第80話 アリシア、2人きりでデートする

「2人はそこで反省してなさい! スレッドリー! 今日は2人でどこか遊びに行きましょ!」


 エヴァちゃんとナタヌを正座させたまま、スレッドリーのほうを振り返る。


「俺と遊びに……?」


「そう、遊びに」


「2人きりで?」


「2人きりで」


「お、おぅ……」


 いや、そこでマジ照れしないで。そういう意味じゃないから……ね?


 2人に反省を促すためにも、悪いことをしたらわたしとは一緒にいられないんだぞという罰を……。ってなんでスレッドリーを喜ばせる感じになっちゃってるんだろ。


「アリシア。こちらは私が処理しておきますから……がんばってください!」


 ラダリィさん……違うの。そうじゃないの!

「わかってますから」みたいな顔しないで。スレッドリーと2人きりで出かけたいから、その口実にこんなことを言っているわけじゃないんだってば。


 あー、もう何を言っても言い訳にしか聞こえなさそう……。

 まあいいや。

 とにかくこの部屋を元通りに直してからスレッドリーとどこかに行こう……。



* * *


「うーん、どこに行こうか……」


 有言実行……してみたは良いけれど……。

 スレッドリーと2人きりで城を出て、なんとなく街のほうに向かって歩き出したところ。目的には定まっていない。


「そうだな……」


 隣を歩くスレッドリーは、それっきり何も言葉を発しなかった。

 

 横顔を盗み見てみる。


 何を考えているんだろうなー。

 表情からは何も読み取れない。

 すごく何かを考えているようには見えないし、緊張でガチガチになっているようにも見えない。ニュートラルな表情だ。


 わたしは2人きりを意識してこんなにも緊張して、何を話したらいいかわからなくて、今もずっと心臓がバクバクしているのに、スレッドリーはそうじゃないんだ? 王子だから? こういうのにも慣れているの? いつもラダリィがそばにいるから異性慣れしてる? いやいや、それを言ったらわたしだって『龍神の館』では男性(天使ちゃん)に囲まれて生活していましたし、異性慣れはしてるんですよ?


 でもそれとこれとは別!


 天使ちゃんたちはわたしのことを「好き」なんて絶対言わないもんね。

 わたしはみんなのことを尊敬して仕事をしていたから、そういう意味では好意はあるけど、異性として意識したことはなかったもん。


 あっ。


 ふいにお互いの手の甲同士がぶつかる。


 わたしは反射的に手を引っ込めてしまった。

 スレッドリーのほうは……とくに気にした様子も見せない。


 やっぱり意識しているのはわたしだけってこと?

 そっちから好き好き言ってきたのになんでよ。普通さ、こうやって手がぶつかったらお互いに顔を真っ赤にして好感度上昇的な恋愛イベントに発展したりするものじゃないの?


 スレッドリーが何を考えているのかわからないよ……。

 あーあ、わたしだけがこんなに悩んで……でも、今はわたしが考えるターンだから、これはこれで正しいのかな……。


「ちゃんと考えて答えを出す」って約束したんだし。


「ちょっ!」


 急に手を握られた!


 今度は偶然ぶつかったんじゃない。

 スレッドリーの能動的な行動だ。


 自分の意思で、わたしの手を握ってきた。

 

「ダメか?」


 少し空のほうを見上げながら、尋ねてくる。

 わたしとは視線を合わせようとしない。その横顔はちょっとだけ赤い、気がする。


「べ、別に……」


 それくらいなら……。

 2人きりだし……。きっとデートだし……。

 手をつなぐくらいなら、ラダリィチェックもセーフ、よね。


 でも確認する前につなぐのは反則だからね!

 大きくてあったかい手……。



「腹減ったな」


「……そうね」


「朝食を食べずに出てきたからな。どこかで何かを食べるか」


「……そうね」


 わたしたちは手をつないだまま、街へと続く下り坂をゆっくりと歩いていく。

 石畳の凹凸を踏みしめながら、ゆっくりと歩いていく。


「何が食べたい? パンケーキか?」


「うーん」


 何でもいい。

 というのは禁句よね。

 正直今は食欲がなくて……。


「このまま市場をうろつくか」


「うん」


 それが良いかもね。

 なんとなく屋台に並んでいるものを買って、食べ歩いたりするのは良さそう。



* * *


 市場の賑わいには目を見張るものがある。

 この『ラミスフィア』の街がどれだけ活性化していて、生活する人々が生き生きとしているか、手に取るようにわかる。

 でもそれよりも――。


「殿下、おはようございます」


「俺のお店も見て行ってくださいよ」


「殿下遊んで~」


「ご婚約おめでとうございます」


「殿下だ。筋肉見せて!」


 スレッドリーの人気振りがすごい!

 スレッドリーは道行く人――老若男女問わず、たくさんの人たちに声をかけられていた。王子ってこんなふうにアイドル的な人気があるの⁉


 スレッドリーは、声をかけてきたそのすべて人に笑顔で応対していく。わたしは空気のように隣に存在し……手を引かれて歩くだけ……。



「かわいらしい婚約者さんですね」


「おぅ、ありがとう。この国で1番かわいいアリシアだ。よろしくな」


「……ちょっとやめてよぅ」


 そんなふうに紹介されたら恥ずかしいって……。


「これが俺の好きな人だ」


「ああ、こんな素敵な人には出逢ったことがないし、これからも現れないな」


「任せておけ。一生大切にするよ」


「式は……アリシアの気持ちの整理もあるから、そのうちな」


 手をつないでいるせいか、道行く人がわたしたちの関係について気にしてくる。

 スレッドリーの受け答えのすべてが、わたしに対するプロポーズの言葉にしか聞こえない……。でもその表情からは、わたしに対してのアピールの意図はまったく感じられないから性質が悪い……。

 スレッドリーは、ただホントに今そう思ったことを口にしているだけなのだ。


 ホントずるい……。


 

 市場で買った熟れ熟れピチピチの真っ赤なトマトも、屋台の実演販売でソースの香ばしい匂いをさせていたバッファロー肉の串焼きも、ほとんど喉を通らなかった……。

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