以上長居するわけにはいかないのが悲しい。でも滞在期間を延長することはできないんだ……。なんせわたしたちはパストルラン王国の大使として『ダーマス』への旅行中の身。謎の国――異空間で邂逅したヤンス――『殿』の国と国交を結ぶという大役を担っているんだし。その調印式が約2週間後に迫っている! そしてなんと、王様の一存でわたしが大使の代表として、調印式に出席することになっているわけだけど……やっぱりなんでわたしなの?
「アリシア。もう行ってしまわれるの?」
メルティお姉様が目尻に溜まった涙をぬぐう。
「とっても楽しかったんですけど、そろそろ『グレンダン』に向かわないといけない日程で……」
ここ『ラミスフィア』での1週間は、ホントに楽しかったです。
メルティお姉様は良くしてくださったし、街のみなさんも活気があってやさしかったし、温泉も気持ちよかったし、あ、街の外に温泉施設も創って……あれはこのまま営業していて大丈夫ですか? 必要ならエヴァシリーズは勝手に増えていくし、まあ平気かな。
王都から一緒に旅してきたメンバー、わたし、スレッドリー、ラダリィ、ラッシュさんの4人に加え、新たに2人も仲間が加わったね。
ミィちゃんがスレッドリーのライバルとして、ナタヌを送り込んできた。
索敵・防衛システムが自我に目覚めて、エヴァちゃんが誕生した。
そしてなんと、2人ともわたしのことが好き!
なんだ最高か!
これからの旅路は、この6人で進んでいくことになる予定!
メルティお姉様! 1週間ホントにありがとうございました!
* * *
メルティお姉様と涙のお別れをし、わたしたちは『ラミスフィア』の街の外へ。
街から少し離れたところで、『魔力・波乗り式ジェットスキー改☆馬車客車一体型・ステルス機能付与ver』を準備する。
「みんな、忘れ物はない? 取りに帰れるのは今だけ。ラストチャンスだよー。『グレンダン』に向けて出発したら、もう引き返しませんからね?」
馬車の御者席から、客車に向かって呼びかける。
目を丸くしたまま固まっているナタヌがかわいい。ほかのみんなはもう慣れたものですからねー。
「料理の在庫は確認しておいたし、ガーランドレモンスカッシュも追加で作っておいたから、好きに食べて飲んでね」
ラダリィがこちらに向かって一礼すると、冷蔵庫代わりのアイテム収納ボックスからレモンスカッシュの瓶を取り出す。コップに注いでストローを差して、まだ固まったままのナタヌの口元へ。唇が吸い付いて……あ、飲んだ! かわいい♡
「よーし、大丈夫そうだから出発しようかな!」
≪いざ、『グレンダン』へ!≫
いつの間にかエヴァちゃんがわたしの隣に座っていた。
さては認識疎外を使ったな……。
「ちょっとエヴァちゃん! あなたは後ろの客車に乗ってよ!」
ここはわたしの御者席なんだからね?
≪私の本来の役目は索敵と防衛です。ここで馬車全体を守るほうが効率が良いと思いませんか?≫
ドヤ顔。
ラダリィそっくりだわ……ますます表情を作るのがうまくなったね。
「上空に鳥型や蝙蝠型のドローンもたくさん打ち上げてるし、ここで観察しなくてもいいでしょ……」
エヴァちゃんの実体はその人型の端末じゃないんだし。
≪気分ですよ、気分。なんて言い訳~。アリシアのそばにいたいからに決まってるじゃないですか♡≫
そう言われちゃうと……しかたないなー♡
「アリシアさん! 私も御者席に乗りたいです!」
御者席と客車の連絡用の小窓をガンガン叩く人物。
ナタヌだ。
「ナタヌは振り落とされたりしたら大変だから、そっちの席で宴会に参加しておいてね」
「エヴァさんだけずるいですよ!」
ナタヌが涙目で訴えてくる。
まあ気持ちはわからないでもないけど、エヴァちゃんはロボット端末だし。
「まぁ、エヴァちゃんはロボだし? スレッドリーもそっちでおとなしくしてるじゃない? だからナタヌも良い子にしててね」
「うぅぅ……」
「皆様、アリシアに感謝してそろそろ朝食にしましょう。ナタヌ様も席に着いてください」
ラダリィがみんなの面倒を見てくれるよ。
「ラダリィ、こっちにも何かちょうだい。あ、みんな、朝食は軽くにしておいてね。昼過ぎには『グレンダン』に着くから、街でおいしいものを食べましょう!」
そうそう、『ラミスフィア』と『グレンダン』はお隣の街と言っていいほど近くにある。お姉様同士も仲が良いみたいだし、そういうのもいいよね。
「そういえばラダリィ。『グレンダン』はどんな街なの?」
名産は何かなー。
『ラミスフィア』と地理的に近いなら、やっぱり林業?
「それは『グレンダン』出身の私からお答えしましょう」
と、ラッシュさんが答える。
「おお! 地元の人がいたんだー! ラッシュさん、ぜひ『グレンダン』のことを教えてください!」
地元民がいる心強いね。
「はい、かしこまりました。そうですね、私が住んでいた頃……10年ほど前までの『グレンダン』は、石炭の採掘が有名でした。石炭の採掘量は国内屈指でしたので、街自体は裕福ではありました。街には出稼ぎにきた多くの炭鉱夫が長期滞在し、夜遅くまで酒場が活気づくような、いわゆる田舎街でした」
ふむふむ。石炭の街ね。
なんとなく想像はつきます。
ということは、ある時、空から女の子が降ってくるわけですね?
「ですが、現グレンダン公爵閣下の治世が始まってから、街の様子が徐々に変わってきたと聞いております。つまりレインお嬢様が嫁がれてからということですね」
ん、どういうこと?
「この数年の間に、石炭採掘に代わる一大産業が立ち上がろうとしているらしいのです」
えー、すごい!
どんな産業なの⁉
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