第81話 アリシア、重くて持ち上がらない話を聞く

「なあ、アリシア」


 スレッドリーが急に立ち止まり、わたしの顔を覗き込んでくる。

 近いって。

 わたしは半歩距離を取りながら答える。


「……どうしたの?」


 この串焼きがほしいなら、まだ口をつけてないからあげるけど。


「もしかして、楽しくないか?」


「えっと……そんなことないよ?」


「だが、さっきからほとんどしゃべらないし……。買ったものもぜんぜん食べていないじゃないか」


 スレッドリーのくせによく見てるじゃないの。

 

「おいしいからちょっとずつ食べてるのー。わたしのことは良いじゃない。スレッドリーは街の人気者みたいだし、国民と触れ合うのも大事な仕事だよ」


 今は王子としてのお仕事のほうを優先させてね。


 わたしがそう言うと、スレッドリーは眉毛をハの字に曲げて悲しそうな顔をすると、再び前を向いて歩き出す。

 握る手に若干、力がこもるのを感じた。



 2分後。


「なあ、アリシア……」


 スレッドリーが再び立ち止まって、わたしのことを覗き込む。


「だから何よ?」


「このままだと2人きりのデートにならない気がする……」


 視線を外してそう呟いた。

 その表情はとても淋しそう。


 まあそうね。それはなんとなく感じていたよ。

 ひっきりなしに誰かが話しかけてきているし、かろうじて手をつないでいるけれど、わたしたち、ほどんど2人での会話はしていない状態だもの。


「2人きりになりたい」


 コイツ……欲望に素直か。

 良いですよ、って言ったとして、急に人気のないところに連れ込まれても困るけど……。


「2人きりになりたい」


「だから聞こえたって」


 聞こえていないわけでも無視しているわけでもなくて、反応に困っているだけ!

 ホントに察する力がまるで成長しないね……。

 それなのにアピール力だけが肥大化していく……。でも、なんでか憎めないのは、すごくずるい……。


「いくぞ!」


「えっ、どこへ?」


 と、尋ねる前に、スレッドリーがローラーシューズを起動する。

 土埃を立てながら、人の間をすり抜けていく。


「ちょっと、こんな街中で危ないって!」


 まだローラーシューズ初心者なんだから無茶しちゃダメ!

 誰かにぶつかったらどうするの⁉


「城の中で練習したから大丈夫だ」


「城の中って……」


「ラッシュに斬りかかってもらったり、歩いている執事たちをかわしたり」


「いったい何の訓練をしているのよ……」


「もちろん、アリシアと一緒に街中を滑るためだ。そうだ。エリオットさんに見せてもらった『リフト』という技をやりたい」


「それはショーの技だから……。街中でリフトする人いないからね?」


 持ち上げられたら下からパンツ見えちゃうし……。


「誰もやらないことだから良いんじゃないのか?」


「どういうこと?」


「唯一無二の夫婦として皆の記憶に残る」


「そういうのは嫌よ! わたしはひっそり生きたいの!」 


 唯一無二の夫婦って……。

 王族だからそういうのにこだわるの?


「俺はいつまでもアリシアとともに生きたい。せめて皆の記憶の中で永遠に」


 それ……今際の際のセリフみたいだからね?

 

 記憶の中で生き続ける、か。

 まるで初代国王・カイランド=パストルランのようね。


 生きている初代国王の顔を見たことがあるのなんて、もうノーアさんくらいだろうけど、カイランド王と言えば、今でもみんなが語り継ぐ伝説の人だ。

 種族ごと、集落ごと、ほかにも様々な理由で内乱が絶えなかったらしいこの島。それをどのようにして平定し、国を建国したか。

 この平和な国の在り方の礎を作ったカイランド=パストルランに、今もみんなが感謝をし、生活しているのがわかる。歴史にさほど興味がないわたしでも知っているくらいにはね。


「ねぇ……」


「なんだ? リフトするか?」


 そんな期待されても……。


「それはやらない」


 露骨にがっかりしないでよ。

 だってさ……リフトって腰とかがっつり触られちゃうし……。技の発展先によってはお腹とか……頭の上に足を広げて座ったり……無理無理無理無理無理無理無理無理! そんなのもうエッチなビデオのやつだよ! スレッドリーがそんなにエッチな王子様だったなんて!


「……エッチ」


「なぜだ⁉」


「わたしに触りたいからリフトしたいんでしょ……」


「ち、違……わないこともないが、俺はエリオットさんみたいにかっこよくなりたくて!」


 正直か。

 やっぱり触りたいのね……。

 手をつなぐだけじゃ物足りなくなって……エッチ。


「ラダリィにリフトの練習でもさせてもらえばー?」


 どうせラダリィなら触られ慣れてるでしょうし、何の問題もなくリフトできるでしょ。


「いや……」


 気まずそうな表情でそっと顔を背ける。


「何? ラダリィじゃ不満?」


「そうではなく……持ち上がらなかったんだ……」


「へっ?」


「練習は……させてもらった」


「ふーん? 練習させてもらったんだー? ラダリィの体に触ったんだーーー?」


「アリシアとリフトする時にうまくできないと困るから……。でもラダリィはアリシアよりも背が高いし……体も重くて……」


 気まずそう……。


「ねぇ、スレッドリー……。まさかと思うけど、直接ラダリィに『重くて持ち上がらない』なんて言ってないよね……?」


 ……まさかね?


「言ってしまった……」


 おお……この人はどこまで素直なの……。


「2時間も口をきいてくれなかった……」


 そりゃもう、絶対言っちゃいけない言葉だしショックで……えっ、たった2時間?

 わたしだったら2億年口をきかないけど。


「2時間で許してくれたの? ラダリィってやっぱりやさしいね。そりゃモテるわけだよ……」


 ラダリィが魅力的なのは体だけじゃないよ。

 心だって素敵。


「ねぇ、ちゃんと心の底から謝った?」


「あ、ああ……」


「ふーん。ちゃんと謝ったから許してくれたんだ?」


「無言で有り金を全部巻き上げられた……」


 前言撤回。

 ラダリィさん……しっかりしすぎですよ。

 王子から金品を巻き上げるメイドなんて、歴史上あなただけだと思います……。


 まさに唯一無二の存在!

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