第82話 アリシア、過去を想い、未来を想像する
スレッドリーがローラーシューズでめちゃくちゃに移動しまくった結果。
「なんか……ずいぶん遠くまで来たね。この辺りはブドウ農園のそばかな?」
気づけば、市街地からはずいぶん離れたところまで来ていたみたい。周りは木々が多く、のどかな田舎の雰囲気が漂っている。人でごった返していた中心部とは違い、さすがに人がほとんど歩いていない。
スレッドリーの希望通り、2人きりにはなったけれど。あまりムードがある感じではないね……。
「しっかし『ラミスフィア』って、けっこう大きな街よね。もちろん王都のほうが大きいけど、全部都会だし、こういう景色は見られないからねー」
「アリシアはこういう場所が好きなのか?」
「そうねー。わりと好きかな。緑に囲まれていると心が安らぐし」
「そうか。では兄上が即位したら、森が中心の土地を領地としていただき、そこで静かに暮らそう」
現国王・ストラルド陛下が退位なされた後の話。
このまま順調に行けば、第1王子のスミナルド殿下が即位されるはず。そうなったら、スレッドリーは王子ではなくなるし、爵位を授与されてどこかの領主になる、のかな。
「まあ、そういうのも悪くないよね。川で魚を取ったり、森で動物を狩ったり、木の実を拾ったり」
その日、自分たちが食べる分だけ、生活に必要なものだけを手に入れる生活。
そしてゆっくりと老いてその生涯を終える。
まさに理想のスローライフ、なのかな。
でもそれはわたしの思い描く未来だよね。
「スレッドリーはそれで良いの? 国民の人たちにいつまでも覚えていてもらえるような、そんな人間になりたいってさっき言っていたよね」
スレッドリーは『剣聖』スキルを持っている。
スキルを極めれば、きっと初代国王・カイランド=パストルランのようになれる。強大な力だ。
「アリシアが望むなら俺は――」
「スローライフはわたしの夢であって、スレッドリーの夢じゃないよね。スレッドリーは自分のやりたいことをやるべきだよ」
「だから俺のやりたいことはアリシアのそばにいて、アリシアの夢を叶えることなんだ」
「その気持ちはとってもうれしいよ。でも、わたしはそれぞれの夢を叶えながら、それでも並んで歩ける人と一緒にいたいなって……思うかもしれない」
どちらかにべったり依存するのではなくて、お互いがお互いのことを尊重できる。程よい距離感を保ちつつ、良いところを高め合い、悪いところは補い合うことができる。一緒にいても息苦しくなく、まるで空気のようでいて、だけど一緒にいるとなぜだかちょっぴり元気になれる。
そんな人がいたらいいな。
「スレッドリーの叶えたい夢って何? わたしのことを抜きにして考えたらって意味だよ?」
そういうのって一度も聞いたことがなかった気がする。
「俺の夢……?」
スレッドリーはそう呟いたまま、黙り込んでしまった。
遠くを見つめ、頭の中を整理しているのかな。
これまでの話からすると、スミナルド殿下との仲は良好そうだし、お兄さんを差し置いて国王になりたいわけでもなさそう。
一方で『剣聖』スキルを活かして、軍のトップに立って英雄になる、みたいな本気の鍛え方もしていなさそう。
かといって、領地経営にそこまで関心があるとも思えない。
野心のようなものがまったく見えてこない人よね。
どこまでも素直で、誰にでも優しくて、みんなから慕われていて……愛すべきバカ、なのよね。
そしてなぜかわたしのことを好きでいてくれる人。
「俺にアリシアのことを抜きにした夢なんてない……と思う」
「んー、そんなことある? わたしと出逢う前の10年間だってあったわけだし、その時の夢は?」
「俺は王族だから、大抵の希望はその場で叶ってしまう。あれがほしい、これがほしい、食べたい、飲みたい……。誰かがすぐに叶えてくれるんだ」
すべて思い通りになるのが当たり前。
王族だから、周りが気を回してそうなってしまう。
頭では理解できるつもりでいるけれど、平民のわたしには理解できない状況だよ……。
「ありがたいことにこの国は平和だ。俺が先頭に立って戦う場面は訪れそうにもない。だからこの国では、俺が剣聖として国を率いる必要がないんだ……」
時代が時代なら、スレッドリーこそが唯一無二の国王として必要とされたかもしれないね。でも、自分の置かれた境遇を憂いたり悔しがったりしないあなたの心はとても美しいと思うよ。だからわたしはあなたのことが好きなんだと思う。……人としてね⁉
「俺の夢はアリシアなんだ」
「うん……」
「すべての願いが叶い、後に残っているのがアリシアなんだ」
スレッドリーがこんなにもわたしに執着する理由。
それの一端が見えた気がした。
簡単には叶わない夢を求めている。
わたしを通して、わたしの夢を一緒に叶えたいんだ……。
あの時『ガーランド』の市場で、わたしたちはたまたま出逢った。
ちょっと事件もあったし、わたしの印象が強すぎたのかもね。
「わたしたちが出逢ったのはただの偶然だからね」
もしあれがわたしじゃなかったら?
きっとスレッドリーはその誰かを好きになっていたんだろうね。
「偶然かもしれない。でも、それがどうした?」
「どうしたって言われても……」
たられば。
出逢っていなかったかもしれない。
そんなことを考えるのは無意味だと言っているのでしょう。
それはたしかにそう。
なぜならわたしたちは出逢っていて、今こうして2人で話をしている。
ほかのifはもう通り過ぎた可能性の話。
「スレッドリーはわたしの夢を叶えてくれるの?」
「ああ。俺はずっとアリシアと一緒にいたい」
「もしわたしが……この国を亡ぼすのが夢だって言ったら?」
「一緒に亡ぼそう」
「お父さんやお兄さんと戦うことになっても?」
「それは困るな……。戦わずに亡ぼす方法を考えよう」
スレッドリーが苦笑する。
「なにそれー」
何も考えていないようで考えているのね……。
ここで「家族も関係ない。アリシアのためならすべて殺す」みたいなことを言う人だったら、好きにはなれないかもしれないのに。……ずるい。
「わたしはこの国が好きだから亡ぼしたりはしたくないよ」
「それは良かった。俺もこの国が好きだ」
そう言って無邪気に笑うスレッドリーの顔をじっと見つめる。
その裏表のない笑顔がひどく愛おしい。
この人は、わたしが本気で望んだとしたら、自分が持つすべてのものをあっさりと捨てるんだろうな。
でもわたしは、その見返りに何を与えてあげられるんだろう。
永遠の命……?
それもわたし次第か……。
わたしがずっと一緒にいてくれと願えばきっと――。
でもそれでホントに良いのかな……。
それでホントに、お互い笑いあったまま、いつまでも楽しく過ごすことができるのかな……。
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第八章 アリシアと王子・スレッドリー 編 ~完~
第九章 アリシアとスレッドリーとナタヌとエヴァ 編 へ続く
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
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それでは引き続き、第九章も読んでいただければうれしいです。
ちょっと長くなったので『ラミスフィア』の街を出るタイミングで章を区切ってみました。
この後はお隣の『グレンダン』という街へ。そして調印式の会場がある『ダーマス』へ。
そこまでのお話が第十章になる予定です。
章タイトル的にはハーレムっぽくなってきましたが、実際はどうでしょうか?
ラダリィの監視の目が光ります。健全な旅になるのか。それとも⁉
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